第12章 満を期した再戦



翌日。地区大会決勝――――雷門にとっては因縁である、帝国学園との試合の日。私は先日応援しに行くと豪炎寺に告げた通り、決勝の舞台となる帝国学園へとやってきていた。



とても学校とは思えないようなふてぶてしい校門をくぐり、試合の行われる室内グラウンドの方へと歩を進める。地区大会とは言えども、サッカー全国一である帝国学園が行う決勝戦である。そのこともあってか、私が観客席へと辿りついたときにはかなり席が埋まっていた。まだ試合まで時間はあるはずなのだが、そこは流石としか言いようがない。私は軽く辺りを見回してから、少し雷門寄りの最前列の席に荷物を置いた。




(まだ時間はある、か………)




折角の決勝戦だからとはいえ、少し早く来すぎてしまった。しかしそれならば、どうせこんなに広い施設なのだから、少しぶらついてみるのもいいかもしれない。そう考えて、最低限のものだけ持った私は観客席を出て、行くあてもなくゆっくりと歩き始める。
すると、頑丈に作られている廊下の先に見知った人が現れて、私は思わず立ち止まった。




「…………鬼道?」
「…………ああ、神崎。お前、来たのか」




彼のトレードマークであるゴーグルがきらりと光りこちらを向く。どうやら鬼道は1人らしい。試合前にキャプテンがこんなところに居ていいのか、そんな問いがふと頭を過ぎった。




「鬼道、きみ、アップはどうしたの。分かってるとは思うけど、そろそろやっておかないと本当に試合に影響が………」
「………今はそれよりも、やらなければならないことがある」




――――それよりも?
思わず眉を顰める。公式戦――――しかも全国大会出場の切符を賭けた決勝のアップよりも重要なこと?そんなものが果たして本当に有るのだろうか。
……否、しかし、現に彼はこうして廊下を歩いている。雷門と尾刈斗中の練習試合の時に分かったことだが、鬼道はこれで居て案外悪い奴ではないし、だとすれば彼が言っていることも事実なのだろう。




それでも気になるものは気になるもので。試合のアップを放ってでもやらなければいけないことなんて、相当重大なことのはず。しかし先ほど見た限りでは帝国の他のメンバーは準備運動を行っていたし、そもそも今彼は一人だ。そのことを踏まえると、鬼道は仲間に何か言うでもなく一人でそのやらなければいけないことを行っているということになる。
個人の事情か何かか?……否、個人の事情ではキャプテンがグラウンドを離れる理由にはならないだろう。となると。
そこまで考えたところで、鬼道が口を挟む。




「神崎、お前さっきまで観客席に居たんだろう。何か、変に思ったことはなかったか?」
「え?……私は帝国に来たのがこれが初めてだから、なんとも………でも、パッと見で一般人の目から見て不自然なものはなかった……と、思う」




突然のその質問に驚きはしたものの、すぐさま冷静に返す。私の返答を聞いた鬼道は、顎に手を当て数秒何やら考え込んだ後、思い出したかのように「すまない、助かった」とこちらに礼を投げかけてくれて。
そのとき、唐突に分かってしまった。何故、彼がこんなところを動き回っているかが。




「………貴方たちの総帥が、何かしたのね?」
「…………!」




鬼道がはっと目を見開き息を呑んだ。これは――――当たりだ。
驚く鬼道を見つめながらも、私は脳内でその推測を広げていく。そうしてできた推測を思うがままに述べていく。




「確か貴方たちの総帥は雷門にかなり執着があったはず……しかも、悪い方向の感情で。この間、雷門のバスに細工されていたことはあなたも多分知ってるよね。あそこで失敗したのだから、あっちにとって次の計画を進めるのは当然。でももう日は残されていない………だから、試合会場となる自分の学園に罠を仕掛けた。そういうことだよね?」
「………ふ、流石に、洞察力があるな」




鬼道は脱帽だ、とでも言うかのように、苦笑気味に溜息を零す。気のせいか、その台詞は深い疲労を伴っているように聞こえた。
しかし、それをどうこう言っている暇などないわけで。私は呆れ目で鬼道を見やる。




「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。貴方が今も動き回ってるということは、つまりまだ見つけられてないんでしょう?そして、総帥も鬼道にその在り処を言うつもりはない」
「そうだ。……だが、ヒントもある」
「…………ヒント?」
「『天に唾しても自分にかかるだけ』………先ほど総帥が仰っていた。確信はないが、これは助言だと俺は思う」
「天に唾しても………?そんな感じのことわざ聞いたことある………確か、人に害を与えようとするとかえって自分が酷い目に合うって意味だよね」
「嗚呼。俺たちへの牽制ともとれるが………わざわざ諺を使ったことに、何か意味のある気がするんだ」




そう言った鬼道の瞳は確信満ちたものを秘めていた。私は帝国学園総帥と直接顔を合わせたことはないが、ずっと総帥に従ってきた鬼道が言うことの方が信用できるのは確実だろう。
私はそっと頷くと、口を開く。




「分かった。………もし私にできることがあるなら、」




遠慮なく言って。そう続けようとした言葉は、瞬間、鬼道の鋭い「やめろ!」という台詞にかき消された。驚いて鬼道を見やると、彼は直ぐに真剣そうな、それでいてこちらを心配しているような表情に変え、首を横に振って私と視線をかち合わせた。




「この間も言っただろう。お前は既に総帥に目を付けられている。決勝戦の前にお前が下手に動けば、お前が来ているということも勘付かれる。余計なリスクは避けるべきだ」
「…………鬼道…………」
「俺のことはいい。そもそも、お前のことが公になるのはまずいのだろう。密偵をしていた時土門が漏らしてたぞ。『神崎の情報が全く集まらない』とな」
「………そっか」




