すっきりとして、甘い | ナノ


▽ 第2話



成績も上の中ほどで小学校を卒業した私は、全寮制である聖マリー学園へと進学した。
元々スイーツは好きであったのも理由の一つなのだが、一番の理由は10歳の頃に経験したあの出来事を忘れることができなかったのだ。
父と母が大ゲンカをしたのは後にも先にもあの一回きりだったけれど、それは恐怖という形として私の記憶にこびりつき、そのまま離れなくなってしまったのだ。
その日に会った、体格の良い大人達に「お坊ちゃん」と呼ばれていたあの男の子のことも。




両親には悪いが、それでも早くあの記憶を頭の中から追い出したかった私は、小学六年生の頃必死に全寮制の学校を探して、この学校――――聖マリー学園に進学することを決めたのだ。
両親は私の要望に疑問を浮かべていたが、「どうしても」と必死にお願いする私にとうとう折れ、渋々だったが許可を出してくれた。
「成績を上位をキープすること」がその学校に通わせてもらえる条件だったが、私は難なくそれを了承し、無事聖マリー学園に入学することができた。
元々おねだりのようなものをする子供ではなかったのが功を成したのだろう。その時だけは、自分の無欲さに感謝したものだった。



だが、両親の元を離れやっと一息ついたはずだった私には、またしても驚くべき出来事が起こることになり、再び頭を抱えることになってしまったのだ。



「出席番号十番の海堂留衣です、よろしく」



自分の同じクラスに居たのは、あの出来事が起きた際に出会った男の子だった。



彼は私を覚えていないようで、私と一度会話を交わしても全くの初対面という風に通り過ぎて行ったが、私はそういうわけにもいかなかった。
何せ自分の少ない人生の中でも色濃く残っていた思い出に出てきた人物――――しかももう会わないだろうと確信してた人なのだ、気にしても仕方ないはずである。
そうやって気にしながら日常を過ごしていると、彼は10歳に会った頃とは全く印象が違っていることに気付く。
前に会った時よりも大人っぽくなった表情、あの時とは違い優しそうな笑みを浮かべていて。性格も気さくで優しく、頭も良いしスイーツの腕も立つ。
そして皆の知らない彼の表情を自分だけが知っている、そう思うだけで私の心は自分でも驚くほど、ときめきはじめて。
一目惚れだと、思う。気付けば、私は彼に強く好意を寄せていた。



しかしその気持ちに気付いたと同時に、私は儚く失恋を経験した。



どうやら彼には好きな子がいるらしかった。
普通のクラスメイトとして何度も接する機会があったのだが、あるとき彼は言葉を零したのだ。
「俺には好きな人がいるんだ」と。
その話を自分にされた時点でその相手が自分ではないのは分かりきっている。
だから、それを聞いてしまった頃は軽い放心状態となってしまっていたときが多かったらしいのだが(後々仲の良い数人に心配されたのだ)……。



――――ならば、その想い人とは誰なのか。



失恋したと悟った私の頭に次に知りたいと思ったのは、そのことについてだった。
そこで私は、居ても経ってもいられなくなり彼の想い人を探し始めるようになる。最初は全く誰のことが好きなのか分からなかったのだが、同じ学校に居るという情報だけは想い人の話をされたときに一緒に彼が言っていたので、それだけを手掛かりに探していった。
時間をかけてゆっくりと調べていくにつれ、段々その想い人について思い当たりが出るようになる。
そしてそれは、時間が経っていくにつれてより確実さを増していった。
その人はすなわち――――



天王寺、麻里。
世界でも有名な聖マリーの尊敬すべき講師、アンリ=リュカスでさえもが認める天才少女だった。



彼女は私や彼の居るクラスの隣のクラスに君臨していた。
「君臨する」というのは可笑しな言い方だと思うけれど、彼女に関してはそう表現するのが一番正しいと、なんとなく漠然とそう思っていた。



***



彼女のスイーツに関するセンスはまさに天才的と呼ぶのにふさわしかった。
そして、中学二年に上がり彼女と同じクラスになった私は、その実力を目の当たりにしていた。



「天王寺さん、今日も絶好調ね。味もすごく良いし、形も良い。完璧だわ。Aグループ、プラス10点」
「ありがとうございます」



唐突だが、私は自他ともに認める努力家である。
自分で言うのもあれだが、並みの人の何倍も色々なことを努力していたし、それは全寮制で元々自分がスイーツ好きというそんな理由だけで入ったこの学校でも同じことで、よく朝練や夜練もしていたし、勉強も怠ることなく続け、おかげさまで私は成績もトップ15には毎回入り、さらにAグループにも居続けることができていた。



だが。



隣で黙々と作業を行っている彼女と私では、明らかに大きな差があった。
基本でも、応用でも、得意な分野もそうでない分野も、全てが彼女の技術と差があった。
仕方がないとは思う。
彼女は、才能が有り、努力をしていて、どの先生からも高い評価をもらっていたから。
あの厳しい採点をつけるアンリ先生ですら認めているのだから。
結果も出していて、中学の全国グランプリでは優勝を果たしているのもクラスの中では有名な話だ。



それでも努力をしているという点では私も同じであろうし、むしろ私の方が多く練習に時間を費やし、スイーツの研究に余念がないはずだ。負けるわけにはいかないのだと、彼女が寝ている間もずっと頑張ってきたから。
しかし実力の差はますますつけられていってしまう。
自身がどれだけ頑張っても、「才能」の壁が私と彼女を完全に隔てていた。
それは、じりじりと実力の差を見せつけられている気分でなんだか嫌だった。



だが、そうは言ってもヒトの心情など案外もろいものだ。所詮私のそれも人間の気持ちの一つで、この後に起こった出来事で、そのことを大いに思い知らされることとなった。


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