the 2nd day[1/2]

目が覚めると、隣にアスカがいた。
いつから起きていたんだろうか。横たわったまま、俺の顔をじっと見つめている。その眼差しは、昨夜あれだけ淫らに喘いでいた男のものとは思えないほどに澄んでいた。

「リュウジさん、おはよう」

この幸福そうな微笑みは、何なのだろう。
掛時計に視線を移せば、午前九時を過ぎたところだった。俺にしては早い朝だ。起き上がる拍子に左手首で鎖がじゃらりと音を立てた。
そうか、俺はこいつと繋がってるんだ。

「お前、何か食うか」

「僕、朝は食べないから。リュウジさんは? 何か作るよ」

「俺はいい」

アルコールがすっかり身体から抜けてしまって、落ち着かなかった。

「何か食べないと、身体に悪いよ」

自分のことを差し置いて、アスカはそんなことを言う。

「降りるぞ」

立ち上がって歩き出せば、アスカは俺に寄り添ってついてきた。
階下のキッチンに降りるとカウンターに並んだウイスキー瓶を手に取り、蓋を開けてそのまま一気に喉へと流し込む。
アスカが目を見開くのが視界の隅に映った。

「朝メシはこれでいい」





俺とアスカは互いに繋がれたまま過ごす。手錠の鍵を外すのは着替えや排泄のときぐらいだ。それも終わればすぐに繋ぎ合う。
鍵はアスカが管理している。つまり、俺がアスカを繋いでいるのではなく、アスカが俺を繋いでいるわけだ。奇妙なことに、こいつは俺と繋がっていることにある種の快楽を感じているらしい。
俺はアスカと何をするでもなくリビングのソファに隣り合って座る。一人でいると冗長に感じる時間も、二人だと少しはましに思えた。

「リュウジさん、仕事は?」

無邪気に訊いてくるアスカに、俺は正直に答えてやる。

「辞めたんだ」

「何してたの?」

「教師」

缶ビールを片手にそう言えば、まじまじと俺を見つめてきた。

「学校の先生?」

「文句あるか」

かぶりを振りながら、アスカは目を細める。

「女の子にもてたでしょ」

ああ、もてたさ。生徒と結婚したぐらいだからな。





翔子との出会いは、もう13年も前だ。俺は教師になって3年目だった。
女子高生にとって、若い男性教師は少し背伸びした恋の相手にちょうどいい。だから俺は生徒によくもてた。それでも、戯れに教え子に手を出すほど女には飢えていなかった。
翔子は受け持ったクラスの生徒だった。清楚な外見はいかにも真面目そうで、17という年齢の割に妙に大人びた表情をしているのが印象的だった。
近づいてきたのは、翔子の方だ。

『先生、好きです』

まだ未成熟な身体を持て余しながらも堂々と俺にそう告白する翔子からは、危うい色気が漂っていた。真っ直ぐに向けられたその眼差しは、見ているこちらが罪悪感を覚えるほどに澄み切っている。
夕映えに光る陶器のような滑らかな肌に誘われて、俺は血迷った。

『隠し通せるか』

教え子の頬に手をあてて、そう誓わせる。





「買い物に行きたい。お腹が空いたし、食べ物がない」

昼前になって、アスカがそんなことを言い出した。

「この状態でか。変に思われるだけならまだいいが、下手すりゃ通報されるぞ」

「手を繋いでおけばいいんだ。カップルに見えれば通報されない。そういうファッションぐらいにしか思われないから」

全く悪びれずにそう言うアスカに、俺は呆れてしまう。
男同士で手錠をしながら手を繋いで近所のスーパーで買い物をしろというのか。

「勘弁してくれ。これを外して買い物に行くか、宅配でも頼め」

「外すのは嫌だ。宅配にする……」

浮かない顔でそんな結論に至る。なぜアスカが手錠に拘るのか、俺には皆目わからない。





注文した弁当が届いた。玄関から出てきた俺たちを、宅配業者の男がぎょっとした顔で見る。男二人が手錠で繋がれて出てきたのだから、当然の反応だ。
アスカは俺にまとわりつきながら、愛想を振りまく。