私はついに驚きを通り越して苦笑を漏らした。鬼道は考え、心配してくれていたのだ。ついこの間まで、敵だと認識していたであろう私のことを。鬼道は本当は優しい人なのだということが、少し垣間見えた瞬間だった。




「分かった。なら、私は観客席に戻って大人しくしてるよ。…………、ありがと」
「礼を言われるようなことはしていない。そうだな、お前の言う通り、神崎は観客席にいてくれ。俺は試合までの間もう少しだけ調べることにする」
「うん。もし観客席に何か仕掛けてあったらすぐに言うから、こっちは安心して。じゃあ、また」
「ああ」




最後に真っ直ぐと見つめて頷いて、鬼道と別れる。折角自分が動ける状態であるのに動かないのは辛いが、鬼道の善意は有り難く受け取っておくべきだろう。どうか鬼道が仕掛けを見つけてくれますように、と半ば祈りながら自分の席へと戻り行く。
グラウンドを目を向ければ試合前のアップを十全に行う帝国・雷門双方の姿が見えて。少しして鬼道もグラウンドへと戻ってくると、どちらのチームも一層引き締まった表情でその続きが開始された。




(鬼道………もう、仕掛けを見つけたの?)




遠くからではあまり鬼道の表情は窺えない。だが、先程私と別れてからグラウンドへ戻ってくるまでの時間は然程長くはない。もし仕掛けを見つけられていたとしても、それを解ける時間は無かったはずだ。
………だとすれば?




(いや――――そんなこと、いま私が考えても仕方がない、か)




アップを終了を示すホイッスルが会場内に響き渡る。もう私にも、鬼道にも、誰にも手を打つことはできない。あとは、ただ試合開始を待つだけ。だが、どう考えてもこのまま何もなしに試合が始まるとは思えない。絶対にあの総帥とやらは何か仕掛けてくるはずだ。それに、皆は抵抗できるか、否か。




どうしようもなく不安に駆られる中、私は両手をぎゅっと握って祈りを捧げるかのように頭を垂れた。絶対にないと心の片隅ではわかっていたけれど、祈らずにはいられなかったからだ。どうか、どうか無事に始まりますようにと。
雷門と帝国のスターティングメンバーがグラウンドの中央で顔を合わせた。キャプテン同士が手を握り合い、そして互いに礼を向ける。メンバーがそれぞれスタートの位置につき、向かい合い、そしてそれらを見た審判が、そっとホイッスルを口元に添えた。




不安と緊張に包まれたグラウンドの中で――――ついに試合が、開始する。




第12章 満を期した再戦




ホイッスルが鳴り響いた瞬間、響いたのは途轍もないほどの轟音だった。
私は目の前で起きた現象を上手く脳で処理することができず、ただ目を瞬かせて。そうして上から落ちて来た鉄骨が引き起こした砂塵を見つめていた。




(な、にが…………て、鉄骨?上から?どうして、いや、そんなことよりも、鉄骨が落ちたのは――――!?)




無傷の帝国メンバー達が、目を見開いて鉄骨の降りかかった雷門陣を凝視している。
砂塵で靄がかかって彼らの様子はうかがえない。しかし、落ちて来た鉄骨の数は、一瞬視線に映ったものを数えても、おそらく、11本。そして、サッカーのプレイ人数も、11人。どう考えても帝国総帥が仕組んだとしか思えないこの状況に、少しの寒気が背中を駆け抜けていくのと共に勝手に冷や汗が流れ落ちていくのを感じた。
こんな状況を、最近見たことがあった。そう、あの日――――豪炎寺がグラウンドの真ん中で痛みに蹲る姿が、私の脳内をフラッシュバックしていく。だが、これはそれよりもはるかに、否そんな言葉では全く通用しないような度合いで、酷いもので。




それでも、頭は冷静に物事を判断していく。目の前で起こった事象のすべてが、私の中で一つ一つのピースとなってパズルが完成されていく。




(『天に唾しても自分にかかるだけ』…………なるほど、天井に鉄骨を仕掛けて、それを雷門側に落とす。下手に動けば帝国の奴らも巻き添え………鬼道が言ってたことは正しかったわけだ)




影山の言葉に、ヒントは隠されていたのは事実だったけれど、そんなことはもうどうでもいいことで。少しして、グラウンドの半分を覆っていた砂塵が少しずつ晴れていく。私は、その奥にある恐ろしい想像に身を固くして、瞳をぎゅっと閉じた。手をひたすらに握りしめ、その衝撃に耐えようと身を縮込める。
しかし、予想に反して、すぐに上がるだろうと思っていたいろんな人の阿鼻叫喚は全く聞こえてくることはない。疑問に感じた私の耳に追い打ちをかけるように聞こえてくる、動揺し騒ぐ観衆の声に引きつられ、恐る恐る目を開き、そして………その瞳に映ったのは。




「…………嗚呼…………」




口から洩れたのはただただ、そんな言葉だけだった。自分の瞳が潤み、視界を少しずつ濁らせていく。でも、それも仕方のないことで。なぜならば、砂塵が去ったところに見えた、彼らの姿は――――まぎれもなく、全員が無傷で立っていてくれたからだ。
私はそれを見た瞬間に、自分が途轍もないほどに安心するのを感じた。耐えきれずに零れた一筋の涙が、頬をゆっくり伝っていく。知らず知らずのうちに固くこわばっていた肩からふっと力が抜け、思わず背中を背もたれに預けていた。




涙がぽたりと膝元へ落ちていくのを感じながら、私はそっと思考を続けていく。
普通に考えて、こんな大仰の仕掛けをしておいて、全員が無傷で居られるわけがない。きっと総帥は全員を潰せるように何度もシミュレーションして鉄骨を配置したはずだ。仕掛けに気付いてなければ全滅は免れないはずなのだ。
つまり。
鬼道は先程言っていた総帥の仕掛けに気付き、解いたのだろう。そして、見事に打ち勝った。どうすれば対処できるのかまで、全て、見通したのだ。あの、ごく僅かな時間の中で。




