the 3rd day[17/25]

こんなときに限って察しのいい自分がいやになる。
俺は、ハルカの通過点に過ぎないんだ。

闇の中を彷徨っているうちに、ハルカは俺のところに辿り着いた。打ちひしがれて暗がりの中で手を伸ばしたその先にいたのが、偶然俺だったんだ。導かれるままにここへ来て、満たされないことの代償行為として、温もりを求めて肌を寄せ合った。
けれど、最後に落ち着く場所はここじゃない。ハルカ自身、そんなことはもうわかっているんだろう。

きっと初めて会ったときから、何も始まっていなかった。
だから、この関係は期間限定なんだ。

ハルカと同じ顔をした初恋相手のきれいな微笑みを瞼の裏に思い浮かべながら、俺は小さく溜息をつく。
本当に、記憶の中の彼女とよく似ている。
ああ、だけど何もそんなところまで同じじゃなくてもいいのにな。

往生際が悪いのはわかっていても、俺はやっぱりハルカを手離したくなかった。今はそうじゃなくても、いつかハルカの気持ちが俺に向けばいい。ただそれだけの話だ。

ハルカ。4日間だなんて言わずに、もう少し俺とこうして一緒にいてくれよ。そうすれば、俺がどれだけお前を大事にするかを身を持ってわからせてやるのに。

「ねえ、ハルカ」

未練がましくてもかまわない。何とか説得しようと、口を開きかけたそのときだった。

乾いたノックの音が耳に届いて、俺は反射的にハルカを抱きしめていた腕を解く。
扉の向こうにいるのは、ただ一人しかいない。

「ミチル」

身体を起こしてそう声を掛けると、遠慮がちに開いた扉から不安げな顔が覗いた。小動物が恐る恐る様子を見るような仕草につい笑ってしまう。

「入っておいで」

呼びかけながらハルカもそっと起き上がる。真っ直ぐに向ける眼差しは涼やかで優しい。
今日はミチルの人生を左右する劇的な日になった。今まで1人で寝たいと言っていたにもかかわらずここへ入ってきたのは、色々なことがあって寝つけないのかもしれない。

これが、ミチルがここで過ごす最後の夜になる。そう考えると何ともやり切れない気持ちになる。
この先、俺の目の届かないところでこの子が幸せになるように、俺にはただ願うことしかできない。

扉の隙間から滑り込むように部屋へと入ってきたミチルは、こちらに向かっておずおずと歩み寄ってくる。足取りの重さにこっちも気後れしてしまいそうだ。

「……あの」

ベッドの脇まで来て跪き、ミチルは俯き加減にそう呟いて目を伏せる。長い睫毛が頬に淡い影を落とした。
こうして改めて見ると、かわいい顔をしてるなと思う。身体は痩せているけれど、まだあどけなさの残る輪郭は少女のそれに近い柔らかなラインを描く。未成熟で不安定な危うさは、見方を変えれば特有の色気に映るのかもしれない。

もしかするとミチルは母親に似ていて、父親は息子に自分の理想を投影していたのだろうか。
俺がハルカに初恋の人を重ねているように。

ミチルの父親が我が子を陵辱してきた事実は赦されるべきものではないが、そう考えると妙な気を起こしたのは全くわからないというわけでもなかった。

「2人に、お願いがあるんだ」

俯き加減でミチルは言葉を惜しむようにそう切り出す。その柔らかそうな髪に手を伸ばして、ハルカは微笑みかけた。

「いいよ」

そっと頭を撫でながら、許しの言葉は艶やかな声音で奏でられる。滑るように落ちてきたその手が頬に触れて、その拍子にミチルは顔を上げた。

「何でも言ってごらん」

この2人は本当に生き別れた兄弟みたいだなと思う。ハルカには他人の抱く心の痛みを敏感に察する能力があるに違いない。今もきっと、ミチルが何を言わんとしているのかがハルカにはわかっている気がした。
他人と共鳴するように痛みや想いを分かち合い、凝り固まった心を解きほぐすことができる。それが、ハルカの持つ大きな力だ。

ミチルは意を決して、次の言葉を発するために唇を開く。それはあまりにも突拍子のない、俺が愕然とするようなものだった。

「2人がしてるところが、見たい」

残念ながら、何を? と訊き返すことができるほど俺は野暮にはなれなかった。

おい、頼むから冗談だと言ってくれ。

開いた口が塞がらない。俺はこんなに動揺しているというのに、ハルカは顔色ひとつ変えていなかった。

「どうして?」

ミチルの目線に合わせた高さから、穏やかな口調で問いかける。対等に話をすることで、ハルカがミチルの本心を聞き出そうとしているのがわかった。
とんでもないことを言ってはいるものの、ミチルの顔は真剣そのものだった。内心では俺以上にどぎまぎしているのかもしれない。

「こんなことを言ったら、軽蔑すると思うけど」

呟くような小さな声でそう言って、幾度か深く息を吸っては吐き出すことを繰り返す。ハルカと俺の顔を交互に見つめて、ミチルはようやく言葉を紡いでいく。

「僕……お父さんとしか、したことがないんだ。初めは嫌で嫌で堪らなかったし、死んだ方がましなんじゃないかと考えたこともあった。だけど、我慢してそういうことをされてるうちに、だんだん気持ちいいって思うようになってきた。いけないことをしてることはわかってた。僕の身体はおかしいんだ。だから、お父さんだけが悪いんじゃない。僕だって悪かったんだ」

今にも泣きそうに瞳を揺らしながらミチルは懺悔の言葉を吐き出していく。その罪はこの子のものでないのは明らかなのに、俺がそれを説き伏せたところで納得してもらえるかはわからなかった。


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