the 2nd day[7/18]

ゲームセンターの出口を抜けながら、ミチルはポツリとそんなことを呟く。憂いを帯びたその顔は、やはりどことなくハルカに似ている。

─── ふと、俺は気づいてしまう。

2人に共通するのは、どこか虚無感を映し出したような瞳だ。
ひょっとしてハルカとミチルから奪われているのは、未来を想像する力なのかもしれないな。

そんなことを考えていると、ミチルがおもむろに語り始める。


「僕の家、子どもの頃から引越しが多くて、しょっちゅう転校してたんだ。新しい学校に行く度にまたすぐに引っ越すんだろうなって思ってたし、人と話すのが苦手で、どの学校でもうまくクラスに馴染めなかった。学校が終わってから友達と遊んだりすることもなかったし、だから」


たどたどしくそう言葉を繋いでから、一旦区切って、小さな声でぽつりと漏らす。


「楽しい思い出が、できてよかった」


ミチルが自分の言葉で自分のことについて話すのを、俺は胸の痛みを覚えながら聞いていた。
まるで、このプリクラに映るのがお前の最後の笑顔みたいじゃないか。


「おい、その年で人生が終わったみたいな言い方をするなよ」


会って間もないオッサンの説教なんて下らないと、この子は思うだろうか。それでも俺は、言わずにはいられなかった。


「お前の人生は今まで生きてきた時間よりこれから先の方が長いんだ。この先、お前はいろんな人に出会う。生きていればつらいこともあるよ。でも、いいことだっていっぱいあるんだ。心配するな。お前にはこれから、幾らでもいい思い出ができるから」


つらつらと届くかどうかもわからない思いを口にしながら、俺は思う。
この言葉、そのままそっくり自分自身に言い聞かせてるみたいだ。
全く説得力がないな。いろんなことを諦めているのは、俺だって同じだ。

ミチルは思いつめた表情を浮かべながら俺の横を頼りない足取りで歩く。
肩を並べるハルカが、ミチルの顔を覗き込むように見つめて口を開いた。


「僕たちはもう、ミチルの友達だよ」


そう言って微笑むハルカを、ミチルは縋るような瞳で見つめ返す。艶やかな桜色の唇が紡ぐのは、キラキラと繊細に輝く魔法の言葉。


「タクマさんも僕も、ミチルの友達だし、味方だ。だから大丈夫」


言い聞かせるようにそう口にして、ハルカは澄んだ眼差しを煌めかせる。


「ハルカ………」


ミチルは告げられた台詞を噛み締めるようにゆっくりと俯く。確かに今のミチルに必要なのは、信頼できる人に違いなかった。


「今日の晩ごはん、何がいい?」


ハルカはミチルの薄い肩に手を置いて、ポンポンと宥めるように叩く。ミチルはもうそれに怯えたりはしなかった。


「すき焼きにでもするか。ハルカもミチルも細過ぎるんだよ。ちゃんと肉を食え。奮発していい肉買ってやるから」


「拓磨さん、仕事してないのにお金大丈夫なの……」


痛いところを突かれて、俺は苦笑する。


「子どもは余計な心配するなって」


その幼い顔がほんの少し緩んだことに胸を撫で下ろす。

店に入ったときよりも伸びた影を目で追いかけて、近くのスーパーへと足を向けながらどうしたものかと思案する。

俺はもう、どうにかこの手でミチルを救けてやりたいという気になってしまっていた。



*****



兄ちゃんが大学4年生で、俺が小学4年生のときのことだ。

年が明けて、正月の夜をのんびり家族4人で過ごしていると、兄ちゃんが話したいことがあるとおもむろに皆の前で切り出した。


『翠と結婚したいんだ』


改まった様子で突然そう口にした兄ちゃんを、皆一斉に目をまんまるにしてただじっと見つめていた。


『………結婚?』


兄ちゃんはそういう冗談を言うタイプの人じゃなくて、勿論それは真剣な宣言だった。


『子どもができたとか、そういうわけじゃない。ただ、翠とのことは早くきちんとしておきたいんだ』


そんなことを言う兄ちゃんに、父さんと母さんは当然びっくりしていたけど、それでもすごく喜んでいるようだった。2人共、翠ちゃんのことを気に入っていたし、兄ちゃんたちの雰囲気からこのまま結婚するように思っていたんだろう。だからその場でも、早い結婚に対する翠ちゃんや向こうの親御さんを気遣う言葉はあったけれど、結婚自体には全く反対しなかったし、早過ぎるとも言わなかった。

兄ちゃんは、その春に大学卒業を控えていて、大手の広告代理店から内定をもらっていた。俺から見ても、その未来は順風満帆に思えた。


『翠とはいずれ結婚するんだ。だったら早い方がいいと思ってる』


落ち着いた口調でそう言う兄ちゃんに、迷いは見えなかった。

聞けば翠ちゃんの家族も賛成しているらしくて、2人が籍を入れることに何の問題もなさそうだった。

けれど、俺はそんな兄ちゃんの言動にどことなく違和感のようなものを覚えていた。
その正体が何なのかは、全くわからなかった。けれど、どうしてか兄ちゃんは焦っている気がしたんだ。

何かに駆り立てられ、追い詰められたその先で翠ちゃんと結婚しようとしてる。

でもきっと、家族でそんなことを思っているのは俺だけだった。俺は兄ちゃんのことが大好きだから、兄ちゃんが離れていくのが淋しくて、そんなくだらない想像をしてしまっているだけだ。奇妙な感覚をそう解釈して、納得しようとしていた。





兄ちゃんと翠ちゃんは大学を卒業後すぐに籍を入れることになり、6月には挙式も決まっていた。
結婚式はしないと言っていた2人を説得したのは母さんだった。


『一生に一度のことなんだから、式は挙げた方がいいわ。私、翠ちゃんの花嫁姿が見たいもの』


母さんは、俺にもわかるぐらい兄ちゃんたちの結婚を心底喜んでいて、自分の息子以上に翠ちゃんに肩入れしているように見えた。


『結婚式は、女の人にとって特に大切なものよ。幾つになってもその時のことを思い出すとキラキラしてて、懐かしい気持ちになるの。そんな素敵な人生のイベントを経験しないなんて、もったいないと思う。お金のことは気にしなくて大丈夫。知り合いの人が勤めている式場があるから、一度どんなものなのか見に行くだけでも、ね?』


そう言って極上の笑顔を見せながら、母さんは2人をうまく言いくるめてしまった。



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