「随分夢がない答えだね」
年1回なんて、とても会えないわけだ。かわいそうだな。
そんなことを思っていると、佳月が不意に起き上がって、ベッドの脇に置いたケースの中からディスクを取り出した。
おもむろにプロジェクターを準備するその背中を見つめながら、僕はぼんやりと考える。
七夕の願い事は、まだ間に合うかな。僕の願いなんて、たったひとつしかないんだけど。
─── 佳月と、離れたくない。
「朝陽、プレゼントだよ」
暗闇の中、壁に映し出されるのは月から見える光景だった。
月には、夜しか存在しない。地球のように大気がなくて、太陽光が拡散されないからだ。
人が住むドームの世界から撮影されているのだろう。建物のイルミネーションが、キラキラと瞬く宝石のようだ。
しばらく待っていると、やがて夜の地平線から、青い地球が昇りだした。
アースライズと呼ばれるその現象は、僕の1番好きな風景だった。
「ああ、素敵だね」
まるで、月にいるみたいだ。
見慣れているはずのその風景を、佳月は黙って僕の隣で一緒に眺めてくれる。
僕が月を見てそう思うように、佳月も月でこの景色を見て、僕のことを考えてくれているのだろうか。
「織姫と彦星の距離に比べれば、地球と月の距離はずっと短い」
「1億分の4光年、だったっけ?」
それでも38万4400kmは遠い。抱きしめてほしいときに傍にいない心細さは、時に僕をひどく不安にさせる。
けれどそんなことを言って佳月を困らせるほど、僕は子どもではないつもりだった。
「もうひとつ、プレゼントがあるんだ。プレゼントというか、お知らせかな」
もはや完全に丸い姿を現した青い惑星を見つめながら、僕はその先を促す。
「うん、何?」
「まだ確定じゃないんだけど」
勿体ぶった話し方だった。いつもと違う様子に振り返れば、そこには妙に真剣な顔をした佳月の瞳があった。
「来年の3月で、この出向は終わる」
「 ─── 本当?」
びっくりして大きな声をあげてしまった僕に、佳月は頷く。
「人事が大きく動く。俺は来春から連邦政府付けで、元首直属の機関に就くことになりそうだ」
元首と聞いて、写真でしか見たことのないその若き姿を思い浮かべる。
この連邦政府の元首は、尋常じゃない英才教育を受けて育ち、あらゆる学問に長けている、まだ年端のいかない美貌の少年だ。
ロボット工学においても優秀な功績を修める彼は、17歳にも関わらず高度な乾燥ストレス耐性植物を開発している。現在月で栽培されている植物も、もともとは彼の手によるものだった。
滅多に人前に出ることのない彼の名は。
「リョウマ」
僕の零した名に、佳月は頷く。
「俺も会ったことはないんだけどね」
朧げながら、佳月がすごい仕事に就くのだということだけは理解できた。けれども僕にとっては、何よりも佳月が帰ってくることの方が重要だった。
まだ実感は湧かない。あと8ヶ月もある。それでも。
「こっちに帰ってくるんだ」
抱きついてぬくもりを確かめれば、しっかりと抱き返されて僕たちはひとつになる。
「だから、もう少しいい子に待てる?」
「当たり前だよ。すごく嬉しい」
さすが七夕だ。願い事が叶ったね、という言葉は唇に塞がれてしまう。
互いに燻らせる熱を交わらせたくて、僕たちは月から見える映像を背景に流しながらもう一度肌を重ね合った。
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