「初めまして」
翌日の夜。指定した時刻に俺の家に来たアスカは、若く美しい男だった。 透明感のある整った容姿に、匂い立つような色気を纏う。憂いを帯びた眼差しは、年齢にそぐわない大人びた色気と不安定な危うさを秘めていた。
「リュウジさん」
アスカは俺のことをそう呼び、人懐っこい笑顔を向けてきた。 家に上げて玄関からリビングへと通した途端、アスカは感嘆の声をあげた。
「これ……すごいね」
オープンキッチンのカウンターには、俺が飲む酒瓶が所狭しと並んでいる。これでも足りないぐらいだ。
「今も呑んでるでしょ」
「ああ、ちょっとな」
俺は適当に嘘をつく。実のところ、相当酔っていた。
「夕食は?」
「いらねえよ」
「ちゃんと食べないと、身体に悪いよ」
アスカは冷蔵庫を開けるが、そこには水とビールしか入っていない。
「お前に頼んだ仕事はそれじゃない」
俺の言葉にアスカは振り返る。煌めく眼差しがゆらりと揺らめいた。
「……金魚、どこ?」
二階へと続く階段を上がり、寝室の扉を開けてクイーンサイズのベッドへと歩み寄っていく。その横にあるのは、一匹の金魚が入った水槽だ。
「大きな金魚だね」
「まだまだ大きくなるらしいな」
一年と少し前に金魚すくいで取った小さな金魚は、体長10センチ程に成長していた。
「お世話って、どうしたらいい?」
「一日一回、餌をやってくれ。お前、4日間しかいないんだろ。水槽の手入れはもう俺がしてる」
「僕の仕事は、それだけ?」
上目遣いに見つめてくるアスカの細い手首を掴み上げると、驚いたように目を見開いた。
「抱かせろよ」
一瞬たじろいだ後、アスカは黙って頷いた。
ベッドに押し倒して服を脱がせれば、しなやかな身体からはなぜか甘ったるい匂いがした。香水とは違う、独特の香りだ。
「ん……っ」
全裸になったアスカに口づけて強引に舌をねじ込むと、苦しそうな声を漏らしながらも口を開いて舌を絡ませてくる。口腔を蹂躙しながら身体に手を這わせる。ゆっくりと時間を掛けて愛撫していけば、下肢に辿り着いた頃にはアスカのものは硬く屹立していた。
「淫乱だな」
鼻で笑えばアスカは眉根を寄せて目を逸らす。そのまま握り込んで扱いていくと、先端はすぐに蜜を零し出した。
「あ、あ……ッ、ふ…ァ……ッ」
掠れた喘ぎ声が寝室に甘く響く。もっと鳴かせたかったのに、アスカはすぐに昇り詰めていった。
「あ、イきそ……ッ」
恍惚とした顔で快楽を訴えるアスカは、ただひたすら美しい。 俺は握り込んだ手を一気に離した。絶頂に辿り着く寸前で放り出されて、アスカは懇願するように俺の名を呼ぶ。
「リュウジさん……」
「イきたきゃ自分でしろよ」
縋りつこうとする手を払い退けると、澄んだ瞳が泣きそうに揺れる。切なげな顔がまた堪らなかった。
「お前がしてるところ、見ててやるから」
アスカは無言で俺を見つめる。やがて無駄だと悟ったのか、震える手で自らの半身に手を掛けた。
「……は…ッ……あァ……」
頬を染めて腰を揺らしながら手を上下させ、時折うっすらと目を開けて視線を流してくる。その仕草に、俺が見ているかどうかをきちんと確かめているんだと気づいた。
「あ、あ……ッ、リュ…ジ、さ……ッ、も、イく……ッ」
上擦った声と共に断続的に出る白濁がアスカの手を濡らしていく。 肩で息をしながら、アスカは顔を上げた。こちらに向けられるのは誰しもの性欲を刺激する、強く淫らな眼差し。
「……お前、イイな」
白い喉元に噛みつくように口づける。その身体からは芳香な匂いが漂う。 俺はベッドのフレームとマットレスの間に挟んでいたものを取り出した。金属の拘束具が、鈍い光を放つ。
「何……手錠……?」
アスカは目を見開く。逃げる様子はなかった。 細い右手首を掴んで手錠を掛け、ベッドのアイアンフレームに噛ませて左手首にも掛ける。仰向けの状態で両手を頭上で拘束されても、アスカは驚いた顔こそしたが抵抗はしなかった。
「リュウジさん……」