「リュウジさん、大好き」

代金を支払って業者が帰った途端、身体を離して嬉しそうに笑う。

「お前、どういうつもりなんだ」

「監禁してると思われて通報されたら、困るでしょ」

確かにそれは避けたかった。それでも、大好きはない。アスカには調子を狂わされてばかりだ。

「いただきます」

ダイニングの椅子に二人隣合わせで座り、味気ない弁当を広げる。アスカは利き手を繋がれているのだから不自由だと思うが、左手でも箸運びはきちんとしていた。

「どっちも使えるんだ。だから、右手が使えなくても大丈夫」

そう言うアスカの身体からは、仄かに甘く芳香な匂いが漂う。熟れた果実にも似た、花のような不思議な匂いだ。
半分ほど残した弁当の残滓をゴミ箱に捨てて、俺はもう何本目かわからない缶ビールを呷りながらアスカの横顔を見つめる。きめの細かい滑らかな肌は、翔子を彷彿とさせる。
アスカは俺の顔を見て、思い出したように口を開いた。

「金魚も、お腹空いてるかな」

寝室に入って水槽の前へ行くと、アスカは餌の容器を傾けて水の中へと入れていった。

「このぐらい?」

「それでいい。あまり入れ過ぎるとよくないんだ」

俺の言葉に頷いて、餌に食らいつく金魚を幼い子どものような瞳でじっと見つめている。

「金魚って気持ちよさそうだね」

「そんな狭いとこに一匹なんだから、退屈でうんざりしてるだろ」

アスカはポンプから出る気泡をぼんやりと眺めていた。小さな泡の群れがキラキラと光を纏いながら水の中を昇っていく。
俺はおもむろにアスカの肩を掴む。振り返ったアスカは、獲物を待ち受けるような目を向けて微笑んだ。

「気持ちいいこと、してあげる……」





ベッドの上に仰向けに横たわると、アスカは口を開けて剥き出しになった俺のものを咥え込んだ。ねっとりとした口腔に包まれて絡みつくように愛撫されれば、全ての感覚は快楽へとすり替わっていく。
股間にうずまる小さな頭を撫でると、わざと音を立てて吸い上げてくる。思わず呻き声をあげればアスカは嬉しそうに顔を上げた。

「気持ちいい?」

アスカは俺の左手に右手を重ねて、そのまま力を込めて握り込む。決して離れたくないと訴えるように。
こんなことをして一体どういうつもりなのだろうか。アスカの本意が俺にはわからなかった。

「……ん……っ」

髪を掴んで引き離せば、唾液が糸を引いて滴っていく。起き上がり、押し倒した身体を組み敷いて自由な右手でアスカの履くジーンズを下着ごと引き摺り下ろす。アスカは脚を広げて艶めかしく俺を誘う。
ベッドの脇に転がっていたローションを手に取り、後孔に塗り込んで欲望の塊を一気に突き挿れた。

「あ、あぁ……ッ!」

悲鳴のような声をあげながらも、アスカは俺を受け容れる。初めは硬く閉じていたそこは、抽送を繰り返すうちにどんどん熱を帯びて融けてきた。

「リュウジ、さ……、ん、あ……ッ」

匂い立つような色気を振りまきながら、アスカは俺の名を呼ぶ。手錠を愛おしそうに見るのは、きちんと繋がっていることを確認しているのかもしれない。
呼吸を塞ぐように口づけると、抑えきれない声を漏らしながら必死に舌を絡めてくる。
アスカの存在はなぜか俺の神経に障る。その反面、無性に愛おしさも感じる。
アスカを俺だけのものにしたい。一緒に過ごすうちに、かつて翔子に抱いていた感情と同じものが、俺の心に澱のように溜まっていく。

けれど、アスカが俺を見ていないことには薄々気づいていた。
俺を通して、誰かを見ている。もしかしたらこんな形でしかそいつに逢えないのかもしれない。
官能的に腰を揺らしながら、アスカは快楽を訴えてくる。

「あ、も……イく、あ……あぁ……ッ」

遥か彼方へ流されまいとしがみついてくるアスカの奥深くに、俺は滾る欲をぶちまける。






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