the 2nd day[6/18]

「もういい。ありがとう」


そう言ってハルカに差し出した釣り銭は、千円札が2枚と百円硬貨が5枚だった。ここで遊びたいと言ったわりにはたったの500円しか使っていない。せいぜい2つ3つのゲームをしたというところだろう。


「時間はあるんだから、もっと遊んできたらいいよ」


ハルカの言葉に、ミチルは躊躇いがちに瞳を揺らす。何かを言いたげな表情でハルカと俺を交互に見て、やがて覚悟を決めたかのように唇を動かした。


「………あの、プリクラ、撮りたいんたけど」


「撮って来いよ。待っててやるから」


そう促してやれば、ミチルは視線を落としてから聞こえるか聞こえないかぐらいの微かな声で呟く。


「一緒に、撮って」


今、何て言った?


「おい。まさか、俺もか」


ミチルは困ったように眉根を寄せながら、それでもこくりと首を縦に振る。

いやいやいや。誰が好き好んで男3人でプリクラなんて撮るんだ。しかも、この年だぞ。勘弁してくれよ。

そうは思ったものの、ミチルのあまりにも真剣な面持ちに俺は拒絶の言葉を呑み込んでしまう。
どういう理由だか知らないが、ミチルがここへ来たのはそれが目的だったんだ。

どうしようかと思いあぐねてハルカに視線を流せば、思いのほか神妙な面持ちで考え込む姿にドキリと心臓が高鳴った。


「 ──── ごめん。僕、写真はちょっと」


長い睫毛を伏せてぽつりと零すその顔が色っぽくて、つい見入ってしまう。

一度は断ったものの、ミチルがみるみる落胆する様子にハルカは思い直したようだった。


「いいよ。一緒に撮ろう」


ぎこちない笑みを浮かべたハルカは、まるで何か気がかりなことを振り切って決意したかのように見えた。


「タクマさんとミチルなら、大丈夫だから」


自分に言い聞かせるように小さな声でそう言って、ハルカはミチルの手を取りプリクラコーナーへと導く。その後ろを歩きながら、俺はハルカが写真を拒もうとした理由が何なのかをぼんやりと考えていた。

撮られると、まずいことでもあるんだろうか。

キラキラというよりギラギラという表現の方がしっくりくるボックスの並ぶ空間は、ひどく居心地が悪い。ミチルは不自然に目の大きな女の子の姿が並ぶプリクラ機の中から比較的無難そうなのを選んだ。3人で順番に中へと入っていく。

人が少ない時間でよかったと、つくづく思う。

コインの投入口に百円硬貨を4枚入れると、ミチルはタッチパネルの前でおずおずとフレームを選びだす。それを後ろから眺めるハルカの顔をそっと盗み見ようとしたつもりが、気づかれてしまってかわいい顔で見つめ返された。

もう、普段通りのハルカだ。

プリクラを躊躇ったのは、写真に撮られると姿が写らないからかもしれないな。浮世離れしていると言っても申し分ないぐらいきれいな姿を見ていると、ふとそんな下らないことを思ってしまう。

手順を説明する甲高い機械の音声に合わせて、ミチルを真ん中に挟みぎこちなく並ぶ。モニター上のレンズを見つめてこの小さな空間の眩しさに目を細めながら、どうして1回で終わらないんだとげんなりする。

まあ、こんなことぐらいでミチルが喜ぶならいいか。いずれにせよ、これが俺の人生最後のプリクラになることは間違いない。

ハルカが背後からそっとミチルの肩に手を添えて引き寄せる。触れられたその瞬間、ミチルは僅かに身体を強張らせたものの、すぐに頬を緩ませて笑顔になった。

ああ、この2人は本当に血の繋がった兄弟みたいだな。

3人で寄り添って、白く輝く光を浴びながらフレームへと収まる。なぜだか遊びでプリクラを撮っているというよりも改まって家族写真を撮影しているかのようで、俺は今の状況にその種のくすぐったさを感じていた。

家族、ね。

独り暮らしが長くて、仕事もずっと忙しかった。そんな日々の中で自然と実家に寄り付かなくなり、家族のことを考える時間が減ってしまっていた。

俺は家族と向き合うことにどこか引け目を感じているんだと思う。だから、あえて関わりが少なくなるように自分を追い込んでいた面もあるのかもしれない。

義理の兄のきれいな面差しを、ふと思い出す。脳裏に浮かぶのは、なぜか兄ちゃんの困ったような顔だ。心の中で、俺はそっと呟く。

大丈夫だよ。俺がこんな風にいい加減なのは、別に兄ちゃんたちのせいってわけじゃないからね。


やっと終わったと思ったら、今度はボックスの外に回ってディスプレイを見ながら落書きをするんだという。


「おい、まだあるのか」


今ので、結構いろんなものを使い切ったぞ。愚痴っぽくそうこぼす俺をよそに、ミチルは今しがた撮影した写真の映るディスプレイを興味深げに眺めながらタッチペンを手に取った。
幾つか撮影した中から写真を選んで、しばらく考え込むように何度か瞬きをしてから、シンプルなブルーを選んで画面に今日の日付を入れていく。

ようやく印刷されて出てきたプリクラを、ミチルが備え付けのハサミで切って、ハルカと俺に差し出してきた。


「俺は別に」


いらないよ、と口にしかけて、そこに映るハルカの眩しいぐらいにきれいな微笑みに光の速さで受け取ってしまう。
手元の小さなシールをまじまじと見つめる。明るい光に包まれながら、ハルカに肩を抱かれたミチルは自然な笑顔を浮かべていた。

うん、いい写真だな。


「ありがとう」


ミチルは照れたように礼を言って、ぎこちなくはにかんだ。こんなことが、この子にとっては本当に嬉しかったんだ。そう思うとなぜだか胸がチクリと痛む。

俺は今日明日にでも児童相談所に連絡を入れて、ミチルを引き渡さなければいけない。


「こういうこと、してみたかったんだよね……」



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