隠れ家のような佇まいをした店の扉を開けると、薄暗い空間が広がっていた。まるで、海の底にいるようだ。 店内は客がゆったりと寛げるような余裕のある配席となっている。控えめなボリュームでジャズが流れる居心地のよさそうな店だ。 PLASTIC HEAVEN――人工の楽園か。皮肉な名だ。 空いているカウンター席に座ると、マスターがこちらに目を向ける。嫌味なぐらいに端正な顔だった。
「ご注文は」
「相変わらずいい男だな、高尾」
「……森川か」
高尾侑はそう言って眉を上げた。久しぶりに顔を見たこの男は、高校の同級生だった。当時は何かと一緒につるんでいたが、大学に進学後は少しずつ疎遠になり、最後に会ってからもう十数年は経っている。 とはいうものの、高尾はいろんな意味で何かと目立つ男で、風の噂で色々なことを耳にしていた。結婚はしていないこと。脱サラし、トレード会社を設立して一儲けした後にこのバーを経営していること。そして――。
「用件は、何だ」
グラスを磨きながら端的に訊いてくる。相変わらず察しはいい。 そうだ。俺はけっして同窓会気分で懐かしい友人に会いにきたわけではなかった。
「うちで金魚を飼ってるんだが、そいつの世話を頼みたいんだ」
目を細めてこちらを見つめてくる。疎ましげな眼差しなのは、もう俺の意図を察しているからに違いない。
「俺はそんなに暇じゃない」
「お前にじゃない」
しらばっくれる気か。そうはさせない。
「アスカだ」
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