『コースとオプションが決まって金を受け取ったら、まずは客とシャワーを浴びろ』
実技講習の相手は、マネージャーの澤井さんだった。『CAGE』には一応名ばかりの店長がいるけど、事務所には殆ど顔を出さない。実質この店を取り仕切ってるのは、澤井さんだ。 今でも俺は、澤井さんの感情のこもらない顔を見ると堪らなく不安になる。その時もそうだった。真っ裸で心許なく立ち尽くす俺に、澤井さんは服を脱ぎながら端的に説明してくれた。 服を脱いだら、まずシャワーに誘う。泡の作り方、全身リップ。フェラ。丁寧に順番を踏んでいくこと。 ガチガチに緊張してる俺に、一通り的確に教えてくれる。冷たく見えるけど、もしかすると本当は優しい人なのかもしれない。
『そうだ。しっかりと舌を動かすんだ』
俺が初めてフェラをした相手は澤井さんだ。初めて他人のものを口に挿れたのに、不思議なぐらい嫌悪感はなかった。 だけど、もつれるようにベッドへと倒れ込んだ途端、急に身体の中心を握り込まれて情けない声が出た。
『あ……っ!』
ゆっくりと俺の半身を扱くその手の感触は、確かに気持ち悪くはなかった。それでもやっぱり怖くて、身を捩りながら必死に謝る。
『ごめんなさい。俺、そこダメなんです。自分でするのは大丈夫なんだけど、他人に触られるのが苦手で』
今まで何人もの女の子とそういう関係を持とうとしたことがある。でも何をされても全然イけなかったし、挿入してもダメだった。自分でするのは大丈夫なのに。俺のここは不能なんだと思う。 澤井さんは俺をじっと見つめながら、薄く口を開いた。
『そうか。まあ、いい』
手を離されてホッとしたのも束の間、澤井さんはおもむろにチューブを取り出して、右手にとろりとした透明な液体を塗り出した。それが何を意味するのか、初心者の俺にも簡単に想像がつく。
『初めてか』
恐る恐る頷く俺を見て、澤井さんは小さく溜息をついた。
『力、抜けよ』
ベッドのシーツを掴んで身構える俺を、澤井さんが抱き寄せる。 ひんやりとした感覚が後孔を刺激して、それだけで身体がビクついた。ゆっくりと指が侵入してくる。
『う……あ、ぁ……っ』
ローションが塗り込まれているせいか、痛みはなかった。言いようのない異物感が怖くて俺はみっともなく喘ぐ。指が抽送を繰り返す度に、ぞわぞわとした感覚が身体を這い回った。
『いいか、ヒナ』
澤井さんが、初めて俺の源氏名を呼んだ。
『この店は本番なしだ。それでも、この部分は使う。中途半端なプライドは捨てて客と一緒にお前も愉しむんだ。じゃないとやっていけない』
慣れない感覚に必死に耐えながら、俺は思った。 ああ。この人もきっと、何かを諦めた人なんだ。
『……あ、あぁッ!』
長い指が奥の方を掠めた瞬間、身体が跳ねて口から甘ったるい声が漏れた。 何だ、これ。 奥の一点を刺激される度に、背筋を強烈な感覚が突き抜ける。
『やっ、あ、ん……っ、あァ……ッ』
めくるめく快楽に、意志に反して言葉にならない声がこぼれていく。初めての感覚が怖くて堪らなくて、視界がゆらりと滲んだ。
『ここが刺激されるように、自分で角度を調節するんだ』
『ああ……ッ、ふ、あ、アァッ』
大きな波に浚われて身体がしなる。苦しくて涙がこぼれ落ちた。
『や、なんか、ヘン……っ、ああッ』
何かに縋りたくて、腕を伸ばして澤井さんにしがみついた。その手の動きが一層速くなって、いやらしい水音が部屋に響き渡る。思考がもうグチャグチャで、理性が全部飛んでいく。 その時、忘れたはずの名前がふと脳裏に蘇ってきた。もう全てを諦めたはずなのに。 罪悪感と共にその名を思い浮かべた途端、ゾクゾクと快楽が増長して、俺は行ったことのない高みへと引き摺り上げられていた。
『あ、んッ、あっ、あぁ……ッ』
中がビクビクと収縮する。頭の中が真っ白で、強張った身体は意志とは関係なく痙攣し続けた。
『はあ……ぁ……っ』
指が中から引き抜かれるその刺激さえ、気持ちよくて喘ぐ。ずるずると尾を引く快楽の余韻に浸りながら、ぐったりとベッドに身体を預けて乱れた呼吸を整えた。
『上出来だ』
『え……?』
汗と涙で濡れた俺の顔を、澤井さんが撫でる。残酷なぐらいに優しい手つきで。
『お前、いい顔をするな。きっと売れる』
他人から褒められてこんなに絶望的になったのは、初めてだった。
「ああ、あ……ッ、ふ、あ……ぁッ」
甘ったるい喘ぎ声が、口からとめどなくこぼれ落ちる。四つん這いになって後ろから異物を突っ込まれて、振動が中を刺激していく。与えられた快楽が薄れる前に次の波が来て、苦しいぐらいに追い込まれてる。
「あ、あッ、もっと、奥、して……」
イイところを掠めては逸れるもどかしさに、息も絶え絶えに後ろを振り返りながらねだると、バイブを俺に突っ込みながら自分のものを扱く男の姿が見えた。
「おねが……ッ、あ、あぁッ!」
角度がズレて、モロに前立腺にあたった。ビリビリと電気が走ったみたいに背中が仰け反って、俺は頭の隅っこで安堵する。
「あ、そこ、いっぱい、突いて……ん、あァッ」
ああ、これで全部忘れられる。全部忘れて快楽に飲まれて、頭の中が空っぽの、ただ喘ぐだけの淫乱な人形になれる。 強過ぎる刺激を与えられ続けるうちに、俺はあっという間に頂点に辿り着く。
「あッ、イく、あ、ああァ……ッ!」
震える背中に、背後から生温かい精がぶちまけられた。
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