the 1st day[20/20]

上目遣いで俺をじっと見つめるその顔がお預けを喰らったネコみたいに見えて、つい笑ってしまう。


「かわいい顔をして、どうしたの」


「タクマさんを待ってたんだ」


淋しげな瞳で躊躇いもなくそんなことを言うのが、またかわいいと思う。

ハルカはネコみたいだ。全面的に身を預けてくるのに、こちらから距離を詰めようとすると逃げていく。そんな複雑な生き物。


「大丈夫だった?」


ハルカが訊いているのはミチルのことだ。

一見してミチルにおかしなところはない。どちらかと言えばおとなしくて素直で、いい子なんだと思う。

あの子は感情を剥き出しにするタイプじゃない。だからこそ、内面にどれほどのものを抱えているかはわからない。

俺は曖昧に頷きながら、ベッドへと歩み寄っていく。


「まあ、とりあえずはね」


「あの子を放っておくのは駄目だと思う。そんな気がする」


ハルカの意見には俺も賛成だった。ミチルは何かから逃げてきたんだ。このまま1人で放り出すわけにはいかない。

けれどそれでも、ミチルの事情は聞かない方がいい。それが俺のためにもなるし、あいつのためにもなる。

いや、それは俺の身勝手な都合だ。あの子と深く関わることで、俺は辞めると決めた自分の仕事を思い出すのが怖いんだ。

汚い自分の気持ちに蓋をするように、ハルカの傍に立った俺は屈み込んでそっと柔らかな唇に口づける。


舌を挿し入れて咥内を弄っていけば、合わさる唇をすり抜けて熱い吐息が流れ込んできた。


「 ─── タクマさん」


俯きながら唇を離し、ハルカは俺を上目遣いで見つめる。その声はこのキスをそっと咎めるような強さを孕んでいた。


「わかってるよ」


この薄い壁の向こうには、ミチルがいる。部屋が違うからといって堂々と身体を重ねるわけにはいかない。

2人で同じ布団の中に入り込み、ハルカの細い身体を包み込むように抱きしめる。甘く懐かしいこの匂いは、俺の性欲を強烈に刺激する。

このまま抱いてしまえればいいのに。


「ハルカ」


一旦腕の力を緩めてまた抱き直せば、ハルカは俺を見上げる。長い睫毛の下からは憂いを帯びながらも美しく澄んだ瞳が見えて、ああかわいいなと思う。


「拷問だな。あと10歳若かったら、絶対我慢してない」


顔を顰めながら吐き出した俺の言葉に、ハルカが小さく笑う。


「タクマさん、大人だもんね」


その口調は、まるで小さな子どもが必死に我儘を抑えているのを言い聞かせるようだった。

大人なんかじゃないよ。俺はきっと、お前よりずっとガキだ。

ハルカはゆっくりと目を閉じて、じゃれるネコのように俺の肩に頬を擦り寄せてくる。


「タクマさんと一緒にいると、すごく落ち着く。ずっと前からこうしてたみたいだ」


俺も同じことを思っていた。ハルカは俺の運命の人なのかもしれない。

雨降る夜に出逢った、初恋の相手と同じ匂いを纏う年下の男。

俺はその甘やかな香りを胸いっぱいに吸い込んで、もう一度真綿のように柔らかな唇に口づける。

長い1日が、ようやく終わろうとしていた。







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