Anniversary[5/6]

「あっ、ぁ……あァ」

締めつけられる刺激に耐え切れず腰を動かしていく。律動に合わせて蕩けながら解れてきたそこを穿つ度に、艶を帯びた声が聞こえてくる。
ぐらりと今まで地に足をつけていた世界が崩れる。甘く濃密な快楽に、いつしか俺は身を任せて揺さぶられていた。

「千早」

瞼の下から覗く瞳が俺を一心に見つめる。その目尻から音もなく涙がこぼれていった。

「匡人さん……」

悲痛な声で名を呼ばれて、屈み込み濡れた頬を撫でるように唇を押しあてた。重なる肌の体温が一段と高まっていく。
心を伴わないままに交わす行為でも、確かに千早と俺の距離は近づいていた。

噛みつくようなキスをしながら我慢できずに何度も強く穿つうちに、限界はすぐそこまで近づいていた。

「 ─── ああ、イ、く……ッ」

千早の中が大きく波打って、強い収縮を繰り返す。その奥にようやく欲望を放ちながら、しがみついてくるその身体が離れないように硬く抱きしめていた。

縋っているのはどっちなんだろう。

収まらない余韻に浸りながら縺れる呼吸を封じるように口づける。
このまま千早の魂を閉じ込められればいいと思った。
それで、少しでもこの渇きが満たされるなら。

「………さん……」

濡れた唇からこぼれた微かなうわ言は、ふわりと空へ昇り立ち消えていく。

─── 大切なものは、目立たないところに置く。

大丈夫だ、千早。
お前はちゃんと愛されていた。





セックスの後に2人で横になるのはひどく居心地が悪かった。もともと睦言を交わす仲でもない。このまま朝までここにいるつもりも、もちろんないのだろう。

「部屋を出る前に、シャワーを浴びればいいよ」

部屋に備え付けのバスルームを指してそう言えば、千早は腕の中で目を細める。

「何なら、一緒に入りましょうか。そんなこともありましたね」

「ああ……懐かしいな。あれには参ったね」

そう返せば、口角をそっと上げて俺を見る。その瞳は艶やかで優しい。

中学生の頃、迎えの車を振り切って雨に濡れて帰って来たことがあった。これといった理由はない。ただ雨の中を駆けてずぶ濡れになってみたかったという、馬鹿みたいな思いつきだった。
帰宅した俺を見た途端、千早は物も言わず俺の腕を引き、服を脱がせてバスルームに押し込んだ。自分の衣服が濡れるのも厭わず、俺に温かなシャワーを浴びせながら普段と変わらない淡々とした口調で俺を叱った。

『その身体はあなただけのものではないのですよ』

千早にとって俺は仕えるべき人間で、それ以上の存在ではない。それでも俺は、周りが俺に気を遣う中、そうやって強引な優しさを押しつけられたことが嬉しかった。

「……遅くなりましたが」

肘を突いて身体を起こし、俺の顔を覗き込みながら千早は口を開く。

「おめでとうございます」

祝福の言葉に忘れていたことを思い出す。日付が代わり、俺は20歳を迎えていた。
これで酒を呑んでも誰にも咎められることはない。好き勝手をしようと全部自分の責任だ。なのに、それがなぜか少し心許なかった。
俺の手にする自由は限られているからだ。

「ひとつ歳をとっただけでは、何も変わらないな」

小さく溜息をついて天井を見上げる。灯りを落とした部屋の中は、眩しい昼の世界よりも落ち着く。自分の居場所が明確でないことが億劫なのは、まだ大人になれていない証かもしれない。

「そんなことはありませんよ。この国では、19歳と20歳で扱いが大きく変わる」

至近距離で視線が絡まる。千早はゆっくりと手を伸ばし、俺の頬に触れた。情事の後にしては冷たい掌だった。

「匡人さん。政界に興味はありませんか?」

唐突な問いかけに返す言葉を失う。それが冗談ではないのは千早の瞳を見ればわかった。

「七條の事業を継ぐのも悪くはありません。ですが、あなたには政治家が相応しい」

「まさか。本気で言ってるのか」

「被選挙権を得るまで、まだ時間があります。今から少しずつ準備をしていけばいい。七條の名は良い後ろ盾になるでしょう。けれどあなたには、この名を超える力がある。私もお力添えします」

見つめ合えば深い色をした瞳が俺の意識を絡め取る。その内側へと引きずり込まれていくような、ぞわりとした感触を覚えた。

「いずれ、あなたがこの国を動かすのです」

ゆっくりと距離を詰めて千早が覆い被さってきた。眼差しに囚われたかのように俺は身動きもできず、ただ受け容れていく。

唇で交わされるのは、甘美な密約。


いつか今日が始まりの日だったと気づくのだろうか。


両腕を回して内に熱を孕んだ身体を抱き寄せながら、俺は長い夜をこの男と越える覚悟を決めようとしていた。




"Anniversary" end




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