Because I Love[3/9]

時計の針が時を刻む音が、妙に大きく響く。

ここへ来て1時間。さっきから七瀬は黙々と数学の問題をこなしている。

旧帝国大への進学率の高さをウリにするうちの高校で、七瀬はそこそこ上位の成績をキープしている。思考回路がおかしな方向に歪んでいるものの、頭はいいんだろう。
勉強はできる。顔もかわいい。残念なまでに変態であることを除けば、七瀬は完璧な高校生だ。
そんなことを考えていると無意識にじっと見つめていたらしく、視線を上げた七瀬と目が合ってしまう。交じり合う視線の先で、七瀬は頬を赤らめながら口を開いた。


「ねえねえ、カイくん。前から思ってたんだけど、三角関数ってなんだかエッチだよね」


いきなり何を言い出すんだ。


「だって、sinがcosの上に乗ってるの、何かいいよね。うん、妄想膨らむ……! 俺、sinでもcosでも、どっちでもいいよ?」


「ピタゴラスに謝れ」


言葉の意味がわからない。アホな話で完全に集中力が途切れてしまう。うっとりと夢見がちな顔をする七瀬に呆れながら、俺はペンを置いて軽く伸びをした。
そんな俺を見た七瀬は、パッと顔を輝かせて身を乗り出してくる。


「カイくん。そろそろ、休憩しよっか。ちょっと待ってて!」


俺の返事を待つまでもなく立ち上がり、七瀬は急ぎ足で部屋を出て階下へと行ってしまう。
何かがおかしい。こんなことを自分で言うのも何だが、いつものパターンなら俺はとうに七瀬に押し切られてセックスの1回でもしているはずだ。

やがて七瀬は、両手に白いトレイを持って部屋に入ってきた。
そっとテーブルに置かれたトレイに乗せられているのは、琥珀色の液体の入ったグラスが2つと、一口サイズのハート型チョコレートが並んだプレートだった。


「これ、南米のチョコレートなんだって。戴き物なんだけど、すごくおいしいらしいから、カイくんと食べたいなって思って。だから、うちに来てもらいたかったんだよね」


俺は別にチョコレートが好きなわけでも何でもないんだが、はにかみながらそう言う七瀬はちょっと、本当にほんのちょっとだけかわいいと思った。


「だから、一緒に食べよ?」


いただきます、と氷の入ったグラスを手にして飲めばそれは無糖のアイスティだった。一口飲んで喉を潤せば、テーブルを挟んで俺を喰い入るように見つめる七瀬の顔が視界に入る。


「ねえ、カイくん」


細い指先で摘まんだチョコレートを、七瀬が嬉しそうな顔で俺の口元に持ってくる。


「あーん、して?」


「いやいや。そういうの、いいし」


「カイくん、一生のお願い」


「お前、毎日生まれ変わってるよな」



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