第8章 幽霊のウワサ



今日も今日とて、河川敷では雷門中サッカー部の元気な声が響いている。
野生中との試合が終わり、早数日が経った。無事FF予選一回戦を勝ちぬいた彼らだが、まだまだ、本当にまだまだ気を抜くことはできない。 なにせついこの間まで、そもそも規定の11人にすら達していなかった弱小であったのだ。今は豪炎寺が加入しているとはいえども、部員全員の力をもっと上げなければいけないことは誰の目から見ても明白であった。




「っよし、もっと打ってこい!」




キャプテンでありGKでもある守が、部員に声を張り上げる。続いて響く、部員たちの「おー!」という掛け声。
選手たちの気合は十分だ。なにせ帝国に勝利(?)してから負けなしなので、気合が入るのも至極当然というものである。私の目から見ても、最初の頃と比べると皆のサッカー技術は格段に上手くなっていた。




(サッカーするの、楽しそう……最近、あんまりボールに触れられてないからなぁ……サッカー、やりたい……)




ふと心の中で零れた思い。しかし、あまりサッカーはしてはいけないことなど頭では完全に分かり切っていたので、私はそっとその思いに蓋をすることにした。ぶんぶんと頭を振り、気を取り直してグラウンドを見やる。すると、威勢よく返事をした部員の中でも、守の言葉に反応した染岡が、「じゃあ遠慮なく行かせてもらうぜ!」というと、ゴール前へ猛然と駆け出し、シュートを繰り出していくところが見えた。ゴール前がら空きの、滅多にないようなシュートチャンスだ。染岡の蹴ったボールは蒼いオーラに包まれ、力強く真っ直ぐにゴールへ向かっていった。以前とは違って、真っ直ぐに進む、綺麗なシュート。




「来い!『ゴッドハンド』!!」




しかし、そのシュートも守の必殺技によって完全に防がれてしまう。
野生中との一戦で負傷した染岡は、怪我の完治のため、ここ数日練習できていなかったのだ。数日のブランクのせいか100%の力を発揮できなかったシュートを止められてしまい、悔しそうに歯噛みした染岡。彼は、力強い笑みでボールを持つ守に向かって、「次は絶対に決めるぜ!!」と挑発的な言葉を発すと自身のポジションに戻っていった。
………で、そんな彼らの様子を遠い目で眺める私が、こんなところで一体何をしているのかというと。




「さあ先輩、今日こそは答えてもらいますよー!先輩が一体何者なのか、先輩の強さの秘密、そして……っ!一体、豪炎寺さんとはどういう関係なのかっ!!」
「あ、あはははは…………葵ちゃん、大丈夫?」
「……………もう、帰りたい………」




――――好奇心旺盛な後輩に、捕まっていた。




第8章 幽霊のウワサ




私を雷門のベンチに縛りつけている元凶――――音無春奈は、もともと新聞部であったらしい。
彼女は帝国戦で雷門サッカー部のファンとなり、そして新聞部を辞めてサッカー部のマネージャーを希望したそうで。そういえば帝国戦のときから、彼女とは何度か会っている。あまり話す機会はなかったが、帝国戦のときは着替えを隠すのを手伝ってもらったような記憶がうっすらと脳裏に残っていた。




(………なのに何故私は、そんな彼女からこんなに質問攻めにあっているんだろうか……この子、新聞部に戻った方がいいんじゃない?)




今も私のことをきらきらと輝いた眼差しで見つめる彼女は、赤い眼鏡をかけ、メモ帳を片手に私の返答を今か今かと待ちわびている。その様子はさながら新米の新聞記者のようだ。彼女の天職は新聞記者だな、などと現実逃避気味に勝手に決めつけてみるが、まあそんなことをしたところでこの状況がなにか変わるわけでもない。私ははあ、と溜息を吐くと、仕方なしにぽつぽつと返答をし始める。




「ていうかそもそも豪炎寺との関係って何……友達じゃダメなの」




すると、私の返答の中にあった豪炎寺、という単語に反応して、話の中心人物である彼が一瞬振り返った。私と目が合うと、彼は「どうかしたのか」と言いたそうに首を傾げている。どうやら今までの話を全く聞いていなかったため(練習中なので当然である)、少しこちらの会話が気になっているらしい。
しかし、彼に今こっちに来てもらっても困るわけで。



