七瀬の口からもう何百回聞いたかわからない一生のお願いに呆れながらも、それを邪険に振り払えるほど俺は冷たくはなれない。それは断じて七瀬のためではなくて、一生のお願いを無下に断っていちいち良心の呵責を感じるのが嫌だからだ。
仕方なく口を開けば、大きな粒が差し込まれる。舌の上でぬるりと蕩けていく濃厚な甘みは、確かにその辺りで気安く買えるチョコレートとは違った味わいだった。
「おいしい?」
七瀬が身を乗り出して顔を覗き込んでくる。口の中のものをごくりと飲み込んだそのとき、唐突に舌先でピリリとした刺激を感じた。気のせいかと思いきや、その感覚はじわじわと喉奥まで広がっていく。
「七瀬、これ」
なんか、変じゃないか?
俺がそう言う前に、七瀬は自分の口にそのチョコレートを放り込む。
「 ──── ん?」
「待て、食うな。吐き出せ」
細い腕を掴んで身体を引き寄せれば、前のめりになった七瀬はびっくりしたような顔で俺を凝視する。その口の中に指を突っ込もうとするのに、なぜだか頑なに歯を食いしばって唇を開こうとしない。
「こら、何やってんだ」
「ん、やら」
どういうわけか七瀬は必死に指の侵入を阻止しようとしている。焦った俺は七瀬を更に引き寄せて背中をがっつり抱え込んだ。
「 ─── ああ、もう……!」
片手で後ろから頭を押さえて口づける。舌先を唇の隙間に挿し込めば、さっきまであんなに拒まれていたのに拍子抜けするぐらいあっさりと口の中に入ることができた。 七瀬の舌に乗っているチョコレートはもう形を崩し始めている。ぬるりと生暖かいそれを舌で掬い取り、自分の口の中に移すように引っ込めた。 結局、どろりと溶けたチョコレートを俺はそのまま飲み込んでしまう。
舌に感じる刺激はやはり先程と同じものだ。何だこれ、腐ってんのか? あとで腹が痛くなるかもしれないが、もはやどうしようもない。まあ、死にやしないだろう。多分。 もう一度舌を挿し込んで七瀬の舌を絡め取り、唾液ごと吸えば甘ったるい味がまた口の中に流れ込んできた。
「……ん、ん」
鼻から気持ちよさそうに息を漏らしながら、七瀬は薄目を開ける。そっと唇を離せば、恍惚としたその顔はもはや完全に欲情しているに違いなかった。
「あ、カイくん……エッチしよ?」
どくん、と心臓が大きく高鳴った。なぜだか七瀬がかわいく見える。いや、いつもかわいいんだけど、じゃなくて、え?
身体が、熱い。
「わ、カイくんっ」
勢いに任せて立ち上がり、細い腕を引くと七瀬が驚きの声をあげる。テーブルを回り込んで両腕で抱き上げた華奢な身体をベッドにポンと下ろせば、小さな悲鳴が聞こえた。それにかまわず、真ん丸な目で俺を見上げる七瀬の上に跨がる。
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