すっきりとして、甘い | ナノ


▽ 第3話



中学二年生のある日、いつも通りに朝4時に起きて調理室にて練習をしていれば、急にドアの開く音が聞こえた。
どうしたのかとそちらを眺めるとそこに居たのは天才少女、天王寺麻里。
彼女も練習に来たのかと吃驚したが、それを悟られまいと表情を固める。すると彼女も私が既に練習しているのに驚き、目を見開く。



どちらもいつも練習を怠らずに行っているのだから、会うのは当然なのだとは思うが、実を言うとこの日が自主練の中で彼女と会うのは初めてであった。
2年間もこの学校で過ごしてきたのに、どちらも毎日の練習をかかさず取り組んできたというのに、初めて会うなど可笑しいとは思っていたが、その事実が変わることはない。
私は雑念を振り払うと、取り組んでいた自主練に意識を戻した。
私が彼女から視線を逸らしたのを合図に、はっとなった彼女もそそくさと練習を開始する。



こうして二人の朝練習は始まっていった。



唐突だが、私にはスイーツ精霊がついている。
ラスク、という名前でとても可愛らしい姿をした精霊だ。
自前の綺麗な金髪を、赤いリボンで一つに束ねて三つ編みにしている。
眼鏡もかけていて、端から見ると「元祖メガネ女子」と言った感じなのだろう。本人の大人しく、大和撫子な性格も相まって、そのイメージは強い。



この日も、どうせこんな朝の時間に練習する人などいないし、誰も来ないと思っていたのでついスイーツ精霊のラスクを練習に着いてこさせていたのだが、天王寺さんと同じ空間で練習を初めてしばらく経った頃、彼女がうっかり私のミスを指摘してしまったのである。



「あ、美鈴。そこはそんなことしちゃダメよ。もっと丁寧に材料を入れていくの、そうゆっくり、ゆっくり―――」
「ありがとう、ラスク。………あ」



そもそも私が間違いをしてしまったのが悪いのだが、それでも声を出したのはラスクだ。
ハッとしてラスクに目を向けると彼女も気付いたようで「あ………」と蒼白な顔で手で口を押さえている。



嗚呼、きっと今の話し声は聞かれてしまった。
迂闊だった。彼女にどう説明しよう、私が変な人だと思われるかもしれない――――そんな不安を抱え、恐る恐る彼女の居る方向へと視線を向けてみる。
すると、どうだろうか。



「……琴吹さん、貴方も精霊持ちだったの?」



目を見開いた彼女が、そう言葉を零す。『精霊持ち』という言葉から知っていることから察すると、まさか彼女にも……?
彼女の隣を見つめる。
目を凝らしてよく見てみれば、そこには彼女と似たような容姿で上品な印象を持つ、穏やかに微笑んだ少女――――スイーツ精霊が佇んでいた。
驚きでピシリとかたまる私を余所に、彼女たちはどんどん自己紹介を始めていく。



「わたし、美鈴のパートナーを務めさせていただいています、ラスクと申します。以後、お見知りおきを」
「わたくしはハニーといいます。麻里のパートナーですわ。ラスク……聞いたことがありますわね。確か、わたくしの1学年上の次席だったとか」
「はい、首席はわたしの幼馴染なんです。天才的なセンスをお持ちで、わたしでは結局彼に勝つことはできませんでした……。ハニーは確か、首席で卒業してましたよね?人間界からスイーツ王国に戻ってきたときに、噂は何度も聞きました。貴女とあえて本当に嬉しいです。共に頑張っていきましょうね」
「はい、ラスクさん。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
「さん付けなんていいですよ!ぜひ呼び捨てでお願いします!」
「あら、では遠慮なく。ラスク、力を合わせていきましょう」
「はい!」



ニコニコしながら握手を求めるラスクに感化されたのか苦笑しながらハニーも手を差し出す。だがその割には彼女もなんだかんだで嬉しそうである。
そんなこんなでスイーツ精霊の自己紹介も終わり、私と天王寺さんが向かいあう。
私としては海堂くん……彼のこともあり、避けてきたことも多数あったので気まずくなってさっと目を逸らした。
だが、それに気付いていないのか、ただ単にその私の動作を無視しただけなのか、彼女は意に介さず続けた。



「改めて、自己紹介しておきましょうか。私、天王寺麻里。ハニーのパートナーなの。貴女、いつもここで練習しているわよね?私、感心していたの。同じAグループ同士、これからもっと仲良くしてくれると嬉しいわ。よろしくね」
「あ……」



握手だろう、手を出された。半ば無意識にだったが私も手を差し出せば、嬉しそうに彼女は手をぎゅっと握る。
思っていたよりも温かい人だと思った。
嬉しそうに笑う彼女を見て、人間らしいなと感じた。
中2になってからずっと一緒にAグループでやってきたはずなのに、私は彼女のことを避けてしまっていたから、ただ彼女の本当の性格を知らなかっただけかもしれない。



「………よろしく」



おずおずとそう呟けば、彼女はまた笑う。それを見て、私の心も温かくなっていく。
中1からの友達は数人居たけれど、その人たちと一緒にいたときには全然こんな気持ちにならなくて、そして嫌っていた彼女となら温かい気持ちになれると知り、驚きで目を見開く。
私が彼女を避けている理由を知っていたラスクは、「良かったね」とでも言うように朗らかに微笑んでいて、私は、私は――――!



こうして後々になって考えてみれば、あの頃の私は信じたくなかったのかもしれない。
自分の好きな人が想いを寄せている相手と一緒に居るのが一番心地の良い時間であることを。
もう完全に自分の心が彼女を「友達」だと認めてしまっていることを。
綺麗に微笑む彼女の純粋な心に、努力に励む姿勢に、真面目さに、優しさに、心が惹かれていた。
海堂が彼女のことを好きだと言っていた理由も、初めて分かった気がしたのだ。



それがきっかけだった。



その日を境にして、私は彼女とよく一緒にいるようになった。
共に勉強し、呼び捨てで名前を呼ぶことになり、共にスイーツ作りの自主練も行うようになり、ますます友情を深めていき――――。



彼女と私が「親友」と呼ばれる間柄になるまでの時間は短かった。
正直に言ってしまうと、彼が未だ彼女のことを想っていることに関しては今でもあまり良い気持ちは持っていない。
彼女が悪いわけではもちろんないが、それを引きずってしまうのは仕方のないことだと思うのだ。
しかし、彼女の印象は悪いどころか良さを上げていく一方で。
つまりは彼女に対する気持ちは、日に日に嫉妬よりも友情が勝っていったのだ。それと同期して彼女に対する黒い感情は、どんどん薄れていって。



だから、彼女は今日も私の隣でその才能をフルに発揮してスイーツを作っている。



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