私は豪炎寺に違う違うそうじゃないと首を横に振った。練習に集中するようにとゴールの方に目を向けると、こちらの意図が伝わったのか、彼は少し疑問を残したような顔で、しかし渋々でもちゃんと練習の方へ戻っていってくれる。
が、しかし。




「………いやいやいやいや、今のを見て普通の友達で納得できるわけがないじゃないですか!?なんですかいまの、何もしゃべらないで通じ合ってましたよね!?」
「え、いや………………んー…………普通じゃない?」
「全然普通じゃないですよ!!これは学校中で噂されても仕方がないと割り切ってもいいレベルですっ!」
「……え、待って学校で噂されてるの?私と?豪炎寺が?…………そーいう仲だって?」
「えええ、知らなかったんですか!?結構有名なんですけどね………先輩方、帝国学園との試合で目立ちまくってたし、あの時からずっと仲がいいので、割と噂になってますよ?」
「……………へー、そうなんだー…………」




もう話に着いていけなくて(というかむしろ着いていきたくなくて)、矢継ぎ早に言葉をつづける音無におざなりな言葉を返す。自身が帝国戦の時に目立ってしまったのは重々承知していたが、まさか豪炎寺と噂になっているなど思うわけがない。困ったことになっているな、と私は再三溜息を吐く。




(そもそもそんな噂私は聞いたことがないんだけれども、一体どこの誰がそんな噂してるのか……)




“人の噂も七十五日”と言うし、早めにその噂が消えるのを待つしかない。
とりあえず私は音無に向き合うと、言った。




「かんっぜんに誤解しているみたいだから言わせてもらうけど。豪炎寺と私は、決して、そーいう仲ではないので。もう誤解しないように!ていうか皆が誤解するようなことを無暗に言いふらしたりしないように!」
「うー、はい。分かりました……皆にもそう伝えておきます…………あーあ、絶対そうだと思ったんですけどねえ…………」




惜しむかのようにそう言う彼女に、無言でチョップをかます。
「アイテッ!」と痛そうに頭をさする音無が涙目になるのを見て、隣で終始私たちの様子を窺っていた秋が苦笑を漏らした。




***




その日の夜。私は自身の部屋のベッドに寝転びながら、一人考え事をしていた。




(………そろそろ、身体を動かしたい。っていうかぶっちゃけサッカーがしたい)




誰も聞いていないことをいいことに、大きく溜息を吐く。最近の最大の悩み事であった。
エイリア学園に居場所がばれてはいけないことは、私自身嫌というほどわかっている。そのため、サッカーをしては怪しまれるからできないし(というかすでに現時点で結構危ういし)、サッカー部だってもう公式戦の一回戦まで勝ち抜いているのだから、サッカー部と関わるのも忍びない。
しかし、だ。




(………私は、もともとサッカー馬鹿なんですよ………っ!!!)




そもそも考えてもみてほしい。私は幼少期から今日までずっと、場所を転々と移動しながらも、ずっと変わらずサッカーだけは続けてきた。もはやサッカーは酸素だ。私にとってなくてはならないものである。
日本に帰って来てから早数週間が経つが、私が日本でまともにサッカーをプレイしたのは、帝国学園と雷門の試合に乱入した時くらいのものだった。それ以外には、筋力を落とさないようにと毎日続けている走り込みくらいしかできていなかったのだ。
単純に言おう。サッカーがしたい。サッカーをしなければ私はきっとサッカーに飢えて死ぬ。



それに、これは言い訳かもしれないけれど、もしかすると、サッカーをすることでエージェントが私を見つける可能性が高まるのかもしれないが、そもそもサッカーをして技術を高めたり、もし高められなくとも技術・体力の維持だけはしておかなければ、”彼ら”に立ち向かうことなどきっとできっこないのだ。
……とはいえ。




(周りの人たちに、迷惑はかけられない。エージェントに私の存在がばれたら、私の周りの人は一体どうなってしまうか……)




そう、結局のところ私は、それを一番恐れていた。
私が見つかってしまうだけなら、ゼッタイに嫌だけどまだ許すことができる。なんだかんだ言って、瞳子姉には迷惑をかけてしまうのかもしれないけれど、逃げるだけならたぶん余裕をもって行うことができる。いくら成人男性のエージェントだとは言っても、結局のところ、中学二年生の驚異的な体力にはかなわない。それにそもそも、私はスピードだけなら、本当に誰にも負けないという絶対的な自信があった。けれど。




もし私が逃げたとして、残された皆はどうする?きっとエージェントのことだ、彼らの身柄を人質にして私をおびき出すなんていう荒業も、平気でやってくるにちがいない。もし、もしも仮にそうなったとき、私は――――




――――私は、自分を許せるか?