「……………ははっ、すっごいなぁ…………」




思わず口から洩れた言葉はそんなものだった。
彼は1人だけで11人もの命を救ったのだ、すごくないわけがないだろう?
鉄骨の突き刺さるグラウンドでは、もう試合することはできない。コートを一式変えることが必要だが………まあそんなことは今あまり問題ではなくて。鬼道がすぐさま踵を返したのを見やった私は、何が起きたのか分からず騒いでいる観客席を抜け出すと、誰もいない廊下を静かに駆け抜けた。目指すのは――――




***




総帥室へ続く廊下の近く。曲がり角に潜みながら、ひっそりと私は待っていた。
絶対に勘付かれてはいけない。最大限に警戒を強めながら、そっと廊下を盗み見る。もう少しで、あの人たちは現れてくれるはずだから。予測したとおりに鬼道たち帝国メンバーが現れたのはそのすぐ後だった。
総帥室の扉が開かれ、そこに鬼道が一人で乗り込んでいく。ちらりと見えた横顔は厳しい。音がよく響く帝国学園の構造に感謝しながら、私は耳を澄ませている。鬼道の開口一番の台詞は怒気が滲み、此処全体の雰囲気を圧倒していた。




「総帥、此れが貴方のやり方ですか!」




鬼道の問いに、影山は何も答えない。鬼道に少し遅れて、守と雷門の監督、ほかの帝国メンバーは室内へと続く。それと同時に自身の近くからも複数の足音が聞こえて、私は警戒を強め物陰に潜んだ。聞こえてくる音、そしてこの状況を踏まえて考えると、恐らく警察だろう。鬼道は準備は念入りにしているはずだ。警察が紛れ込んでいたとしても不思議はない。だが、警察とは顔を合わせるのは御免だった。
そうこうしているうちに鬼道の話は続く。




「『天に唾すれば自分にかかる』……あれがヒントになりました。貴方にしては軽率でしたね」
「言っている意味がよく分からんが。私が細工したというなにか証拠でもあるのかね?」




鬼道の言葉をもろともせず、微かに笑みさえ浮かべ返答した影山だったが、その直後、ばさっと何かが放られる音がした。同時に私が隠れている壁の近くを数人が走り抜けていく。……警察だ。
何人もの人たちに囲まれた影山の姿は、私の目からはもう見えない。しかし、その“何か”のせいで影山の雰囲気が変わったのは遠くからでもすぐわかった。コツ、コツという足音とともに前へ進み出た警察の一人――――刑事らしきひと――――は笑みを隠さず口を開く。




「これが証拠だ。俺の仲間が天井の方を調べに行った。故意としか思えない緩め方だったとの報告も既に入ってる。極めつけは、……っと、こいつだ」




ぐい、と刑事に引っ張られた作業服の男性が申し訳なさそうな顔で視線を迷わせている。「影山の指示で作業したんだな?」と刑事が静かに問いただせば、男はやがてゆっくりと頷いた。それを見た鬼道は、影山の策を諸ともしない強い眼光で影山を睨み付け、そして叫ぶ。




「俺はもう、あなたの指示では戦いません!」




その言葉は、予想していたものと同一のものであったが――――しかし私は、その言葉に思わずはっと息を呑んでしまうほどの衝撃を受けた。




(……………鬼道………………)




瞬時に頭を巡ったのは、今までの鬼道のこと。




(鬼道は、影山を総帥として尊敬して慕っていたはず。どれだけ自身の意向に沿わない要望を突きつけられても従っていた鬼道なのだから、それはきっと間違いはない。………でも、その鬼道が、自分から影山を拒んだ………?)




それは、どれだけ勇気がいることなのだろう。敬う相手を否定するなんてことが、容易いなんてあるはずもないのに。
心がぎゅっと締め付けられたのを感じた。自分と環境は違えどほとんど同じ境遇のひとなんて、今まで会ったこともなかったから。




(いや――――鬼道は、私なんかとは違う、か)




私は、逃げただけだった。目の前に広がる現実から、変わってしまった父から、その父に従順で私に跪くようになってしまった家族たちから。わたしは、父を否定する言葉すら発せないまま、ただただ逃げてしまっただけだ。否定する勇気を持つ、鬼道とは、違う。




「私にも、お前たちなどもはや必要ない」




影山はひっそりと笑いながらそう言った。その様子は、もう警察に捕まる寸前であるはずなのにそれを微塵も思わせないような、余裕のある笑みで。思わず、ぞわりと寒気が過ぎる。
だが、そんな笑みを浮かべたところで何かが起きるわけでもない。刑事が影山の手綱を引いて外へ連行していく。鬼道たちは黙ってそれを見守り――――しかし。
鬼道たちの横を通り抜け、総帥室を出るかというときに、不意に影山は立ち止まった。そして、呟いた言葉は。




「……………君も、もう少し立場というものを覚えた方がいい」




――――ッッ!!??
全身に鳥肌が立つのを感じながら、わたしは必死に息を殺した。そんな事をしたところで、何の意味もない事など既に嫌というほど肌で感じていたが、到底止めることは出来そうになくて。影山以外の人達はその言葉の意味を推し量る事も出来ず疑問符を浮かべているが…………わたしは違う。わたしだけは、ひしひしとなにか途轍もない嫌な予感を肌で受け止めていた。




(――――これは、明らかにわたしに向けられてる)




視線が向いていなくたって、そんなことは手に取るようにわかる。元々人の悪意には敏感な方だが、それを抜きにしたって私に向けられた言葉であることは何よりも明らかだった。あんな、不自然な位置に止まって。あんな台詞を言われる可能性のある人物なんて、私以外には考えられなかった。
影山はその一言だけを言い残して、再び廊下を歩き出す。違和感を覚えたのは皆一瞬。すぐに忘れて刑事は影山を引き連れ歩いていく。鬼道たちはそれをただ見つめるだけ。わたしは――――わたしはただ、彼らが隣を通り過ぎていく様を冷や汗を隠してやり過ごすしかなかった。




