the 4th day[4/14]

「三日坊主って、三日経てば何かに飽きてしまうってことだよね。それはつまり、人間は違う環境に置かれても三日経てば順応するようになるということだ。だから、四日目に変わる機会が訪れるんだと僕は思う」

だから三日で仕事に飽きて、四日目に辞めるってことなんだろうか。アスカの言うことは抽象的でよくわからなかった。

「僕自身が忘れられない四日間を経験したことがある。だから僕は、四日間を一区切りにしてる」

記憶を辿るように、愁いを帯びた瞳がぼんやりと遠くを見る。
俺には何のことだかわからないけど、アスカにとってすごく大事なことを言ってるんだなって、何となくわかった。

「ヒナと僕も、今日が四日目なんだよね」

そう言って笑う顔が、ひどく淋しそうだった。
四日目だから、何なんだろう。口を開こうとしたその時、重い排気音が近づいてきた。
駐車場の入り口に目が釘付けになる。ファストフード店にまるで似つかわない、未来から来たような平べったい形をした白いスーパーカーが滑るように入ってきたからだ。

──まさかな。

「あ、来た来た」

恐る恐るアスカを見ると輝くような笑顔でその車を見ていた。
おい、マジかよ。
スーパーカーは、俺たちの乗るブルーバードにピッタリと横付けしてとまった。運転席のドアが真上にスライドして開く。その動きにまたびっくりした。
運転席のドアが開いて、中から出てきたのは目を疑うぐらい整った顔立ちの男だった。三十歳代前半ぐらいだろうか。顔がいいだけじゃなくて、背が高くて脚も長い。ただそこに立ってるだけで色気が漏れ出してて、視線が逸らせない。完璧な大人の男だ。
ブルーバードから降りたアスカが、突然現れたその男に歩み寄っていく。まさかとは思うけど、あの派手な車に乗り換えるつもりじゃないだろうな。

「ごめん、これを返しといて」

そう言って、アスカは男とエンジンキーを交換してる。

「事故をしないように気をつけろよ」

甘く低い声だった。
やっぱり、あの車に乗り換えるつもりらしい。戸惑いながら助手席から降りると、向かい合う二人が目に入った。
黙って見つめ合っていたかと思えば、男がアスカの細い腰を抱き寄せる。アスカは腕をその背中に回した。何も言葉を交わさずに、二人は少しの間だけ身を寄せ合う。
互いを愛おしむような再会の光景に、俺は妙にドキドキしながら見惚れてしまう。やがて二人は身体を離して、男は今気づいたかのように俺の方を向いた。
何もかもを見透かすような、淡い茶色の瞳。こっちをじっと見る眼差しに、ものすごく圧倒されてどきまぎする。

「ブルーバードシルフィ。前身のブルーバードは、メーテルリンクの童話『青い鳥』から命名された」

低く響く声が、唄うように語る。俺は自分が乗ってきた車に目を向けた。夜の色をした古いセダン。俺を数えきれないぐらい沢山の男のもとに運んだ車の名前が幸福の象徴だなんて、皮肉だと思った。

「お前はあの話の結末を知ってるか」

青い鳥を探す話。子どもの頃に読んだ気はするけど、全然憶えてなかった。

「幸せの青い鳥を探していた兄妹は、結局見つけられずに長い旅を終える。そして、気づくんだ。実は自分達が飼っていた鳥が、青い鳥だったということに」

男は俺を真っ直ぐに見つめながら微笑んだ。黙ってると冷たく見えたのに、その笑顔は意外にも優しい。
幸せは、身近なところに潜んでる。
それは俺に言ってるように見せかけて、本当は別の誰かに言ってる気がした。

「アスカ、待ってるからな」

全然似合わない古びた車に乗り込みながらそう言う男を、アスカは柔らかな微笑みを浮かべて見つめる。
排気音と共に、青い鳥を冠した車は飛び立った。

「……あの人、アスカの恋人?」

二人の間に流れてた甘い空気を思い浮かべながら訊いてみる。

「違うよ」

絶対にそうだと思ったのに、あっさりと否定された。
冷たい風が、ひと撫で頬を掠める。アスカは首を振りながら哀しく笑った。

「昔の恋人の、お兄さん」







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