(……うー、やっぱやめやめ、このまま行動を起こさないことが第一優先事項だ。良い場所が見つかるまでは、サッカーはやめておかなくちゃ)




まとまらない思考に苛立ちながらも、結局はそう結論づける私。がりがりと頭をかき平静を保とうとたけれど、まだ当分サッカーができないであろうという事実を突きつけられれば、それは否が応にも心にずっしりとした重みを感じさせた。




***




……はず、だったのだけれど。




「………イナビカリ、修練場?」




聞きなれない単語に首を傾げる私に、豪炎寺は心なしかわくわくした声音で応じた。




「そうだ。この学校のサッカー部は昔“イナズマイレブン”と呼ばれていたそうなんだが、その人たちが当時昔使っていた施設らしくてな。雷門がこの間見つけたらしい」
(…………サッカー部が、使っていた練習場?)




私の耳がピクリと反応するが豪炎寺は気づかない。私はぼそりと問いかけた。





「………それって、サッカーできるトコなの?」
「?ああ。この学校の敷地内にあってな、いろいろ必殺技の練習ができるらしい」
「へえ…………室内?」
「、そりゃあ地下にあるからな………そういうことになるだろう」




首を傾げながらも私の疑問に答えてくれる豪炎寺に内心めちゃくちゃ感謝しつつも、質疑応答は続いていく。




「ちなみに、どこにあるか教えてくれたりする?」
「???別に構わないが………体育館の隣の木の群れに隠れててあんまり気づかれないんだが、そこの入り口があって、そこから地下に下りるんだ。そこにもう一つ扉があって、その扉を閉めてボタンを押せば、勝手に機械が作動してくれる。まあ、時間があらかじめ決められていて、その時間が終了するまで外には出られないんだがな」
「ふうん、そう……………その様子だと、もう豪炎寺は体験したの?」
「ああ!なかなか厳しいメニューだったが、それ以上に成果が期待できる練習だった。あれなら、次の相手である御影専農中ともやりあえるかもしれないな」
「……………なるほど、ねえ…………」




質問が終わり、打って変わって軽く俯きながら考えモードに移行してしまった私を、豪炎寺が若干不安そうに見守る。
そんな状況が数秒続いたのちに、耐えきれなくなった豪炎寺は問いかけた。




「……………神崎?今日様子がおかしくないか?具合でも悪いんじゃないか」




でも、そんなときでも彼の口から出てくるのは私を心配する言葉ばかりで。豪炎寺は本当に優しい人だな、と心の中でふと思う。しかし、今回の私は彼に心配してもらえるようなことは全く、これっぽっちもないのだ。本当に、申し訳ないことなのだけれども。
私はゆっくりと首を横に振ると、彼に向かって微笑みかける。




「………ううん、そんなことないよ。いたって元気。ふふ、心配してくれてありがとね、豪炎寺」
「そうか……?ならいいが……」




しかし私がそれだけ言っても、優しい豪炎寺はまだ私のことを心配してくれる。なので、有り難いとは思いながらもこれ以上心配をかけてしまわないように、私は少々悪戯っぽい笑みを浮かべて、人差し指を己の唇に押し当てた。




「もう豪炎寺ってば、そんなに心配しなくともほんとに大丈夫だって。――――ただ、いい考えが思いついちゃっただけだから、さ」




***




その日の夜。まあ多分、私が今居る場所は皆もお察しの通りだとは思う。




「んー……ここ、かな?」




小さめの懐中電灯で辺りを照らしながら、最近やっと完全に覚えた学校の地図を思い出しながら体育館の方へ向かった私は、おそらくは豪炎寺が言っていたものであろうドーム状の建物を発見した。余談だが、校門はちゃんと閉じられていたので、そこらの段差を使って思いっきり跳躍して校門を飛び越えて学校に入っていたりする。
所謂不法侵入というやつだが、バレなければ大丈夫、が私の信条だ。