俺が囚えた男は、煽るように微かな声で名を呼んだ。 キスをしてから唇を滑らせて首筋に舌を這わせれば、アスカは小さく身を捩った。胸の突起を舌で転がすと、苦しげな吐息が零れる。
「あ……、あっ」
身じろぐ度に、頭上で金属の擦れる音が響く。 俺はサイドボードからローションを取り出し、指に塗っていった。誘うように開いた脚の間に手を滑らせて後孔を濡れた指で弄ると、熱っぽい吐息が聞こえた。その中に指を挿し込み、奥へと沈めていく。 緩く抽送を繰り返していくうちに、アスカの瞳がみるみる潤んできた。ガチャガチャと耳障りな金属音に、苦しげな喘ぎ声が混じり出す。
「ん……、あっ、おねが、ちゃんと……ッ、ああァッ!」
「……ここか」
熱を孕んだ中を掻き回して指を突き立てれば、華奢な身体が跳ね上がった。強く擦り続けると、腰を振って快楽を訴えてくる。仰け反る喉元が艶かしい。
「や、あぁ、ん……ッ、あぁッ」
そこを執拗に攻め立てればアスカはやがて痙攣するように大きく震え、果てた。
「こんな状況でイけるなんて、大した奴だな」
そう揶揄すれば、浅く早い呼吸をしながらアスカは口を開く。
「……ちゃんと、抱いて……」
焦点の合わない瞳には、人恋しげな光が揺らめいている。情欲を抑えることを完全に放棄した姿は、扇情的で美しかった。
「望みどおり、抱いてやるよ」
俺は着ている服を脱いで、細い脚の間に割り入った。後孔に昂ぶるものをあてがうと、アスカが眉根を寄せて俺を見上げる。淋しげな瞳が無性に神経に障った。
「逃げないから、外して。リュウジさんを、感じたい……」
「笑わせるな。心配しなくても、感じさせてやるよ」
強引に半身をねじ込んでいくと、アスカは小さく悲鳴をあげた。性急に挿入したにもかかわらず、そこは容易に俺を受け容れる。 ぐらりと、視界が揺らいだ。 何もかもを融かすような熱に締めつけられて、全ての感覚を攫われそうになる。
「アスカ……ッ」
想像を超えた快感に思わずその名を呼ぶと、アスカがうっすらと目を開ける。俺を見る瞳には強い官能の光が宿っていた。 ようやく俺は気づく。俺に拘束されながら、こいつが俺を縛りつけようとしていることに。
「リュウジ、さん……」
アスカが誘うように巧みに腰を動かすと、快楽が更に強まっていく。いつの間にか主導権を握られていることに俺は狼狽える。
「いいよ……」
きれいな形をしたその唇から、赦しの言葉が零れ落ちた。
「繋いでも、いいよ」
ゆっくりと腰を動かせば、アスカは目を閉じて身を捩り喘ぐ。口づけると舌を絡ませてそれに応えてくる。 部屋に響くのは、アスカの声。二人の吐息。手錠がベッドフレームと擦れ合う音。 俺を包み込む中はドロドロに融けて波打つ。まるで水の中にいるように息苦しくて、気持ちいい。
「あぁ、は……ッ、イキそ……ッ」
腰を激しく打ちつけていくうちに、華奢な身体がゆらりとしなった。
「あ……ッ、ああ、あァ……ッ!」
後孔の収縮に引き摺られるように、俺も達してしまう。 ぐったりと弛緩した身体を持て余しながら荒い呼吸を繰り返すアスカは、官能的で美しかった。 拘束された手首に目をやれば、擦れた痕が痛々しい。ベッドにぐったりと横たわるアスカに口づけると、恍惚とした顔で舌を絡めてきた。 俺はサイドボードから小さな鍵を取り出し、アスカの左手首の手錠を外す。ベッドフレームに絡めていた鎖を解き、手錠をぶら下げたままの右手首を取った。
「ほら、解放してやるよ」
「リュウジさん……」
囁くように名を呼んで、アスカはなぜか外した側の手錠を手に取った。それを素早く俺の左手首に掛ける。何が起こったのか咄嗟に理解できない。アスカの右手が上がり、俺の左手が引っ張られて持ち上がる。 俺たちは、鈍い光を放つ鎖で繋がっていた。
美しい男は自らが捕らえた者の左手首に口づけて舌を這わせた。ゾクゾクとした感覚が背筋を伝っていく。 上目遣いに俺を見ながら、アスカは妖艶な微笑みを浮かべる。
「これで、一緒だね」
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