***




影山が去っていった後、誰にも見つかることなく観客席へと戻ってくると、先ほど取っておいた席に腰をそっと下ろした。顔の強張りはいまだ解けず、又その予兆も全く感じられない。いや、それも、当然か。
影山に自身の居場所がばれていた。一番離れた位置に居た影山に。自身が来ていることも全て――――監視カメラを避けて通ってきたのにも関わらず。そのことに疑問が残るのは確かだが、しかしいまはそれよりも気になることがあった。




“君も、もう少し立場というものを覚えた方がいい”




おそらく私に向けられていただろうこの言葉の意味を、さっきからずっとずっと、考えている。




(…………そうだ、試合)




下へずるずると降りていた視線を戻し、グラウンドへと目を向ける。気付けば先程の鉄骨事件からかなり時間が経っていた。いまは丁度試合を開始する準備が整ったところのようで、整備された新しいコートが目の前には広がっている。あんな事件が起きた後だとは言えど、決勝戦ということもあって、後に残す試合もない。開始時刻は延びるが、変わらず試合することを大会側は決めたらしい。




影山のことは、今考えても仕方がない。私は雷門を応援するために来たのだから、とりあえずは気持ちを切り替えなければ。
ふるふると頭を横に振って改めてグラウンドの方を見下ろす。すると、再びコートに並んだ両者が審判のホイッスルに合わせて一礼するところが見えて。スタートの位置に全員が見計らった上で試合開始のホイッスルが鳴った。最初は雷門のキックオフ。早々にボールを受け止めた豪炎寺は、帝国のFW陣を次々と抜いてひとりゴールへと駆け上がっていく。




(ファイアトルネード?…………いや、)




視界の端に捉えたのは、青い龍を持つ、あの。まんまと豪炎寺に向かっていったDFに彼は狡猾な笑みを見せ、染岡にパスを繰り出した。姿を現したのは龍の咆哮。染岡の蒼く輝く力強いシュートは豪炎寺へと繋がれ、情熱の炎に包まれる。




「「ドラゴントルネード!!!」」




開始早々合体技で勝負を賭けに来た雷門に、しかし帝国のGKは薄い笑みを浮かべて応えた。
会場に入るときに貰ったパンフレットに目を落とす。帝国の背番号1番――――GKの名前は源田、というらしい。彼は大きくジャンプして拳を地面へと大きく振り落とすと、衝撃波で壁を造り上げ、すぐそこにシュートが衝突した。




「パワーシールド!」





二つの技がせめぎ合う。合体技でもある雷門の方が優勢であるように見えたが…………結果は逆だ。
さほど時間も経たない間に、結末は訪れる。源田は薄く笑みを見せながら、立っていた――――蒼い炎を纏っていたはずのボールを、コート外へと弾き飛ばして。




(流石…………全国一と言えばいいのか。やっぱり、簡単には点をくれないな)




雷門陣の驚愕した表情を見ながら、私はそんなことを考える。
以前の帝国との試合では、豪炎寺のファイアトルネードは源田からあっさりと点を奪っていた。突然のことで反応しきれなかった部分もあるのだろうとは思う。しかし、それしても以前との差は歴然だ。雷門がここまで練習を重ねたのと同様に、帝国も力をつけてきたらしい。
そして、起きた先程の攻防によって、源田から得点を出すのは難しいということは会場内の周知の事実となっていた。流石に全国一であるチームのGKなだけあって、手強い守護神である。雷門きってのFW二人の合体技を軽々と止めてしまったのだから、それは尚更だった。加点が難しいこの状況下では、まず無失点でいることが求められる。
しかし。
源田からボールを受け取った鬼道が、他を寄せ付けない圧倒的なテクニックで次々と雷門陣を抜いていく。すぐにゴール前へと躍り出た彼はFWへとパスを繋げ――――




「百烈ショットッ!」




すぐさま繰り出されたそのシュートに、守も必殺技で迎え撃とうと手を出そうとして。しかし私が真っ先に感じたのは、彼に対する微かな違和感だった。




(………………?なにか様子が………)




可笑しい?
私がそれに首を傾げるのと守の熱血パンチが破られるのは、ほぼ同時のことだった。
守の様子を見た雷門陣に動揺が走る。しかしそれもそのはずで、守ならあれくらいなら止めれるだろうと皆が予測していたからだ。弾き損ねたボールは幸運にもゴールポストに当たり、コート外へ。帝国側のコーナーキックに入り――――そこで私は、やっとはっきりとした違和感に気付いた。




(……いつもそんなミスは起こさないはずの守が、真正面からのシュートを取り落とした?)




それは、もしかするとシュートを打った佐久間との距離が思っていた以上に近かったのかもしれないし、そうでなくても何か他の要因があったのかもしれない。だがその可能性を抜きにしたって、この一瞬で起きた二回ものミスは、ただの偶然で終わらせるには到底難しい。取り損ねたボールを慌てて押さえたが、それでは誰も誤魔化せないだろう。もう守の調子が悪いのだということは、誰の目から見ても明らかだった。




この大事な決勝戦で、キャプテンの調子が最悪。それは元々分が悪い雷門にとっては大打撃のはずだ。他の2年のメンバーが一年に言葉を掛けなんとか場を盛り上げているが、それで一体どこまでカバーできるのか………否、それよりも。




(…………守、いつもとかなり様子が違う。…………なにかあった?)