建物に近づいてみる。
さすがにイナズマイレブンが活躍していたのは40年ほど前との話であったので、その建物もかなり年季が入っているようだ。鉄製のドアにはイナズママークが各ドアに大きくひとつずつ彫られている。ドアは自動開閉式らしく、横にあったスイッチを押すと、何やら不気味な音を立てながら開き始めた。ビンゴ、と小さく呟きながら私はドアの向こうへと進んでいく。
中は階段になっているらしく、地下へと続くその階段の先は真っ暗で何も見えない。懐中電灯で足元を照らして慎重に階段を下りていくと、階段の終わりにもう一つ扉があるのが確認できた。




「ここが修練場、か………」




扉を開けると自動的に電気がついて、辺りがどのようになっているかが把握できた。どうやら本当にいろいろな種類の特訓用の機械があるらしく、どれも見ていて飽きない。地下にあり、コンクリート製の分厚い扉を二つ挟むので、どうやら外に音が響くこともなさそうである。
さすがにこんな夜遅くに学校に忍び込んでいることがばれたらどうなるか分かったものではないので、そういう心配がないのは素直にうれしいことだった。
……しかし。




(………うーん、確かに面白そうではあるんだけれども………肝心のサッカーができるスペースは…………ない、な)




修練場内はなかなか広く面白そうだったので、機械を見たり触ったりしながら軽く一周してみたのだが、出てきた感想はこれだけだ。




(…………サッカーの練習というよりは、運動能力の根本的な強化が狙いなのか。んー、イプシロンの練習場みたいなもんかな。行ったことはないけど)




此処は広い。面白そうな機械もあるし、試したい気持ちがあるのも確かだ。……それでも、私がいま必要としているのはサッカーの練習場であって、肉体強化の機械ではない。溜息を吐きたい気持ちを必死でこらえたわたしは、もう少し探して回ることにして歩を進める。これだけ広い施設だ、他の練習用の部屋があっても可笑しくはない。
すると、どこかに扉でもないか、と探し続けて10分ほどが経過した頃。




(…………?ここ、不自然に切れ目が入ってる………?)




鉄製の頑丈な壁のある一部分に、不自然に真っ直ぐな線で切れ目が入ってるのを見つけた。他のところの壁には、小さな傷は結構ところどころにあるが、こんなに大きなものはなくて。上手くカモフラージュされているが、よくよく見るとその切れ目は折れ曲がって、丁度四角いドアの形をしている。試しにその四角の内側の壁に拳を軽くぶつけてやると、他の壁とは違った音が返って来た。これは――――当たりだ!
そうと分かったら居ても立っても居られないで、すぐにその壁に手をかけた。




(ぐ……お、重い………!でも、開けられないわけじゃない!)




全身全霊の力を込めて、前へ、前へと押し出していく。あまり腕力には自信がないが、すぐそこに目的地が見えているのだから、四の五の言ってはいられない。ゴゴゴ、と鈍い音が響いて、少しずつだが着実に扉が押し開けられていくのを見て、私は思わず口角を上げた。
数分の扉との格闘の後、完全に開ききった扉の向こうを見て、私は緩やかに笑みを浮かべて中へと入っていった。




「普通に試合もできそうなくらい大きなサッカー場だなあ…………。ネットも結構頑丈そうだし……ボールは……たしかゴールキーパー用のものがあったっけ。それ使お」




とても広いサッカーフィールドを歩き回り、今からでも使える状態か調べてから、ボールを持ってくるために先ほどの部屋へと戻る。
何故見つからないようにカモフラージュを掛けていたのか。それが気になるところだが、大方修練場は身体能力を上げるための施設だから、実際に使う人たち――――今の雷門サッカー部などに気づかれたくなかったのだろう、と勝手に自己完結しておいた。豪炎寺の話を聞いたところによるとかなりハードな練習メニューだったらしいので、もしこのサッカー場の存在に気づいたら、きっとその内の何人かはこっちに逃げ込むことだろう。
そんなことを考えていれば、サッカー場の部屋の入ってすぐの壁になにか機械が取り付けられているのが見えて、私は思わず立ち止まった。




「…………?ボタン………?なんか、さっきの修練場前の扉についていた機械に似ているような気はするけど」




時間のカウントが表示される画面と赤く四角いボタンがついている。これは、押せということなのだろうか。




「……ま、何でも試してみるのが醍醐味だよねえ」




せっかくなのでボタンを押してみた。
のだが、その後すぐにゴゴン!と強烈な音が背後から聞こえて、慌てて振り返る。そしてはっと私は息をのんだ。先ほどあれだけ頑張って開けた扉が、かっちりと綺麗に閉まっているのだ。




