the 4th day[7/15]

亡くなった少年の、妹。

被害者遺族は事件が起きたその日から自由を奪われ、その子もまた、通っていた小学校にも行けない日々が続いていた。
俺は彼女と家の中で一緒に遊び、時にはマスコミの包囲網を掻い潜って外へと連れ出しては、公園や人気のない商店街を一緒に歩いた。そんな他愛もないことさえできない生活を強いられているのを不憫に思った。

よく晴れた暖かな日を、二人であてもなく出歩いた時のことだ。
繋いだ小さな手を引きながら、誘拐犯にでも見えやしないかとそっと苦笑する。俺にもこのぐらいの年の子がいてもおかしくない年齢だ。そう気づくとこの子がまるで娘のようにも思えてきて、不思議な感覚がした。
子どもは嫌いじゃない。だけど、残念ながら家庭を持った自分をうまく想像することができなかった。
通り掛かった店の軒先でソフトクリームを買って手渡すと、その子は礼を言いながらポツリとこぼした。

『ソフトクリーム、好きだったんだよね』

それが誰のことを指すのかは、すぐにわかった。
俺が知る限り、それまでその子の口から亡くなった少年の話題が出ることはなかった。兄が亡くなった現実をうまく受け入れることができていないんだろう。だから、突然そんなことを言われて俺は狼狽えた。
ああ、デリケートなところに触れてしまったのかもしれない。
けれど、幼い少女は淡々と言葉を紡いでいく。

『お兄ちゃんはもう食べられないから。沙耶が代わりに食べてもいいかな』

この子は、兄が亡くなった事実を自分なりに消化しようとしているんだ。そんなことに気づいて、胸が鈍く痛んだ。

『心配いらないよ。天国には、食べたいものがたくさんあるだってさ』

『本当?』

純真な眼差しから目を逸らすことなく俺は屈み込む。同じ目線で話をしたいと思ったからだ。

『本当だよ。天国には食べたいものが何でもあって、好きなことも何だってできる。だから、沙耶ちゃんはお兄ちゃんの代わりになろうなんて思わなくていいんだ。沙耶ちゃんが食べたいものを食べて、したいことをすればいい。その方が、お兄ちゃんは喜ぶと思う』

『そうかな』

『そうだよ』

黙り込んだまま彼女は俺をじっと見つめる。やがて、あどけない顔に少し大人びた微笑みがふわりと浮かんだ。

『わかった。でも、沙耶もソフトクリームは大好き』

『じゃあ、溶けないうちに食べないと。ほら』

そう促せば、大きな口を開けて先端を頬張る。愛らしさに手を伸ばして頭を撫でれば、細い髪はさらさらと柔らく滑らかな感触だった。
いない人の代わりを務めようとすることほど、重荷になることはない。それが亡くなった人であるなら、尚更だ。
だから俺は胸の内でひっそりと祈る。これからも彼女が亡き兄の存在に縛りつけられることがないように。

沙耶。それが、兄を殺された少女の名だった。

「……この件が落ち着いたら、会いに行きます」

会って、ちゃんと謝ろう。何もかもを投げ出して逃げてしまったことを。
俺はこれから先もこの仕事を辞めようと思うことがあっても、その度にこうして後ろ髪を引かれて、ずるずるとやっていくんだろう。なんだかそんな気がしてくる。
深い溜息をつくと、胸のつかえがほんの少し抜けていった。

「すげえ。三崎さんって、八歳の子にもモテるんですね」

「うるさいな」

茶化す山川の脇腹を肘で突いてから、俺は急ぎ足で部屋を出て階段を降りていく。
署を出て駐車場へと向かい、冷ややかな風に吹かれながら夜空を見上げる。濁った夜空にも、星はきちんと輝く。

ハルカは俺が帰るまでちゃんと待ってくれるだろうか。




* * *




俺が羽山朋未と再会してから一年が経った頃のことだ。

俺は高校2年生、彼女は大学4年生になっていた。
俺たちの仲は、残念ながら全く進展することはなかった。それでも週に一度は電話を架けて他愛もない話をしたし、時には学校帰りに待ち合わせて二人で近くのカフェやファストフード店に寄り、日が暮れるまで一緒にいることもあった。

そもそも彼女と俺は、互いのきょうだいが結婚したことで親戚同士になったんだ。だから彼女と出逢えたことは奇跡で、今以上の関係を望むこと自体がタブーなんだと、俺は自分に言い聞かせていた。

幼稚園の先生を目指していた彼女は、来たる採用試験に向けて勉強していて、大学に入ってからずっと続けているカフェのアルバイトを減らしているようだった。それを聞いた俺は、邪魔にならないように試験が終わるまで連絡を控えようかと申し出たけど、彼女はそれを断ってきた。

『大丈夫、気にしないで。拓磨くんと話していると、楽しくて息抜きになるから』

『本当に? 大丈夫?』

もちろん、と小さく頷いて彼女は俺に優しく微笑みかけた。そのやりとりで有頂天になるぐらい、俺は彼女のことが大好きだった。

この恋は実らなかったけれど、そうして二人で過ごす時間は俺にとって本当に大切なものだったし、そんな健全な付き合い方でも彼女が望んでくれる限り、このままの関係を続けていきたいと思った。

恋人でもなく、友達でもない。強いて言えば、仲のいい姉と弟というのが近いのかもしれない。

赤の他人と比べれば近しいけれど、確実にゼロにはならないこの距離を、けっして詰めてはいけないことはわかっているつもりだった。それ以上を望めば、彼女は今度こそ俺から離れてしまうだろうということも。

『拓磨くん。もしも子どもができたらどんな名前にしたいか、考えたことはない?』

学校の近くにあるカフェに二人で入った時、唐突に彼女がそう訊いてきたことがある。
幼稚園の先生を目指しているぐらい子どもが好きなんだから、将来は自分の子が欲しいと思うのもごく自然なことだろう。だけど、俺はまだそんなことを考えたことがなかった。

このまま高校を卒業して、大学には進学するかもしれない。警察官になりたいという気持ちは幼い頃と変わらず持ち続けていたけれど、結婚して子どもを持つことは、あまりにも今の自分から掛け離れていて想像できなかった。

『実は私、もう決めてるの。子どもの名前』

『そうなんだ。随分気が早いね』

頬杖を突いてそう相槌を打ちながら、俺は胸の痛みを覚える。

早くなんかない。彼女は21歳だ。その気になれば、すぐに結婚もできるし子どもだって生める。まだ16歳の俺とは違う。埋められないその差をはっきりと明示されたような気がした。
そして、その子は間違いなく俺と血は繋がらないんだ。



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