守なら、こんな時率先して場を盛り上げる筈なのに…………、今日の彼は集中し切れていない、とでもいいのだろうか。声もいつもより張りがない。浮かぶ表情は困惑。大方、自分でも何が起こっているのかよく分かってないといったところか。豪炎寺が初めて見るくらいに険しい顔で守を睨みつけているのが、やけに印象深く記憶に残った。
しかし、守に何があったかは分からないが、たとえ調子が悪くいようとも、試合は関係なく再開するわけで。守の不調を好機と思ったか、鮮やかなテクニックでボールをカットした鬼道が、ひとりフィールドを駆け上がりゴールを目指し走り行く。次々に雷門のDFを圧倒しゴール前まで辿り着いた鬼道は、シュートを打つ為に足を振り上げ――――




しかし、それはあっさりと防がれる。




豪炎寺の強烈なスライディングは、鬼道の足に痛切なまでに突き刺さる。どうやら寸前でゴール前に戻ってきていたらしい。驚異的な速さだと感心する反面、余程今の守が信用できなかったのだろうという予測が脳内を過ぎった。先程の豪炎寺の表情には、そんな感情が見え隠れしていたから。




「…………ッ!」




足に思いのほか強い衝撃を受け、声にならない悲鳴が漏れたようだった。豪炎寺のスライディングを諸に受けた鬼道はふらりとよろけ、そして耐え切れずに足を押さえた。先程の攻撃は遠目から見ても痛々しかった………、恐らくは、負傷したか。
この間の豪炎寺と比べれば余程マシな怪我に見える。しかし、試合を続行できるかは話が別だ。飛ばされたボールを取った帝国のMFが鬼道の様子を見て迷わずボールを外に出した。




(…………鬼道。大丈夫かな…………)




雷門を潰しに来た鬼道。偵察のために隠れて観戦していた鬼道。私のことを心配して呉れた鬼道。……そして、雷門と戦うことを望み、影山に背を向けた鬼道の姿が、走馬灯のように消えていく。
一ヶ月ほど前には敵意しか覚えなかったが、そんなことはもうとっくにどうでもよくて。………あれだけ頑張っていたはずの彼がこんなところで終わってしまうことなど、到底受け入れられるわけがなかった。
ボールが場外に出されたことで試合は一時停止し、鬼道は左足を引きずりながらも一旦コートから出る。………しかしそこで私は思わず目を見開いた。声には出さずとも、自然と首を傾げてしまう。




(……………春奈?)




…………――――それは、端から見ればとても奇妙な様子だった。




雷門のマネージャーがわざわざ帝国のキャプテンの手当てを行う姿は誰が見ても不自然だ。しかしそれよりも奇妙なのは、その二人の様子。心配性なマネージャーが見ていられなくなって駆け寄るなら、まだ納得は出来た。………しかし、それはない――――そんなことはありえない。
それなら彼らは、あんな表情をする必要なんて、何処にもないはずなのだから。




彼らは双方複雑な表情で寄り添っていたが、しかし、それもすぐに終わりを迎える。遠くで観戦しているわたしには、一体何が起こったのかは把握できなかったけれど。…………鬼道がフィールドに出て行く姿を、春奈は先程と打って変わり、見たこともないような嬉しそうな表情で見送っているのが、見えたから。




(よくわかんないけど…………二人が上手くいったのなら、いっか)




それよりも、今は試合の方が大事ということだろうか。
再開した試合に再度意識を傾ける。守の不調もあって現在は圧倒的に帝国が優勢らしい。先程の出来事も影響しているのか、怪我をしたばかりだというのに鬼道の動きは軽やかだ。雷門のパスをあっという間にカットした鬼道はFW陣と共にコートを駆け上がっていき、そして――――




「これは、ゴッドハンドを打ち破る為に編み出した必殺技だ!」




ボールに足を掛けた鬼道が、強く大きく指笛を鳴らした。その音によって出てきたのは――――、ペンギン?




「皇帝ペンギン、」
「「2号!!!」」




鬼道からのセンタリングにFWの二人がブーストを掛けた。威力の増したシュートは五体のペンギンと共にゴールへと向かい、そして守のゴッドハンドと衝突する。………が、差は歴然だ。
数秒もしないうちにゴッドハンドは呆気なく破れ、守はボールごとゴールに叩きつけられる。先制は帝国。点数表示は塗り替えられ、ホイッスルの音と共に1-0へ。相手のゴールもまともに割れない中で、雷門は最悪の状況下に陥っていた。




ピ――――ッ!というホイッスルの音と共に前半が終了し、10分間のインターバルが訪れる。
前半最後の攻撃では軽やかな動きを見せていた鬼道だったが、流石に怪我は動きにかなり支障を来していたらしい。軽い処置を受ける彼は少し痛そうに足首を摩っている。
正直、あんな怪我で試合を行うことなど、ある程度の医学知識を持つ身としてはなんとしても止めたいが…………状況を鑑みれば、彼がプレイすることを許さずを得ないだろう。影山の呪縛から解き放ってくれた守の為にも、ここまで共に戦ったチームメイトの為にも――――何より、勝利をするためにも、この状況で鬼道が抜ける訳にいかないことは一目瞭然だった。



そんなことを考えながら守をちらりと横目に見る。そうすれば、彼が地べたに座り込み、俯いて何かを思案している様子がすぐに目に入って。いつもと正反対な様子の彼に、マネージャーや選手が戸惑っている姿も見える。………流石に、戸惑うのも当然か。




(…………あんな守、初めて見るもんな。ずっと、試合を心底楽しんでる守しか見たことなかったから、なぁ…………)




だんまりしている様子を見るのも初めてかもしれない。しかも、雷門にとっては待ちに待った帝国との勝負の日だろうに。決勝まで来た以上は勝ち抜きたい思いはひとしおだろうが、こんな状況では"難しい"のただ一言に尽きた。
やはり、帝国は並大抵のことでは破れない、ということなのか。既に一点を取られ、頼みのFWの2人が連携しても点を奪うことの出来ない雷門は、かなり絶望的な状況に立たされている。せめて攻守どちらかが立て直しさえすれば挽回の余地はあるが……




