the 1st day[2/6]

アスカが部屋に入ってきて、退屈を持て余してる俺のところにやってくる。こうして改めて見ると、こっちが引け目を感じるぐらいきれいな顔だと思う。手脚も長くて器用そうな指先をしてる。
漂うのは匂い立つような色気。誰が見てもやっぱりアスカはボーイに向いてる。

「ヒナ。飛び込みで仕事が入った。行こうか」

俺は立ち上がってアスカと今日二件目の仕事に向かう。






デリバリーヘルスは、無店舗型の性風俗営業だ。無店舗型っていうのは、つまり店を構えてなくて客の自宅とかホテルとか、希望の場所に出張してサービスする形態のこと。
うちでは本番行為は、絶対に禁止だ。本番をしても女と違って売春防止法に触れることはないんだけど、本番をしないことで本番アリの系列店との差別化を図ってるらしい。当然料金体系も違ってくる。ハメたいならそっちへどうぞってことだ。
他にも禁止事項はある。客と個人的に契約すること。連絡先や本名を教えること。規則を破ると高額の罰金が待ってる。
外の景色はどんどん流れていく。アスカの運転は乗り心地がいい。前のドライバーとは段違いの技量だ。
運転が上手いのは、センスがいいんだろう。狭い路地でも滑らかに走ることができるのは、車幅感覚をしっかり掴んでるからだ。

「なあ、アスカ。何でドライバーになったんだよ」

年の変わらないドライバーに、俺は退屈しのぎに話し掛ける。黙ってるのは、質問の意図がわからないからかもしれない。

「お前、こっち側の方が向いてそうだけど」

「こっち側? まあどちらかというと、そうかもね」

顔を前に向けたまま、アスカが口を開く。含みを持たせるような言い方だった。

「ドライバーの給料なんて、二束三文だろ。お前だったらボーイで稼げるよ」

ルームミラー越しに視線が合う。そのきれいな目が、わずかに細められた。心なしか、少し愉しげに見える。

「ありがとう。でも僕、お金のためにこの仕事をしてるわけじゃないんだ」

金のためじゃなかったら、何のために働いてるんだよ。変なヤツ。






初めてうちの店を頼んだという客は、四十歳代半ばぐらいの年齢の男だ。会社員っぽくスーツを着ていて、顔は普通。でも顔はどうでもいい。肝心なのは性癖。
ラブホテルのわりには落ち着いた内装の部屋だ。俺は愛想笑いを浮かべながら、絨毯の上に仕事用のボストンバッグを置いた。

「ヒナです、よろしくお願いします。名前、何て呼べばいい?」

「……順也」

何かを飲み込んだみたいに、喉仏が動いた。舐めるような視線が絡みついてくる。
なあ、俺はあんたの趣味に合ったか?

「順也さん、六十分コースで予約したくれたんだよね。オプションは?」

俺はバッグの中からオプション用のグッズをひとつずつ取り出してテーブルの上に並べていく。アイマスク、手錠、電動マッサージ器、ローター、バイブ。
電話があった時は、オプションの指定がなかった。でもプレイの前にもう一度確認を取るのがルール。
その人がぎこちなく指さしたのは、男性器を型取った玩具だった。大事なお客さんに細いバイブを手渡しながら、俺は笑顔の形に顔を歪める。

「コース料金が二万円、オプションが五千円。合計で二万五千円ね」

三枚のお札を受け取ってカバンに入れた俺は、決められた台詞を口にする。

「順也さん、一緒にシャワー浴びよう」

二人で服を脱いで、バスルームに入る。シャワーのコックを捻った途端、早速キスされた。挿し込まれる舌に反射的に舌を絡める。
弄られる度に、身体の芯から小さな気泡が出るみたいに鳥肌が立っていく。快感なのか、嫌悪なのか。俺はもうこの行為に自分自身を見失ってる。
キスの合間に息を吐くと、俺の半身に男の手が掛かった。性急に扱く手つきに息が上がっていく。俺はその手を握りしめて止める。

「順也さん、待って。そこ苦手なんだ。だから、俺がしてあげるね」

流れるシャワーを浴びながら、今初めて会ったばかりの人の全身に口づけていく。小さな呻き声が聞こえてくる中、ゆっくりと時間を掛けて身体を降りて、そそり勃つ部分に辿り着く。右手で根元を扱きながら、口を開けて喉奥まで咥え込んだ。

「あ、あ……っ」

舌を絡めながら音を立てて吸い上げると、頭上からだらしない声がこぼれ始める。さあ、ここからだ。
1、2、3、4、5……。頭を真っ白にして機械的な動きを繰り返しながらゆっくりとカウントするうちに、口の中のものがどんどん膨張していく。
喉の奥ギリギリから先端のくびれまで、淡々と往復する。心の中でひたすら数を唱えるのは、こんな行為の最中に他のことを考える余地を残したくないから。
79、80。小刻みに震え出した。多分、もうすぐ。
81、82、83、84。ひときわ大きな声。
85、86。口内に熱くて粘りけのある精が放たれる。
収縮が収まってから、萎えてきたそれを口の中から引き抜く。苦い白濁を掌に吐き出して、シャワーで床へと流した。
俺もこのまま形のないものになって消えてしまいたい。湧き起こる強烈な虚無感も、全部一緒くたにして水に流してしまう。

「ヒナ、上手だね」

満足気な声に、俺は微笑む。

「ありがとう、嬉しいな。ベッドに行く?」

多分、俺はMなんだろう。自分でも呆れてる。じゃなきゃ嫌で嫌で仕方がないのに笑顔でこんなことを言えるはずがない。
上に乗った軋み具合で安っぽいスプリングのベッドだと感じる。横たわる男の上に覆い被さって、全身に口づけていく。じりじりと時間を掛けて愛撫してると、男が急に反転して俺を押し倒し、乗り掛かってきた。胸の突起を舌で転がされて、ぞわりと肌が粟立つ。

「ん、ぁ……っ」

思わず声をあげると唇にキスされる。ねっとりとした濃厚な口づけに応えていると胸の突起をこねくり回されて、痛みに近い快感にまた小さく喘いだ。
男が枕元に置いていたローションを手に取り、掌に塗っていくのを俺はぼんやりと見つめる。

「ここに挿れるよ」

ゆっくりと後孔を弄られて、これから襲ってくる刺激を想像しながら身震いした。
冷たく濡れた指が少しずつ侵入してくる。異物感に堪えながら目を閉じた。快楽に変わるまで、きっとそう時間は掛からない。

「あ、あ……ッ」

身体を拓かれるこの瞬間、俺がいつも思い出すのは、初めての客を取る前に受けた、最初で最後の実技講習のことだ。







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