年の頃はミハルと同じぐらいだろうか。
ねっとりと絡みつく眼差しに居た堪れず、僕は目を逸らす。こんなにじろじろと見られるのは、この瞳のことを気づかれたからかもしれない。
陳列された商品のことは全くわからないけれど、ひとまずここは僕が応対しなければならなかった。纏わりつく視線を振り払うように立ち上がって、恐る恐る口を開く。
「ごめんなさい。僕は店番だから、商品のことがわかる者ならすぐに」
「あんたと同じ瞳の色をした兄ちゃんだけど」
言葉を遮られて、どきりと胸が嫌な音を立てる。それは、アヤハのことに違いなかった。
「もしかして、あんたの連れか。向こうですれ違ったときに、突然倒れちまったんだが」
「え………」
身体中の血の気が引いていく。
『僕が壊れたら、リンが直してくれるから安心だね』
さっき交わした会話がぐるぐると頭の中を回っていく。あんなのは冗談のつもりだったのに。
急に強い光を浴びたことがきっかけで、何か不具合が出たのかもしれない。
ミハルもきっとどうすればいいかわからず狼狽えているだろう。
僕が行かなければ。
「どこですか」
「あっちだ。案内するよ」
店番を引き受けておきながらここを離れるのがよくないことぐらいはわかっていて、それでも僕は自分ではどうすることもできない焦燥感に駆り立てられていた。とてもここでおとなしく待ってはいられない。
「お願いします」
僕は頭を下げて、早足で群衆の中に引き返すその人の後についていく。
メインストリートから外れて路地裏に入り、狭い道を縫うようにすり抜ける。ずっとこの町に住んでいるけれど、こんな細街路は通ったことがなかった。まるで迷路のようだ。
そこを抜ければ、突如目の前に拡がるのはひと気のない荒地だった。男は更に足を進めていく。
途中から何となく抱いていた違和感がはっきりと形を現わし始める。僕はとうとう歩みを止めて、後ろから声を掛けた。
「あの」
男はゆっくりと振り返る。にやりと笑うその表情のいやらしさに、僕は反射的に後ずさった。
「ほら、こっちだ。来いよ」
男の向こうにとまっているのは、1台の汚れた古いジープ。旧文明時代の車だ。
両側に開いた扉から2人の男が出てきて、僕はようやく騙されていたことを確信する。
「 ──── どうして」
やっとのことで吐き出した言葉はそんなつまらない問い掛けだった。悪寒のように身体が震えるのを感じながら、僕は拳を握り締めて少しずつ後ろへ下がっていく。
「理由なんて、あんたが一番よくわかってるだろう」
僕を連れてきた男が、眩しいものを見るかのように目を細めて口を開いた。
「その瞳だよ。大都のきれいな坊ちゃんは、希少価値だからな。高く売れる」
──── 大都………?
その疑問を口にする前に距離を詰められてしまう。咄嗟に踵を返して駆け出そうとしたけれど、後ろから羽交い締めにされて、それは叶わない。
「離せ!」
「おとなしくしろよ。痛い目に遭いたいのか」
身体に回る腕に力が篭り、足が地面から離れて宙に浮く感覚がした。ジープから出てきた男たちがこちらに駆け寄ってくる。
3人がかりで身体を抱えられて、ますます身動きできなくなる。もがけばもがくほど手足を強く締めつけられて、その痛みに上擦った声が漏れた。
雁字搦めに囚われたまた車まで連れて行かれて、後部ドアが大きく開け放たれる。
どうしてこんなことになったのだろう。
僕にわかるのは、ここで連れ去られてしまえばもう二度とアヤハに会えなくなるということだ。
「………アヤ、ハ」
届かないことはわかっていながら、僕は必死にその名を呼ぶ。
「アヤハ……! アヤハ!」
「うるせえな」
大きな手で鼻と口を塞がれて、僕の叫びは容易く封じ込められた。くぐもった声はもうどこにも届かない。息苦しさに涙が滲む。
後部座席に押し込められるのを必死で抵抗しながら、僕は混乱した意識の片隅で考えていた。
僕がいなくなれば、アヤハはマスターを失うことになる。けれど、もう一度初期化されればきっと何も問題はない。
そう気づいた瞬間、身体の痛みよりもずっと胸が痛くて苦しくなる。
アヤハの中に蓄積された僕のデータは、跡形もなく消えてしまう。
その時、突如感じた強い衝撃に意識が揺さぶられる。身体が急に解放された感覚に勢いよく地面に倒れこんだ。
鈍い打撲音が立て続けに鳴り響く。僕は驚愕しながら振り返り、顔を上げた。輝く太陽の光が眩しい。
「リン、ごめん」
もうすっかり聴き慣れた、滑らかな声。視界に映るのは、身体をくの字に折り曲げて血反吐にまみれながら転がる男達と、そこに立ち竦む美しい姿。
「アヤハ……」
幻ではなかった。会いたくて堪らなかった彼がいる。
けれど、その凄惨な光景に僕は目を奪われる。
アヤハは転がる男の腹部を勢いよくひと蹴りしてからふわりと宙を舞い、馬乗りになった。その冷たい眼差しに背筋が震える。
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