(前半で完全に場の空気は帝国に掌握されている。他のメンバーも、キャプテンの不調とFWの実力差にかなり不安を持っている筈だ。………正直なとこ、挽回は難しいか)




――――だがまあ、こんなところで終わる雷門ではないという確信も、実は密かにあって。
それは、守ならきっと戻ってこれる筈だとか、豪炎寺なら必ず突破口を見つけるだろうとか、そんな期待を心の何処かで信じていたからかもしれなかった。




再びホイッスルが鳴り、インターバルが終わりを告げる。ここからは後半………泣いて縋ったとしても雷門にもう後はない。前半と同様、あまり守の覇気が無いのは遠くからでもよく分かったが、それを立ち直させる手段はない。…………わたしは、それを見つめるだけ。このままで終わってしまうのか、それとも……………、雷門の劣勢にも関わらず、キックオフは帝国からだ。




ピーーーーッ!というホイッスルと共に駆け出した帝国陣は、前半の疲労を欠片も感じさせない動きでフィールドを駆け上がっていった。雷門は、しかし、それに反応出来ていない。帝国の動きが予想以上に速いからというのもあるが…………、これは前半のディフェンスが体力に支障をきたしているというのもあるだろう。




(帝国は此処で完全に勝負をかけに来てる。次に点を取られたら、恐らく雷門に勝ち目はない………)




思わず守の方を見てしまう。この試合の勝敗を決めるのは、間違いなく守だと確信していたから。守に引き摺られて調子が悪い選手もかなりいる筈だし、それでなくともそもそも守は雷門の最大の要なのだ。ゴールを守れないのは圧倒的に不利だ。




(せめて守さえいつもの調子に戻ってくれれば、チャンスはある…………、かな)




雷門というチームはキャプテンとエース――――この場合で言えば守と豪炎寺だ――――に引っ張られて成立しているチームと言っても過言ではない。そもそもが初心者だったメンバーも多いのだから、それも当たり前というものなのだけれど。
それは守が引っ張らなければ必然的に機能しなくなってしまうという意味でもある。しかし逆に言えば、守さえ復活すれば巻き返すチャンスだって巡ってくるということにもなり得るわけだ。




そう考えている間にも、帝国の攻撃は続いている。すぐさま雷門のゴール近くまで上がってきた帝国FW陣はここで決着をつけるべくシュートを放ち――――しかし、その時だった。
どがん、という衝撃。思わず目を見開いた私は、同時に既視感を覚えてくらりと目眩がして頭を押さえた。視界の中で揺れたよく知る水色の髪、シュートを受け止めた衝撃で揺らめく。守の驚愕した顔が見えた。




「っ、風丸!?」
「………ぅ、お前が調子の悪いときは………俺たちが、フォローするさ」




なあ、と一郎太が声を掛けた先には、同じくゴール付近を固めるDF陣が広がっている。皆、瞳の奥に見える意志は固く、私は少し驚いた。なんだ………、もう守に引っ張られるだけじゃなくて、守を引っ張ってすら行けるのか。
以前の帝国との試合からそれほど経っていないにもかかわらず、それはあの時には出来るはずのなかった光景で。雷門がしっかり成長していることを否が応でも思わせた。




「俺たち…………仲間、だろ」




傷だらけになった一郎太が、それでも気丈に微笑む。此処まで………いっそこちらが見ていて痛々しいほどに、体を張ってシュートを受け止めるDF陣を、わたしは見たことがなかった。これが1人のみならずDF全員なのだから尚更だ。それはどんなものよりも純粋でーーーーときに、恐ろしく。危険を顧みないディフェンスは、しかしこの状況では途轍もない効力を発揮する。




「す、ごいな…………全部、防ぎきってる」




思わず漏れたのはそんな言葉ばかりだ。ボロボロになってでも絶対に防ぎきる雷門の根性には本当に驚かされた。4人もDFがいるとはいえ、全国一のFWの攻撃を受け止められるのは相当すごい筈。以前の帝国戦と比べれば雲泥の差にもほどがある。
………だがそれだけに、既に追い詰められている彼らの身体はすぐ限界が来てしまう。
まずDFの一人である栗松が、連続で来るシュートに耐えきれずバランスを崩した。吹き飛ばされた彼を見た鬼道は今が好機だと読んでFW陣に指示を出し、すぐに繰り出されたのは以前の試合でも驚異的な威力を発揮したデスゾーン。それを守が防ごうと――――




「……………、え」




”それ”が訪れたのは本当に一瞬の出来事だった。
ほぼ反応できなかった守を庇うかのように、或は守るかのようにゴールに飛び出してきた土門の顔面に、デスゾーンがクリーンヒットする。どご、と嫌な音がしたのは気のせいではないだろう。続いてフェンスにガン、と頭を打ち付ける音まで聞こえて、それを最後に彼は芝生に倒れた。思わず、立ち上がってしまったのはきっと私だけではない。ひゅっと、息を呑む。倒れた、土門の、状態は。




「ど…………土門ッッ!!」




観客の目がこちらへ集まるのも構わず、気づけば私は叫んでいた。傷ついている人を放っておくことのできない私は、彼を助けに居たくて、でも私が助けることは叶わなくて。雷門のメンバーが土門へと駆け寄る。直ぐに救急担架が来て、彼は運ばれていった。
「俺も、雷門の一人に成れたかな」なんて、ふざけた言葉を残して。




(なに、言ってんの。そんなの当たり前じゃない。アンタを仲間だと思っていない奴が、あの中に居るわけないじゃない………!)




