一緒に住む男がいたこともあったみたいだけど、今どうなのかは知らない。堅苦しい関係が苦手なんだと言う。
僕がスクラップ場から拾ってきて修理したものを売り捌いてくれるのはミハルで、ミハルがいるからこそ僕はこの町で生きていけると言っても過言ではなかった。
「再起動で初期化されたんだ。だから、データは全部飛んでしまってるらしい」
「それで、あんたにべったりなのね」
刷り込みと同じ原理だ。起動させて最初に見た相手を自分のマスターだと認識するように設定されているんだろう。
「でも、おかしいと思わない? 壊れてるわけじゃないのに、こんな高性能なアンドロイドを手放すかな」
「不能なのかもね」
何てことを言うんだ。ミハルの漏らした言葉にびっくりして、心臓が大きく跳ね上がる。
「だって、セックスのできるアンドロイドなんでしょう。それが目的で所有していたとすれば、その機能が壊れてることはじゅうぶん手放す理由になるじゃない」
「異常はないよ」
僕より先に反応したのは、アヤハだった。
「何なら、試してみようか」
低い囁きの直後に耳を食まれた途端、くすぐったさよりももっと強い何かが身体の奥を刺激する。
「駄目だって言ってるじゃないか」
「どうして?」
「どうしても」
慌てて身体を押しのければ、アヤハは僕から渋々顔を離す。見つめられて頬が火照っていくのがわかる。ああ、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
人間にしか見えない、精巧な美しいアンドロイド。
身体は男型だけれど、相手に合わせてセックスができる。昨夜再起動した直後に、アヤハは自らそう説明してにっこりと微笑んだ。
『だから、どうぞマスターのお望みどおりに』
そう言って着ている服を脱ごうとする彼を、僕はそれはもう必死になって止めた。
『待って。そんなつもりで君を起こしたわけじゃないんだ』
腕を掴んで下から顔を覗き込めば濡れた碧眼が不思議そうにぱちくりと瞬きをした。
『セックスはしない。それと、マスターって呼ぶのはやめてほしい』
僕の言葉に、アヤハは悲しそうな顔で頷いた。
セックスこそ説得して何とか諦めてくれたけれど、目覚めてからのアヤハは僕の傍にぴたりと寄り添い続けたし、寝るときにはしっかりとその胸の中に抱きしめられて、そのせいで僕は一睡もできなかった。
妙に強情な意思プログラミングだと思う。 もしかすると、その辺りにアヤハの捨てられた事情があるのかもしれない。
「ちょうどいいかもね。リン」
ミハルはそんなことを言って口角を上げる。
「随分他人事だね」
「だって、これは運命かもしれないよ」
「 ─── 運命?」
訊き返せば漆黒の瞳が光を湛えて煌めく。
「もしかすると、アヤハの出処はあんたの出生と関係があるんじゃないの」
ミハルにそう言われて、僕は何も言えずに視線を泳がせる。
僕と同じ色の双眸を持つアンドロイド。通常左胸に刻まれているはずのシリアルナンバーが消されているのは、製造元や販売先を辿れないようにすることが目的だろう。
「別に、関係ないよ。どのみち僕はこの町から出るつもりはないし」
それが、亡くなったヨルミとの約束だというのも勿論あるけれど、ここを離れたところで僕に行くあてなどないことはよくわかっていた。
「でも、いいパートナーができたんじゃない? 私としては嬉しいけどね」
「僕はそんなつもりじゃないって」
僕の言葉にほんの少し考える素振りを見せながら、ミハルは僕とアヤハの顔を交互に眺めて愉しげに微笑んだ。
- 5 -
bookmark
|