『お兄ちゃん、誰』
つぶらな瞳で俺を見つめながら無防備に身を預けるその子は、まだ年端のいかない羊の民の子に違いなかった。
『ここは誰も通ってはいけない門で、俺は門を守る役目を務めている。お前の群れはどこだ。はぐれたのか』
おどおどとしながら、子どもはこくりと頷く。
羊の民は光を食べて浄化する。大方、この子は夢中になって光を追ううちにこんな果てまで来てしまったのだろう。
どうしようかと思いあぐねていると、また風の流れが変わった。
『ああ、流伽が来た』
元来た方を振り返った子どもが歓喜の声をあげる。同じ方に目を向ければ、遠くからこちらへと近づいてくる人影が視界に入った。
『よかった、こんなところに』
ここへ来る者は稀にしかいないというのに、今日は珍しい日だった。流伽と呼ばれた少年は美しく整った顔立ちに穏やかな微笑みを湛えている。
羊の子は途端に俺の手から離れて、真っしぐらに少年の元へと飛びついた。
『ごめんなさい』
『須紗、あまり遠くへ行ってはいけないと言ったはずだよ。来たばかりで勝手がわからないのだから』
そう優しく諭す少年は、恐らく羊の民を先導する羊飼いなのだろう。俺の方を見上げ、謝罪の言葉を口にする。
『申し訳ありません、この子が失礼を』
『いや、構わない』
その時少年は初めて俺の背後の景色に目を留めて、僅かに眉を顰めた。
『ここは……?』
何者をも呑み込むかのようにぽっかりと口を空けたその空間を、少年はまじまじと見つめる。
羊の民を率いて世界中を旅していてさえ、これは物珍しい光景なのだろうか。
『ここは、神へと続く門。何人たりともこの先は通ってはいけない』
『では、あなたはこちらの神に仕える守門なのですね』
頷く俺に、少年は安堵した微笑を見せた。
『神の近くだからでしょう。ここには強い光が集まっている。羊の民にはいい環境です。この子が迷い込んだのも無理はない』
先ほどの子が恐る恐る辺りを飛び回り始める。確かに気持ちよさそうな顔をして、光と戯れているように見えた。
『決して門には近寄らせません。しばらくの間、この辺りに羊の民を連れて来てもかまいませんか』
滅多に人が来ることのないこの辺境に、羊の民が放たれる。長らくこの門を守ってきたけれど、前例のないことだった。
『……門の周りでなければ』
この門さえ通さなければよい。それが俺の役割なのだから。
自らを納得させながら答えた俺に、少年は手を差し伸べる。
『ありがとうございます。あなたの神を、私も敬います』
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