『ここの光は、もう羊の民には足りない。新しい場所を探さなければ』
それは、俺の怖れていた流伽との別れを示唆する言葉だった。けれど、次に続くのは思いもよらないもので、俺は我が耳を疑う。
『……珠利。この門を離れて、私たちと一緒に来てくれませんか』
遠慮がちな声には、真摯な想いが込められていた。
真っ直ぐに俺を射抜く澄んだ瞳は、これが冗談などではないことを物語っている。
『本来、羊の民には羊飼いだけでなくガーディアンが必要なのです。けれど、私共の群れにはそれがいません。外から身を守る術を、羊の民は知らない。この世界のあちこちには思いがけない恐怖が潜んでいます。この先私1人の力では及ばないことがあるかもしれない。あなたがガーディアンになって下されば、私たちは今よりも安心して旅を続けることができる』
この門から離れて、流伽と共に世界を旅する。それは途方もなく魅力的な未来だった。 けれど、長い時間仕えてきた主の元を離れることなど俺には考えられなかった。
流伽に抱くこの想いは特別なものではあるけれど、それでも主に対する愛は変わらない。 そんな胸の内を見透かしたかのように、流伽は静かに俺を説く。
『珠利。ここにおらずともあなたの神を信仰することはできます。これからはこの門ではなく、羊の民を守って頂きたいのです』
光の中で活動する羊の民は、夜には眠りにつく。
いつもは群れと共に夜明けを待つ流伽は、今宵は俺の傍にいた。
闇の中でも、流伽はほんのりと光を放っている。光と共に生きる羊たちを導いてきたからだろうか。キラキラと輝くその美しさに、俺は目を細める。
『群れの傍にいなくていいのか』
『この辺りには羊の民を襲うものはいません。少しぐらい私が離れていても平気です』
恥じらうように目を伏せてそう言うのがかわいらしい。俺は自分の中で出した答えを伝えるために、口を開く。
『流伽。主に、お前の話を申し出ようと思う』
『……本当ですか?』
心の洗われるような笑顔だった。ゆっくりと頷く俺に、光を纏った流伽は祈りの言葉を続ける。
『ああ、どうかお許しが下りますように』
俺のような身分の者が主に仕えるのをやめたところで、何の障りがあるだろうか。
流伽の身体から放たれた小さな光の粒が、ふわりと俺の頬を掠める。俺はこれからこの人と共に生きるのだ。込み上げる愛おしさのままに目の前の少年を抱きしめれば、細い身体が腕の中で小刻みに震える。
『珠利……』
『お前を、愛しているんだ』
想いの丈を告白すれば、流伽が顔を上げて俺を見つめる。戸惑いを瞳に滲ませながら、そっと口を開いた。
『私も、あなたを愛しています』
花弁のような唇に口づけて柔らかな感触を味わい、舌を絡め合う。そのまま掌で肌を弄れば、咥内に熱い吐息が流れ込んできた。
誰もいない世界の果てで、俺は流伽と愛し合う。
主よ、懺悔します。 私は貴方の許しを請わぬままに、あの美しい羊飼いと契りを交わしてしまったのです。
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