the 2nd day[1/18]

暖かく心地いい感覚に包まれながら、次第に意識がはっきりとしてくる。

隣でそろりと布団から抜け出ようとする気配を感じた途端、頭で考えるよりも早く腕を伸ばしていた。


「あ……」


掌が細い腰の辺りに触れる。こちらへと引き寄せてから、逃がさないように両腕でしっかりと身体を抱きしめた。

甘い匂いを一息吸い込んでから唇を重ねれば、腕に触れる背中がピクリと小さくわななく。


「……ん……っ」


軽く舌を絡ませてからそっと離し、ようやく重い瞼を上げれば鼻先の距離でうっとりと俺を見つめるきれいな瞳が目に入った。

ああ、今日もかわいいな。


「おはよう、ハルカ」


思わずにやけながらそう言葉を掛けると零れ落ちてくるのは、ほんの少し憂いを帯びた魅惑の微笑み。

「タクマさん、おはよう。起こしちゃってごめんなさい」


「ハルカが勝手にどこかへ行こうとするから目が覚めたんだよ」


もう一度、唇を啄ばむだけのキスをする。柔らかな髪を梳くように何度も撫でると、ハルカはくすぐったそうな吐息を漏らした。


「朝食の準備をしようと思って、そっと抜け出そうとしたのに。タクマさん、眠りが浅いんだね」


「どちらかと言うとそうかもしれないな。昨日の朝は呑み過ぎたせいで爆睡だったけど」


その上ハルカとセックスしたから、余計ね。

心の中で付け足してから、さらさらとした前髪を掻き分けて額に唇を押しあて、ゆっくりと離す。ハルカのどこもかしこも愛おしくて堪らない。

眠りが浅い、か。

ベロンベロンに酔い潰れてさえいなければ、俺は寝ている間も人の気配に敏感な方なんだと思う。


「職業病だろうな。当直なんかしてても、何か事件が入ればすぐに叩き起こされるから。おちおち寝てられないんだ」


まあ、それも過去の話なんだけど。


ついこぼした俺の言葉にハルカは少し笑って、それから ─── おもむろに右手を下の方へと伸ばしていく。


「タクマさん、ここ……」


男の生理現象を確かめるように、布越しに硬く勃ち上がったそこを優しく撫で上げられる。そんなことしちゃ駄目だよと口にする前に、その行為が次第に明確な目的を持ち始めていることに気づいて思わず腰を引いた。


「ハルカ、ちょっと」


焦る俺の顔を見て妖艶に笑い、ハルカは耳にそっと言葉を吹きかけてくる。


「ん、何?」


「ダメだって」


この壁の向こうでミチルが寝てるんだ。いや、まだ寝てるのか? 寝てるよな?

絶妙な手つきでさすられる度に高まっていく欲求に、考える力が奪われていく。



「大丈夫。口でしてあげるから」


とんでもない台詞をさらりと囁いて、ハルカは俺の下着の中に手を滑り込ませる。直に触れられたそこはもう抑えきれないぐらい熱く昂ぶっていた。

いや、嬉しいよ? 嬉しいけど、ちょっと待って欲しい。


「ほら、もう我慢できないでしょ……」


緩く扱きあげながら悪戯っ子の眼差しを向けてそう囁く。

ハルカは微笑みながら俺の唇を食むように口づけてきた。そのくすぐったい感触に、理性は容易く溶け出してしまう。

頷く代わりに舌を挿し出して、小さく空いた唇の隙間から入れていく。熱い吐息が絡まって、呑み過ぎたときのように頭の中がぼうっとしてくる。

舌に絡む唾液を味わっているうちに無性にハルカを組み敷きたい衝動に駆られて、俺は勢いよく身体を起こした。ベッドのスプリングが派手な音を立てて軋む。


「………本当はお前の中に挿れたくってたまんないよ」


この底なしの性欲。まるでガキの頃に戻ったみたいだ。

正直に白状すればハルカは一瞬目を見開いて、それから誘うように瞳だけで微笑む。甘い熱の燻るその眼差しに一瞬で囚われてしまった俺は、ハルカに覆い被さり口づけて強引に咥内を弄った。


「ん、ん……っ」


鼻から抜ける甘い声をもっと引き出したくて、ハルカの服の裾に手を入れていく。滑らかな肌を掌でさすり上げればグッと腰を押しつけてきた。太腿にあたるハルカの中心が硬くなっていることに気を良くしながら、指先でキメの細かい肌を辿り、胸の小さな突起をそっと転がしたその時 ─── ガチャリと、扉の開く音がした。


反射的に上体を起こして顔を上げれば、まんまるな目をして立ち竦むミチルの姿が視界に飛び込んでくる。

まずい。完全に、見られてる。

誰がどう見ても言い訳ができないような体勢で、これはもう、潔く開き直るしかなかった。


「……よう、起きたのか」


我ながら間抜けだ。

そんな風に声を掛けながらハルカから身体を離してベッドから起き上がる俺から、ミチルは気まずそうに目を逸らした。


「あ、あの、えっと」


しどろもどろに答えようとするその顔が、みるみる青くなっていく。


「ご、ごめんなさい……!」


バタン、と力任せに扉を閉められて、まさかこのまま出て行く気じゃないだろうなという考えが頭をよぎる。

今出て行かれるのは困る。慌てて後を追いかけて寝室を飛び出したものの、幸いなことにミチルが玄関を飛び出した気配はなかった。


「おい、ミチル」


呼びかけながら、リビングへと続く扉の取手
に手を掛ける。そのまま勢いよく引けば、ソファにへたり込んで俯くミチルの顔が目に入った。


「あ…… 」


顔を上げ、俺を見てビクリとあからさまに身体を強張らせる。その険しい形相ときたら、尋常ではなかった。


「………ミチル?」


すぐ傍まで近づき、腕を伸ばして小刻みに揺れる手を取る。

その手は硬く強張っていて、まるで痙攣性の発作を起こしているんじゃないかと思うぐらいに震えていた。

怯え切った表情に、俺は思わず目を見張る。その瞳が見つめているのは、俺であって俺ではなかった。

お前は、何を怖がってるんだ。


「ミチル、どうした」


その手を握り締めたまま、もう片方の手で肩を掴んで揺すれば、かぶりを振りながら俺から逃れるように仰け反っていく。


「タクマさん、駄目だ。離して」


後ろから追いかけてきたハルカが、俺に声を掛けながら制するように腕を掴んでくる。知らず知らず興奮していたことに気づいて、慌ててミチルから手を離した。


「大丈夫だよ、ミチル」


繊細な作りの手が、震えるミチルの背中へと伸ばされる。小さな背中をゆっくりと撫で下ろしながら、ハルカは恐怖に怯えた顔を覗き込み、言い聞かせるように繰り返す。


「大丈夫。大丈夫だ。びっくりさせてごめんね」


ハルカの声は、母性を感じさせる優しさを含んでいる。聴く者の心を揺さぶるような声音だ。

背中をさすられながら囁くように声を掛けられているうちに、落ち着いてきたんだろう。ミチルはゆっくりと目の焦点を合わせていく。やがて、ハルカをしっかりと見つめて恐る恐る口を開いた。


「……ごめん……平気」



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