the 4th day[12/14]

外はもう暗くて、冷たい風が頬を刺激する。ちょっと身震いしながらアスカと近くのコインパーキングまで歩いた。
平べったい形をしたスーパーカーは、遠目でも目立つ。上方にスライドするドアをくぐって、車の助手席に乗り込んだ。
アスカは隣できれいな微笑みを浮かべてる。
いろんなことがわかって、アスカに言いたいことはたくさんあったはずだった。なのに、いざ顔を見ると胸が詰まって何も言えなくなる。

「言ったよね。僕は、ヒナを出してあげるために来たって」

 アスカはそう言って澄んだ瞳で俺を見つめる。そうだ、あの言葉は嘘でも冗談でもなかった。滑らかにエンジンが掛かる音を聞きながら、俺は改めてこいつをすごいと思った。
 全てはアスカが計画したことだったんだ。

「ヒナにはまだしないといけないことが残ってる。それが終われば、ちゃんとここに連れて戻るよ」

「何だよ、俺がすることって」

「もうアポは取ってるんだ。ヒナが会わないといけない人」

「……え?」

「神崎さん。ヒナの名前を出したら、ちゃんと話を聞いてくれたよ。すごくいい人だね」

ガツンと頭を殴られた気がした。どうしてアスカが神崎さんの連絡先を知ってるんだろうと考えて、思い当たる。
持ち物を全部車に置いてたから、俺が持ってる名刺を見たんだ。
驚いて言葉が出ない俺を横目に、アスカはギアを入れた。

「待ち合わせ場所まで連れて行くから。ちゃんと返事しておいで」

どこまでも用意周到だと思った。きっと俺のことなんて、アスカには全部お見通しなんだろう。
アスカと色々と話したかったけど、高速道路を滑らかに走る揺れの心地良さに、急激に眠気が襲ってくる。
いつの間にか俺は、意識を失うように寝てしまってた。





煌めくグラスの中で、氷の塊がゆっくりと融けていく。
手持ち無沙汰な時間を紛らせようとグラスを手にすれば、氷が硝子にあたって澄んだ音が鳴った。琥珀色の液体が小さく揺れるのをじっと見つめる。
洗練されたお洒落なダイニングバー。テーブルの上には小さなシャンデリアみたいなペンダントライトが仄かに灯る。薄暗い店内のあちこちを橙色の照明が照らしてて、すごく趣のある店だ。

「ヒナ」

名前を呼ばれて顔を上げると、優しい眼差しで俺を見つめる神崎さんと目が合った。
やっぱり雄理によく似てる。赤の他人だなんて、嘘みたいだ。
アスカに降ろされた場所で待ってたら、すぐに神崎さんが車で来てくれた。ホテル以外の場所で会うのは初めてだったからすごく変な感じで、妙に緊張する。
神崎さんは、俺と会えてすごく喜んでるみたいに見えた。

『食事に行こうか。ヒナの食べたいものにしよう』

『俺、何でも食べられるよ。任せていい?』

もう午後七時半を回ってて、確かにお腹は空いてた。そうして神崎さんが連れて来てくれたのがこの店だった。
俺のことを考えて選んでくれたのはわかってるけど、慣れない雰囲気で落ち着かない。
少しずつ色んな料理が出て来て、一通り口にしたけど、胸がいっぱいで味が全然わからなかった。雄理はちゃんと食べてんのかなとか、そんなことばっかり考えてしまう。
神崎さんに何て言おうか。この人は、俺のことを真剣に考えてくれてる。ちゃんと返事をしないと駄目だ。

「あの……神崎さん」

意を決して口を開くと、神崎さんが言葉を遮った。

「場所を変えようか」

折角の決意を挫かれてしまう。外で会う神崎さんは、なぜだか急に知らない人のように思えた。





白いレクサスが幹線道路を駆け抜ける。神崎さんは他愛もない話をしてくれるけど、俺は心ここに在らずで生返事ばかりしてしまってた。
どこへ行くんだろう。もしかしたらホテルかもしれない。
でも、もう俺は神崎さんと身体を重ねることはできない。本当に好きな人と過ごす幸せな時間を知ってしまったから。
すごく不安なのに訊くに訊けなくて、落ち着かない。いつの間にか大きな道から逸れて、細街路を通り山の方へと向かってることに気づいた。
途切れ途切れに会話を繰り返しながら、車は山道を登っていく。やがて神崎さんが中腹の路肩に車をとめた。

「降りようか」

そう言って車から降りる神崎さんに俺も続く。暗くてひと気のない山道を、時折車が走り抜けて行く。
目の前には煌めく夜景。光の粒のひとつひとつが、星のようにキラキラ瞬いてる。
思い切り天を仰ぐ。頭上には本物の星空があった。俺が閉じこもってた場所より、少しだけ星が近い。



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