「あ、あんなに頑張って開けたのに………!!」




思わず出てきたのはそんな台詞である。これじゃあ帰るとき困るんじゃないかとかいう思考はとっくに蚊帳の外だ。
戸惑っている私に追い打ちをかけるように、上の方から何やらノイズ音が聞こえてくる。ふと上を見上げると、天井の四隅に取り付けられたスピーカーが機械音にも似た女性の声で喋り始めていた。




≪今から、訓練を開始します。挑戦者は、ボールを持って手前のゴールポストに立ちなさい≫




「………?」




訓練?なんだかよくわからないが、この部屋に閉じ込められてしまったのだからその声に従うしか道はない。横を見ると、カウントは既に始まっていた。あと残り、9987秒。
仕方なく指示通りにゴールポストに立つ。ボールは地面に置いて、ドリブルをできるようにしておけば、見計らったように次の指示が降ってきた。




≪それでは、開始します。LEVEL.1 飛んでくるものをすべてよけて相手側のゴールにシュートしなさい≫




…………飛んでくる、もの?
嫌な予感がふと頭の中に過ぎって冷や汗をかく。そしてその予感は、間違っていなかった。
またゴゴゴ、と何か移動する音が聞こえたと思ったら、突然横の壁から鉄球が飛び出してきたのだ!




(て、鉄球!?)




真っ直ぐ私の方へ向かってくるその鉄球を慌ててジャンプして避ける。どごん!!と音がした下方へ振り向くと、グラウンドが手のひらサイズの鉄球によって凹んでいた。




(う、うっそぉ………)




危なすぎでしょ、という間もなく次の攻撃がやってくる。とりあえず疑問は後回しにして、先ほど出された指示を達さなければならないらしい。両サイドから息つく間もなく次々と色んなものが飛んでくる。持ち前の反射神経で全ての居場所を一瞬で把握し、四方八方に避けていく。ギリギリのラインで、しかし身体にかすりもしないように、華麗に。
地面に足が着いた瞬間を狙って私は大きくボールを蹴った。目の前を横切る分厚い本を頭を少し下に下げることで回避して、前でバウンドするボールに追いつき、またボールを蹴って。そうやって危ないながらも着実にドリブルを続けていく。



しかし、大きいものになると丸太や石板なども飛んでくるので、本当に油断ならない。サッカーフィールドはこうしてみると本当に広くて…………なにより、ゴールが遠かった。後ろを振り返る余裕は微塵もないけれど、きっとフィールドはぐちゃぐちゃだろう。砂なんてほとんどないはずなのに、ものが落ちてくる拍子に砂塵が巻き起こって景色が白ばんでいた。




(………っ、よし!ここからなら、届く!!)




相手のゴールポスト前まで上がってきて、ようやくまともにゴールが見えた………が、生憎とゴール前には大きなブロック塀が深々と刺さっていた。普通にシュートを打ったのでは、弾き返されてしまうのが容易に想像できる。この状況の中、一度ボールを手元から離せば、目的達成は絶望的だ。一度で決めるしか道はない。横からは変わらず物が降ってくる状況にどうしたものかと考えるも、結局のところ道は一つで。私は飛んできたコンクリートブロックをジャンプで回避すると横から飛んでくるものが辿る道を予測して、ルートを定める。そして、蹴った。




私が蹴ったボールは緩やかにカーブし、なんとかブロック塀を回避した。一瞬だが計算した甲斐もあって、そのボールは飛んでくる鉄の棒すらも避けてーーーー次の瞬間、パシュッという気持ちのいい音を立ててあっけなくゴールへと突き刺さる。
それを感知したのか、部屋全体に響き渡るビーッというブザー音。最後の足掻きだと言うかのように飛んできた鉄球を、今度はしゃがみ込むことで回避してから横をみると、先ほどからずっと横の壁から出ていたいろんなものが、ゴゴゴという音とともに壁の中に隠されていくのがわかった。