心の中で叫んだ瞬間だった――――燃え上がるような炎がボールを包み込み、視界を横切っていったのは。
思わず目を開いた私は一瞬固まって、慌ててボールの向かった方向を目で追いかける。




「…………ぐぁっ!?」




数瞬後に守の抑えきれなかった悲鳴じみた嗚咽と共に吹っ飛ばされたのを見てしまい、はっと視線をずらせば、そのシュートを打った張本人である豪炎寺が鋭く尖った眼光で睨みつけていた。
今まで、豪炎寺があんなに怒ってる姿なんて見たことがあっただろうか。昨日の穏やかな表情が頭を過ぎって、なんだか複雑な気分になる。彼は守に近づいていくと、未だ鋭い睨みを保ったままで口を開いた。




「グラウンドの外で何があったのかなんて関係ない。ホイッスルが鳴ったら、試合に集中しろ!」




冷や水を浴びせられたかのように呆然とする守を差し置いて、それだけ言い切った豪炎寺はさっさと自分のポジションに戻ってしまう。…………だが、今回は確かに豪炎寺が言うことも確かだとも思ってしまって。




(観客席からでも守の不調は一目瞭然だったくらいだし、試合を一緒に行っていた豪炎寺が感じる違和感は相当だったはず。真剣に勝ちに行っている豪炎寺にしてみれば不快以外の何物でもない、か)




正直、私がチームメイトだったとしたら同じことをやってたかもしれない。真剣にサッカーに向き合っている彼だからこそ、サッカーに向き合えるはずの守の今日の態度に許せないものがあるのだということも、とても理解できた。
これで、守の調子が戻ってくれたらいいのだけれど。豪炎寺からの渾身のシュートが守の目を覚まさせてくれたはずだと信じたいが、不安はどうしても残ってしまう。しかし、信じるよりほかに方法はない……雷門の要は、いつだって守なのだから。
鬼道やほかの帝国のメンバーは、突然の仲間割れとも取れそうな行動達に最初こそ驚いていたけれど、その行動の意味が分かると一転して気を引き締め直していた。気は抜けない……たとえ、自分たちが完全にリードしている状態であったとしても。はある意味で正しい姿で、私は思わずそんな彼らの姿を見て気付いた。変わったのは雷門だけじゃなかったのだと。彼らの影響を受けて、徐々に、然し確実に、帝国も変わってきているのだと。
油断を決してしない彼らを――――影山の呪縛から解き放たれた彼らを、私はもう二度と二流以下などというつもりはなかった。





ホイッスルが鳴り響き、試合が再開する。ボールは再び帝国へ、そして訪れるシュートチャンス。
コーナーキックで仲間からボールを受け取った鬼道が佐久間と目を合わせて頷く。必殺技の予感。鬼道は足の傷を諸ともせず、そのシュートを放った。




「ツインブースト!!」




初めて聞く技だ。威力も相当強い。そして、これを止められなければ、雷門にほぼもう勝ち目は、ない。胸中に渦巻く不安の抑えきれずに、思わず私は守を見やり――――しかしそこで見た彼の瞳の強さに、私はハッと目を見開た。…………嗚呼、なんて。




(なんて、力強い瞳)




心の中でそう呟くのと、彼が新しい必殺技でシュートを止めるのは、ほぼ同時のことだった。




「それでこそ円堂だ!」




鬼道の挑戦的な笑みが深くなる。ようやっと守の本来の姿が見れたことは、或る意味で彼に恩人という認識を持つ鬼道にとっては嬉しいことこの上ないのだろう。そもそも、相手が強いほど燃えるのは、どこでやるサッカーも一緒だ。
そして私も、やっと守らしい一面を見れたことに思わず安堵の息を吐いていた。恐らくは雷門陣営の人たちも全く同じ心境だろうと思う。キャプテンを主軸に回っている雷門にとって、まだまだ勝負は此処からだ。キャプテンが機能し始めたこのチームの底力がきっと計り知れないことを、私たちは既に知っているのだから。




すぐにボールはFWに上げられる。守の通常通りの意志強固な姿を見て、勝気な表情を浮かべた豪炎寺がボールを染岡に渡して走り始め、続いて染岡がシュート体勢に入る。




(ドラゴントルネードの体勢…………確か前半に既に一度止められてるはずだけど……)




前半のあっけなく止められてしまったシュートの数々が思い出される。何か、策でもあるのだろうか。豪炎寺のことだ、何も考え無しに同じ轍を踏むとは思えないのだが。
だがやはり、そんな心配は杞憂だったようで。染岡の打ったドラゴンクラッシュがパワーシールドに当たったところを、豪炎寺がファイアトルネードで叩き込む。





「パワーシールドは衝撃波でできた壁、弱点は薄さだ!遠くからのシュートは跳ね返せても、至近距離から打ち込めば、」
「「………――――ぶち抜ける!」」




数瞬の鬩ぎ合いを経た果てに、パリンッと衝撃波が割れた。あんなに頑丈だったそれは豪炎寺の策略によって呆気なく跡形もなく、粉々に消えていく。パラパラと破片が落ちる中を、彼らのシュートが横切って。
ピーーーーッ!と力強いホイッスルが鳴り、遂に雷門に一点が追加される。1-1。同点。後半はかなり少なくなってきているけれど、それに比例するかのように雷門のボルテージは上がっている。
これなら本当に優勝も?浮かび上がる可能性に希望を抱いて、膝の上で拳を握った。




既に後半の残り時間は10分を切っている。双方体力は限界に達しているようで、延長戦は見込めない。まだ控えが居て幾分余裕がある帝国はともかく、控えの居ない雷門にとって延長は即ち負けと思っていい。流れは完全に雷門にある。雷門を応援する身としては、此処で勝負を決めて欲しいところだが、どうなるか。




(もう帝国と雷門の実力は拮抗してる………流れだって雷門だし、これなら?)




