扉を開ければ白い光が飛び込んでくる。 いい日和だと感じるより先に、僕は反射的に目を閉じてしまっていた。
強い陽射しの下、僕は恐る恐る外へと足を踏み出した。明るい時間帯をこうしてゴーグルを付けずに出歩くのは初めてで、あまりの眩しさに視界がチカチカと瞬く。
家を出てしばらくの間は目を開けていられなくて、足取りがおぼつかない僕の手をアヤハが引いてくれた。それでも次第に目が慣れてきて、すぐに何とか1人で歩けるようになってきた。
見上げればそこに拡がるのは、抜けるような青い空と世界を照らす目映い太陽。
心が洗われるような美しさだ。
メインストリートへ出たいと言ったのは、僕だった。今日は10日に1度のマーケットが開催される。僕がスクラップ場から拾って修理した物もそこで売られているはずで、その様子を見たかった。人の疎らなところを歩くより、人混みに紛れた方が却って目立たない気もした。
道幅の広い大きな通りに足を踏み入れれば、そこは大勢の人でごった返していた。すれ違う人々の視線が時折こちらに興味深そうに向けられるのは、アヤハの容姿があまりにも美しいからだ。
けれどこうして雑踏に紛れると、僕が意識するほどには僕たちは見られていない感じがした。
通りの両脇にずらりと張られたテントの下には、食料品や日用品等が所狭しと売られている。古びた電化製品が並ぶテーブルの一角に、見覚えのある置時計が並んでいるのを見つける。旧文明時代に使われていた、文字盤の上で3針が時を刻むタイプの時計だ。
「あれは僕が修理したんだよ。動かなかったのを、中を開けて直したんだ」
「リンは本当に器用だね」
家で僕が作業するとき、アヤハはいつも邪魔しないよう傍で黙って見ている。そのせいで却って手元が狂ってしまうこともあるんだけど。
人の流れに沿いながらゆっくりと歩いていると、不意にアヤハが滅相もないことを言い出した。
「僕が壊れたら、リンが直してくれるから安心だね」
「それは無理だよ。アヤハの構造なんて、僕には皆目わからない」
僕は肩を竦める。ちょっとした電化製品を直すのと、最高級のアンドロイドを直すのとでは訳が違う。
だから、どうか壊れないで。
胸の奥でくすぶる悲鳴を閉じ込めながら、僕はアヤハと並んで歩みを進める。
こんな雑踏の中だというのに、心なしかいつもより空気が澄んでいて気持ちいい。
素顔を曝け出して外を歩くことは、妙に気恥ずかしくて、けれど解放感に溢れていた。
目に見える世界の全てがキラキラ輝いている。それは、僕を太陽の下へと導いてくれたアヤハのお陰だ。
「リン!」
驚いたような声がして視線を移せば赤茶けたテントの下にミハルが立っているのが見えた。
「一体どうしたの」
どくんと心臓が跳ね上がったのは、ヨルミとの約束を破って昼間に外へ出ているからだ。
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ」
思わす謝った僕を、ミハルは咎めなかった。
「………そうね。大丈夫だと思う。ヨルミは心配し過ぎだったのよ」
そう言って小さく笑いながら手を伸ばし、僕の頭を撫でる。
「とっても素敵。うん、これからはそうしているのがいいと思う」
ミハルの優しい言葉は、僕の抱く罪悪感を魔法のように拭い去ってくれた。
瞳の色を見せてはいけない。この町を出てはいけない。
ヨルミと交わした2つの約束。けれどその理由を、僕は知らない。
人を傷つけてはいけない。殺してはいけない。
僕にとってはヨルミとの約束は、そんな不文律と同じようなもので、理由なんて考える必要はなかったんだ。
ミハルはここで店を出す友人が昼の休憩を取る間、店番を任されているらしい。ウォールナットでできたテーブルには、アンティークの食器や雑貨が並んでいる。数が少ないのは、売れ行きがいいからかもしれない。
「そうだ。在庫を取りに行きたいんだけど、荷物が少し嵩張るのよ。手伝ってくれない? 」
ミハルの申し出に、僕は隣にいる彼の腕を引く。
「僕は店番をしてるよ。アヤハ、行ってあげて」
「そうだね、僕ならミハルの分も持てるから」
そう頷いて、アヤハは僕から離れていく。空いた距離がほんの少し淋しい。
「売上金は私が持ってるから、心配しないで。もしもお客さんが来たら、私がすぐに戻るからと言って待たせておいてね」
2人の姿が人混みに紛れて見えなくなると、僕はそこに置かれた椅子に腰掛ける。行き交う人々を眺めながら、暑さに火照る頬を片手で押さえてみた。
外の明るさに、もう随分目が慣れている。まるで今まで見ていた世界もこうであったかのように思えてくるから不思議だ。
「すみません」
突然声を掛けられて顔を上げれば、体格のいい男が僕を見下ろしていた。
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