≪LEVEL.1はクリアされました。所要時間、7分31秒≫




「っはぁー、つ、疲れたあ…………」




その音声にようやく終わったのかと安心すれば、途端に疲れがどっと押し寄せる。 肩で息をしながらやっとの事でそんな言葉をこぼした私は、ふらふらとその場に倒れこんだ。ドリブルしているときには押さえ込んでいた分まで酸素を欲しがった身体に逆らわず、息を吸う。しかしそれでも足りなくて、はっはっ、と激しい息遣いで身体を落ち着けようとする。




≪これより、グラウンドの整備を始めます。フィールド内にいる者は速やかに退避しなさい≫




しかし、倒れこんですぐにまた女性の声。またもや嫌な予感がした私は早々に立ち上がってすぐにグラウンドの外へ出た。
すると。




「…………うっわー、これは………やばいなあ」




再び室内に響き渡るどっちゃんがっちゃんと物が一杯動く音。
騒がしさに吃驚して振り返った私に言えることはこれだけである。もう呆れも通り越してただただ遠い目でその光景を見つめるしかない。ちょっとすごすぎるので説明は省かせてもらうが…………いや、とりあえずこれはやばい。




が、コメントを続けるのももう限界で、私は今度こそ思いっきり仰向けに寝転んだ。大きく息を吸って、吐いて。深呼吸を繰り返す。
まさかあんな仕掛けになっているとは誰も思わないだろう。
普段こんなに息がきれることなんて滅多にないはずなのにーーーー久しぶりにこんなに焦って、動いた。




「…………これは、扉で閉じてて正解だなあ……………」




あんなの、急に出されたら、他の人は一体どうなってしまうか。
雷門イレブンは多分数秒で全員即死だな、なんてバレたらすごく怒られそうなことをぼーっと考える。そもそも、もしこれを複数人でやれば何処かで必ず仲間同士での衝突が起きるだろう。そうなったらその一瞬の隙を狙われて、双方が大怪我。それに気をとられた他の仲間も一緒にドボン、ということはすぐに想像がつくわけで。
とにかく、私が出るときには彼らにバレないようきっちり閉じなければならない、と考えるのもある意味当然のことだった。




とまあそんなことを考えていれば、5分後にはすっかり元通りである。あれが本当に40年前の技術なのか甚だしく疑問だが、もうそんなことを考えても仕方ないと私は思考を放棄した。




「…………でも、まだ10分ちょいしか経ってないのか………」




カウンターを見ると、まだ8500秒以上も残っている。ざっと計算して、あと残り2時間半というところか。確か豪炎寺に聞いた話ではこの修練場はカウントが終わるまでは誰も外に出ることができないらしいし、結局のところ、私が修練場を出るのはまだまだ先のことであるらしかった。




(……ま、5分休んで結構落ち着いたし。体力的にはまだまだ全然よゆーだね)




私は寝転ぶことに名残惜しさを感じながらも体を起こし立ち上がると、その場で軽いストレッチを行い始めた。
先程は急な訓練でいつもよりかなりスタミナ等諸々を消耗してしまったために思わず倒れ込んでしまったけれど。そもそも、急な運動の後すぐに休むのは禁止事項/タブーの一つだ。スポーツをやっている人ならば、皆クールダウンの重要性はよく分かっているのではないだろうか。
急な運動した後に急に身体を休ませると、身体に余計な負担がかかり、かえって疲労感が増してしまう。そのため、休む前には少し歩いたり、ストレッチするのを挟んだ方が疲れをとることができるのである。




軽いストレッチが大方終わったころに、再び室内にアナウンスが流れだした。




≪これから、訓練を再開します。挑戦者は、ボールを持って手前のゴールポストに立ちなさい≫




「再開、ねえ………まだまだ続きそうだな、これは」




一人暢気にそう呟く。でも、先ほどまでの焦りは、もう自分の中には全くと言っていいほど存在していなかった。何故なら――――




「次は、どんなんが来るんだろ。…………楽しみ」




――――何故なら、その訓練は既に、私の中で楽しみの一つへと変わっていたからだ。




久しぶりに行うサッカーが、こんなに刺激的なものになるだなんて全く思ってもみなかった。こんなにわくわくするものだなんて、全く考えもしなかった。どれだけ、続きがあるんだろう。私はどれだけ、この機械相手に踏ん張ることができるのだろう。
そんな好奇心はどれだけ探っても尽きることはなくて、私は笑みを浮かべることを抑えることができない。





先程使ったボールをゴールの中から拾い上げ、先程と同じ位置につく。ボールを置き、気合を入れるためにポニーテールにしている髪を今一度きつく縛ってやれば、準備はもう万端だ。




≪それでは、開始します。LEVEL.2 制限時間内に、飛んでくるものをすべてよけ、相手側のゴールにボレーシュートで得点しなさい≫




(LEVEL2とは思えないくらい難しそうだけど………相手にとって不足はない!)




