確かにあのチョコレートを食べたときには、身体が熱くなったし七瀬もいつになくかわいく見えた。けれどそれが惚れ薬の効果だというのは、俺に言わせりゃ錬金術と同じレベルでありえない。 しかし七瀬は完全に信じ切っている様子だ。今まで見たこともないぐらい神妙な面持ちで言葉を続けていく。
「カイくんが俺のこと好きになってくれたら嬉しいなって、ただそれだけだったんだよね。でもそうやって、好きって言ってもらえたんだけど、嬉しいっていうより何か悲しくなっちゃって」
一旦言葉を区切って、思い切ったように顔を上げた七瀬は、にっこりと微笑む。それが無理に作った笑顔なのは、見て取れた。
「俺、いつかカイくんに本当に好きになってもらえるように頑張るねっ。それまで、諦めないで目一杯カイくんをストーカーするから」
泣きそうな顔で笑う七瀬を前に、俺の胸はズキズキと痛む。そんな変な薬のせいなんかじゃない。俺は多分、もうずっと前からお前のことが好きなんだ。今ここでそれを言ったところで、七瀬はやっぱり薬の効果だと思うんだろう。
「わかったよ」
溜息をつきながら手を伸ばしてふわふわした髪を撫でてやると、七瀬は嬉しそうな顔でぴょこんと抱きついてきた。
「でもカイくん。俺の食べてるチョコレートを無理矢理取り上げようとしたのって、もしかして俺のことを守ってくれようとしたから? ああっどうしよう。あの時のカイくんもうホントにかっこよくて、思い出したらまた勃ってきた……!」
ボディソープのいい匂いを振り撒きながら、七瀬は股間を俺の太股に擦り付ける。そこは確かに硬くなっていて、布越しでもその熱が伝わってきた。 いや、今シャワー浴びたところだから。
「ねえカイくん。今度は変わった体位、試そ?」
うるうると瞳を揺らしながら誘ってくる七瀬に、俺は結局流されてしまう。
華奢な身体を押し倒しながら、俺は心の中で自分の弱さを糾弾する。
俺は、七瀬が俺に興味を失くすときが来るのが怖い。
翌朝。七瀬が日直当番で1限目の教材を取りに行くのを見計らった俺は、教室を飛び出して隣のクラス2ーBに顔を出す。
始業前だというのにきちんと席に座って教科書とノートを広げているその後ろ姿を確認して、俺は真っ直ぐに歩み寄っていった。
「おい、李一」
呼びかけに振り返ったその顔は、いつもどおり涼やかで気怠げだ。 いかにも優等生然とした物静かでクールなこいつは七瀬と同じ中学出身で、俺と七瀬の1年次のクラスメイトであり、七瀬が全幅の信頼を寄せている友人でもあった。 変態ストーカーとはまるで対極に見える李一が、どうして七瀬と気が合うのかが全く謎だが、その辺の事情は俺の知るところではない。
「ああ」
ちらりと俺を一瞥した李一は眉を上げて、ちょっと意外そうな顔を向けてくる。
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