もう引き抜く寸前だった舌をするりと絡め取られて、僕は反射的に身体を起こそうとする。けれど、ひんやりとした何かに抱きすくめられて身動きできない。
触れる全ての部分が急速に熱を持ち出す感触に、思考がついていけない。身を捩ればきつく身体を締めつけられる。わずかに空いた唇の隙間から息を吸って、吐いて。何度も繰り返しているうちに、またしっかりと唇を塞がれてしまう。
「ん、ぅ、ン……っ」
勝手に零れ落ちる声が甘ったるく鼻に抜けていく。ゾクゾクと背筋が震えるのは、息苦しさのせいだけじゃない。
「 ──── っ、は……ぁ」
ゆっくりと、唇が離れていく。息を吐きながら顔を上げて、溢れ出た唾液が糸を引いて落ちていくのを僕は呆然と眺めていた。
視線を上に移して、僕をまっすぐに見つめるその瞳の色に釘付けになる。
「はじめまして、マスター」
形の良い唇が、第一声を発した。
ああ、本当に起動したんだ。
何を言えばいいのかわからなくて、僕はオウム返しに答えてしまう。
「………はじめまして」
熱の燻った眼差しがじりじりと僕に絡みつく。涙に覆われたかのようなその目の質感は驚くべきものだったけれど、それよりも。
海の底のような深みのある、碧色の瞳。 まるで、合わせ鏡のようだ。
この瞳は、僕が東区の住人ではないという何よりの証。 なのに、彼と僕は全く同じ色の瞳をしている。
不意に僕はずっと遵守してきたヨルミとの約束を思い出す。
『リン。2つのことを守りなさい。お前はその瞳の色を見せてはいけない。そして、この町を出てはいけない。それが、お前の身を守ることになるから』
僕と同じ碧眼のアンドロイドが今、目の前にいる。
信じられない気持ちでまじまじと見つめていると、彼は僕の肩を抱きながらそっと起き上がった。その拍子に軽く唇を啄ばまれて、僕は目を見開く。
「嬉しいな。こんなにかわいい人と一緒にいられるなんて」
ゆらりと甘く煌めく碧眼に、僕の意識はぐるぐると縺れながら根こそぎ吸い込まれてしまう。
ああ、なんてことだろう。
「マスター、セックスしようか」
それが、捨てられたアンドロイド "アヤハ" と僕との出逢いだった。
*****
「へえ」
感心したようなアルトの音域は、明らかに愉悦を含んでいる。
「そういうことなのね」
僕の向かいに座り、頬杖を突きながら彼女は目を細める。薄い唇はきれいに弧を描いていて、ああなんて嬉しそうに笑うんだろうと思う。
磨りガラスの窓から射し込む光の強さが目に沁みて、暗がりに視線を流す。昼間に外へ出ることのない僕にとっては、この明るささえ眩しい。
さっきからずっと密着している身体の部分が熱を持っている。居た堪れなさに少しだけ身を捩ってみるけれど、離してもらえないんだから何の意味もない。
腰に回された手にしっかりと引き寄せられて、胸を押さえられたわけでもないのに感じる息苦しさに僕は何度も浅い呼吸を繰り返す。
「リン。誰」
耳元で響く音声に、ぞくりと身体が震えた。
「僕を育ててくれた人の娘。ミハルだ」
「ああ」
納得したように頷く。悪い人じゃないということをきちんと認識したのかもしれない。
「はじめまして。アヤハです」
高性能のアンドロイドは、滑らかにサンプリングされた声でそう挨拶した。
「名前しか憶えてないのね」
そう言って、ミハルは興味深そうにアヤハを見つめる。
彼女は僕を育ててくれたヨルミの1人娘で、僕が素顔を見せられるただ1人の人間だ。僕がヨルミに引き取られた時にはミハルはもう家を出ていたけれど、同じ町には住んでいたから顔を合わせる機会は多かった。僕にとっては姉のような存在だ。
僕とは16歳離れているから、確か32歳になるはずだ。飾らない美しさは、僕が幼い頃からずっと変わらない。
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