ゴゴゴ、とすでに聞き馴れ始めているその音を聞きながら構えた私はとん、とボールに足を掛ける。
そうして飛んできた電柱をボールを伴いながらも淀みない動作で避けた私は、さらなる高みを目指すため、相手側のゴールをめがけて一目散に走りだしたのだった。




***




その翌日の、四時間目のチャイムが鳴った頃。
担任で国語の教師である竹本先生がおざなりな挨拶で授業を終わらせたのを聞いた後すぐ、豪炎寺は後ろを振り返った。
綺麗な碧の髪を留める彼女のトレードマークである紫色のリボンは、今日もふわふわと揺れている。しかし、その持ち主である彼女の顔は、いつもとは違い碧い髪に隠されていて全く見えない。しかしそれも当然というもので、彼女は今突っ伏して眠っているのである。




「……おい、神崎。起きろ、昼だぞ」




声を掛けるが、応答はない。微かに穏やかな寝息が聞こえるが、それだけだ。どうやら彼女はかなり熟睡しているらしい。
起こした方がいいのはそうだが、どうやって起こせばいいのか、などとどうするか考えあぐねているところに、お弁当を片手に木野がやってくる。いつも神崎は自分や木野、円堂などの特定の仲の良い人としか昼食をともにしないので、いつも通り神崎の席で食べようと思ったのだろう。秋は完全に突っ伏している様子の神崎をみると少し驚いた顔をして、豪炎寺に話しかけた。




「葵ちゃん、寝てるね……珍しい」
「ああ。いつもは授業で寝ることなんてないのにな。今日の授業はこの4時間ほとんどこの状態だ。さっき声を掛けたが起きないんだが、どうしたらいいのか」
「うーん………でも、早くしないと昼休み終わっちゃうし、起こしちゃおっか。葵ちゃん、お昼だよ!早く起きてご飯一緒に食べよう?」




流石にこのまま起こさないでいれば神崎が昼食を食べ損ねるだろうと推測した木野はすぐさま神崎を起こしにかかる。自分はしなかったが、木野はちょんちょんと彼女のほっぺをつついたりしている。しかし、それでも彼女は目を覚ますことがなかった。




「んん………」
「あらら………ここまでしても起きないなんて……葵ちゃん、よっぽど眠かったのね」
「……神崎、昨日すごく楽しいことがあったらしい。朝も眠そうにしていた」
「………じゃあ、今日は寝かしておいてあげるべきかもね。ね、豪炎寺君、見て」
「……?」
「葵ちゃん。すっごく幸せそうな顔してる。なんだか、こんなに穏やかな寝顔なのに起こしてあげるのはもったいないよ」
「…………」




木野が柔らかな笑みを浮かべて見やるその視線の向こうには、先ほど寝返りを打って現れた彼女の寝顔が見える。穏やかな寝息を立てながら、口元はほんのちいさくだが笑みさえも浮かべていて。
木野の言う通り、そんな様子の彼女を起こしてしまうのは少し申し訳なかった。




「………なら、今日は二人で食べちゃおっか。お腹も空いたらきっと自然と起き出してくるだろうし」
「……そう、だな」




にこりと笑ってそう提案してくる秋に豪炎寺はこくりと頷く。
秋が豪炎寺の机にお弁当を置いて椅子を他の場所から借りてくるのを待ちながらふと碧の方を見やれば、彼女は眠りながらも幸せそうにはにかんでおり。豪炎寺は起こさないようにそっと彼女の頭を撫でなでる。
ほんの少し気持ちよさそうにすり、と神崎が手に擦り寄ってくるのを手のひらで感じた彼は、微かに、でも確かに。自身の鼓動が少し早鐘を打っていることを感じていた。




幸せな気分に浸っている神崎が、「この学校には碧い髪の幽霊が出る」「幽霊が地下で大暴れしている」という噂が学校七不思議のひとつとして広まっていることを聞くのは、もう少し日が経ってからのことである。






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