然しそう思ったのも束の間、矢張り帝国に一日の長があったらしい。僅かな隙を突いてボールを奪った鬼道が走り出し、それにFWが続く。このフォームは、皇帝ペンギン2号か。鬼道は前半で負った傷が跡を引いている筈だ。インターバルでもかなり丁重に応急処置を施していたのを私はしっかりと見ていた。前半から今この時まで、彼はこの技を打ってこなかった。この技なら守を破ることができると分かっていながら、そうしなかったということは、恐らく。
もう鬼道にも足の限界が迫っている。鬼道は此処で勝負をつけるつもりなのだ。足のダメージを背負いすぎた彼は、それでも最後の力を振り絞って、雷門に勝つための最善の一手を打つ。どうしても負けられないのは、帝国とて同じこと。




「皇帝ペンギン」
「「二号!!」」




帝国側にとっての最大のシュートチャンスが再び訪れた。力強い鬼道のアシストで押し出されたシュートがFWの二人によってさらに強化される。先程はあっさりと押し負けてしまった守の元に、皇帝ペンギン二号が襲い掛かる。…………だが、先程の守とはもう違うのだ。本当の勝利を願う意志を取り戻すことのできた守に、もう負けるという選択肢はない。





「ゴッドハンド!」




きらりと力強い瞳が瞬いて、黄金に輝く手が伸びた。攻め込んでくる力を大きく包もうとするゴッドハンドは、皇帝ペンギン二号と激しい轟音とともに衝突する。
一瞬の攻防。どちらも引けない状況下で、しかし守の足がじり、とほんの少し押し込まれる。守が本来の調子を取り戻したとはいえ、やはり、劣勢なのか。ぐっと思い切り踏ん張って唇を噛み締めた守は、然しまだ負けたわけではない。ちょっとの不利なんてチャンスに変える。彼にはそれが出来る力がある。




「このボールだけは、絶対に、止めるんだぁぁあ!!」




守はそう叫ぶと同時に、後ろに回っていた手を前に突き出し…………そして、肥大する黄金の手に、誰もが目を奪われた。そして、そして、そして――――姿を現したのは、守の手のひらで動きを止めたボールのみ。
一瞬の静寂が起こる。帝国のFW陣が愕然とする中、その奥で鬼道は悔しそうに、それでも楽しそうに笑った。




止めた。守が止めてみせたのだ。シュウウウ、という摩擦音のあとに興奮した観客の歓声が沸き上がる。やっぱり守には、だれも予測できないような、底知れない力がある!わたしは思わず頬を緩め、守を――――ひいては歓声を聞いて全速力で走り出した豪炎寺の勝気な笑みを見つけては、さらに口角を上げた。
そして、止まっていた歯車は急速に回り出す。先程まではあれほどまでに上手く行っていなかった筈の雷門イレブンは、まるでかっちりとパズルのピースが嵌ったかのように、真っ直ぐゴールへと突き進んでいく。




「円堂が守り抜いたボールは、絶対にゴールまで繋いでみせる!」




そうだろ、皆!そう言って先陣を切った一郎太は、新たに習得した必殺技で佐久間を颯爽と抜いた。見開かれる瞳と風の様に通り過ぎて行った笑みが交差する。
一郎太に同意するかのように次々とフィールドを駆け上がっていく雷門に、帝国は上手く反応できない。守の復活を切欠に結束した今の雷門に、帝国の付け入る隙はなかった。
帝国を翻弄するうちに、どんどんパスは繋がれていく。DFからMFへ、MFからFWへ。
半田が勢いよく蹴り上げたその先で、壁山と豪炎寺は飛び上がる。この態勢は以前見たことがあった。野生中との戦いで活躍した技。イナズマ落とし。然しこれだけではまだ威力としては弱いのではないか…………そう不安を覚えそうになったとき、ふと目に飛び込んでくるものがあった。




(………………っ、守!?)




そう、守だ。守がいつの間にかゴール前まで上がってきている。豪炎寺の隣に躍り出た彼も、壁山めがけて飛び上がる。そして豪炎寺と守のフォーメーションも私は先日見たことがあって。あの時は豪炎寺の怪我に気を取られていてあまり印象に残らなかったが、あれはイナズマ1号?
2人は壁山を踏み台にして、さらに上へと飛んだ。彼らは雄叫びを上げながら、その情熱をボールに籠める。稲妻が走る。皆の思いを乗せたボールは、黄と青の対照を纏いながら、突き刺さるように進んでいく。




「はああああああっ!!」
「行っけえええええ!!」




2人の叫びと共に打ち込まれたボールは、源田の新たな必殺技であるフルパワーシールドにぶつかり。数瞬の鬩ぎ合いの後に場に響いたのはパリンという破砕音だった。
ピーーーーッとフィールドに鳴り響く笛の音。静まった観客席。でもその後すぐに湧き上がったのは、歓声、歓声、歓声の嵐!




(…………勝った?守がーーーー雷門が、勝った?)




きっと勝つと信じていた。ここまで来れた皆なら、きっと辿り着けると信じていた。
それでもやはり、ちゃんと勝った瞬間を見ることは、どんなものに勝るくらい込み上げてくる"何か"が確かにあって。周りの歓声に促されるままに、私も祝福の言葉を送る。おめでとうという一言に込めた思いが、私の伝える全てだった。




暫く呆然としていた雷門サッカー部は、大歓声に包まれてやっと笑みを浮かべて顔を上げる。俺たち、勝ったんだ。一郎太に肩を組まれた守の口がそう形取ったように見えたのは、恐らく気のせいではない。豪炎寺が服の下に隠れていたペンダントを取り出しぎゅっと握ったのを見て、私の心も温まるのを感じた。
ほんとうに、優勝おめでとう。観客席から見える彼らのきらきらとした笑顔は、この瞬間だけは誰よりも輝いて見えた。




(リベンジマッチ下剋上)
(本日も誠に晴天なり!)






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