Out of Zero[3/11]

僕は両親の顔を知らない。


今から16年前のことだ。
父と母は偶然通りかかったこの(E)9区で起こった小さな暴動に巻き込まれたらしい。

2人が亡くなる直前、赤ん坊の僕は後に育ての親となるヨルミの腕の中に託されて、彼が僕を抱きながら必死に逃げてくれたお陰で生命を落とさずに済んだ。

ヨルミは口数の少ない壮年の男で、温厚で器用で博識だった。だから、ポツリポツリと僕にいろんなことを教えてくれた。

僕の生まれる30年ほど前に旧文明時代が終わりを告げたときのこと。その時に大都と呼ばれる3つの都市が生まれ、そこでは高度な科学技術が発達していること。そして、旧文明時代には栄えていたこの東9区が、今では貧しいスラム街と化していること。

読み書きや計算から世の中の理まで、ここで生きる術を僕はヨルミから授かった。ガラクタを修理して売りさばくことを教えてくれたのも、ヨルミだった。

他の住人と少し異なる外見を持つ僕は、できるだけ人目を避けて夜に外を出歩くように命じられた。どうしても昼間に出なければいけないときは必ずターバンで顔を覆い、色の付いたスコープを付ける。町の人はもう見慣れているから気にも留めない。だから僕は、いつしか夜にもこの格好で外出するようになった。

ここでは皆が生きることに必死で、誰も僕に構うことはない。

僕は自分の出生のことを何も知らないし、それはヨルミも同じはずだった。けれど、知る必要はないと思う。知ったところで僕を取り巻く世界は何も変わらないに決まっていた。

そのヨルミも病に倒れ、2年前に亡くなった。

それ以来、僕は町の外れで廃墟と化した小さなビルに1人ひっそりと暮らしている。








最高級のアンドロイドを持ち帰った僕は彼をベッドに横たえて、すぐに外れた脚を嵌めてみた。

背中を探り身体の中を開けてみたけれど、体内を巡る回路の配列の美しさには息を呑むばかりだった。

こうして見る限り、壊れている部分はなさそうだ。


硬く絞ったタオルで全身の汚れを拭い、きれいになった頬にそっと触れてみる。人間の皮膚と寸分違わぬ触り心地なのは、耐久性の強い最新のシリコン素材を使っているからだろう。

ベッドの横に跪き、その柔らかな肌をひとなでして、僕は小さく溜息をつく。

奇跡のように美しい造型だ。

けれど僕は、彼の身体を隈なく確認して、その真の用途に気づいていた。

今は衣服に隠されている、身体の中心に付いた立派な男性器。
その形をふと思い浮かべた途端、頬が熱くなってくる。

彼は、人間の性欲を満たすことを主たる目的として作られたセクサロイドに違いなかった。

男性型だから、女性が所有することを前提としているんだろう。

いざ起動させようと思い立ち、散々身体中を探し尽くした僕は、そのパワースイッチがとんでもない場所にあることに気づく。

舌下の付け根。ここにある小さな突起が、どうやらそのスイッチらしい。

僕は恐る恐る両手で彼の口をこじ開けて、ざらりとしたその部分を人差し指で押してみる。けれど、全く反応がない。

やっぱり壊れてるんだろうか。

そう諦めかけて ─── ふと、とんでもない可能性に気づく。

そうだ。もし、彼が本当にセクサロイドなんだとしたら。

僕は口の中から指を引き抜いて、そっと覆い被さるように顔を近づけていく。

唇が触れ合う柔らかな感触。

そういえばこれが生まれて初めてのキスだなとぼんやり思う。機械相手のキスもカウントするならの話だけれど。

そっと舌を挿し伸ばして、咥内を弄っていく。中は僕のそれと同じように潤っている。にゅるりとした弾力に心臓がどくんと変な音を立てた。本当によくできている。

舌先が、目的の小さな突起に触れた。

二度、三度とそこをくすぐるように押してみる。やはり反応はない。


そんなわけないか。


緊張感が解けていく。薄目を開けて舌を抜きながら小さく吐息を漏らしたそのとき、胸元で微かに音がした。





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