第6章 対照的なエースストライカー



雷門中には、最終下校時刻というものがある。
その時間を過ぎたら、生徒は全員、強制的に学校から追い出されるというものだ。延刻を取っている部活はその後も活動できるが、それ以外の生徒が学校に居残ることは校則として禁止されている。延刻届、というものを生徒会に出していない部活も、勿論その時刻には切り上げて、最終下校時刻のチャイムが鳴る頃には確実に学校を出ておかなければならない。チャイムまでに学校を出ていなければ、部活全体で罰則を受けることもあるからだ。
例えば、3日間の休部とか、学校全体の掃除をやらされたりだとか。





「……あ、豪炎寺。意外と早かったね」
「今日は話し合いが主だったからな。……すまない、待たせたか?」
「ううん、別に待ってないよ。さ、帰ろ」





最終下校時刻間際。
授業中に交わした約束通り、校門で壁に寄りかかって豪炎寺がやってくるのを待っていた私は、サッカー部室のある方から歩いてきた彼を見つけて微笑んだ。近くまで来て、見えたのだろう私の笑みに彼もそっと口角を上げると、当然のように私の隣に並ぶ。





「どうだった、サッカー部は?」





そんな彼との丁度良い距離感にまた笑みをこぼすと、私と豪炎寺は二人並んで歩き始めた。この数日間のうちにまた新たに分かったことなのだが、どうやら彼の家(というか住んでいるマンション)は私の住んでいるアパートとだいぶ近いらしい。そのこともあり、豪炎寺と登下校を共にすることが多くなった。彼とは特に仲も良いし、夕香ちゃんのところへお見舞いに行くのも勿論一緒なので、最近は彼と一緒にいる時間がすごく多い。
最近はサッカー部も積極的に活動をし始めているので、これ以上彼と一緒にいると色々危ないのではないのかとは思う。けれど、彼と一緒にいる時間というのはとても心地が良くて、彼のことを蔑ろにしようとはどうしても思えなかった。とりあえずはまだ大丈夫だろうと心の中で決めつけて、自分が彼と行動しているのを許している。





「………なんというか、賑やかな部活だったよ」





彼はどこか楽しそうな表情でそう呟くと、私に今日あったことを色々話してくれた。染岡がこちらのことを認めようとしないので、ついつい挑発してしまったこと。一年部員が自分の加入にとても喜んでいたが、染岡に睨まれてびくびくしていたこと。マネージャーから聞いた尾刈斗中の話に、部員全員が恐怖でぶるぶると震えていたこと。前に豪炎寺が居たサッカー部では、そんな賑やかさはほとんどなかったらしく、とても新鮮だったと話してくれた。





「なんていうか……嬉しそうだね、豪炎寺」
「……そうか?」
「うん。なんだか、前のサッカーのことで悩んでいた頃と比べると、ちょっとだけ雰囲気が明るくなった」





豪炎寺の顔を見つめる。
そう、なんだか私の中での豪炎寺の印象が少し変わった。前までは何かを押し殺したような表情をすることがあったけれど、それがなくなったような気がする。表情が――――すっきりした、とでも言うのだろうか。前より、話しかけやすい雰囲気を纏うようになったというか、なんというか。それは、私が豪炎寺と仲良くなったからなのかもしれない。けれども、それでもやはり豪炎寺の“何か”が変わったような気がする。
じっと見つめられて恥ずかしくなったのか、豪炎寺は仄かに赤くなった頬を隠すようにふいっと顔を逸らし、ぽつりと一言。





「……神崎も、一緒にサッカーをやれたら……もっと楽しくなる………のに、な」





――――え。





信じられない言葉を聞いて、思わず立ち止まって豪炎寺の方を見るけれど。その時には既に、彼は完全に私から顔を背けていて、今彼がどんな表情をしているのか分からない。
でも、その言葉はとても心の奥深くに響く。なんだか豪炎寺に、やっと本当の友達として認められた気分になった。





「す、すまない、今のは失言だったか……、?」





私が黙っているのを勘違いして、慌てて前言撤回をとこちらを振り向き言葉を重ねようとした豪炎寺だったが、違和感に気づいたらしく、すっと口を閉じて疑問符を浮かべる。それも当然で、彼が怒っていると思って見た私の顔は、ただただ驚きであふれているからだ。





「……神崎?」
「……、ううん、何でもない」





少し心配そうな表情をして私の名前を呼ぶ彼にハッとなって、すぐさま何でもないのだとふるふると首を横に振る。
しかしそれでもまだ不安げな面影を残したその表情に、私は安心させるように穏やかな微笑を彼に向けた。





「ほんと、何でもないの。気にしないで」
「………?ああ」
「さ、行こっか」





さっきとは打って変わって明るい表情をして、立ち止まっていた足を再び動かし始めると、私が先ほどの言葉に怒ったり、落ち込んだりしていないことをやっと信じたらしい豪炎寺が、慌ててまた私の隣に並ぼうとする。それを見ていると先程の豪炎寺の言葉が脳内で思い起こされて――――





「……ふふっ」





思わず、苦笑が漏れた。





第6章 対照的なエースストライカー





――――さて。





練習試合前日の、夜。あるアパートの一室。狭いリビングにある椅子に腰掛けて、私はテーブルの上に置いてある携帯電話と睨めっこしていた。





(……どうしようか………)





その携帯の液晶画面に映る内容を見て、顔を顰める。内容はこうだ。





―――――――――――――――――――――――――――――
DATE XX/XX 22:14
FROM 豪炎寺修也
Sub 明日の練習試合
―――――――――――――――――――――――――――――
神崎はもう知っているかもしれないが、明日は練習試合があるんだ。
もし良かったら、見に来てくれないか?

俺、夕香が事故に遭ってから、ほとんどサッカーをしてなかったんだ。
まだいつもの調子に戻らないし、神崎にちょっとしたものでもいいからアド
バイスを貰いたいんだが……

強制じゃないし、嫌だったら遠慮なく断ってくれ。
返信、よろしくな。
―――――――――――――――――――――――――――――





(嫌、ではないんだけれども……)





思わず溜息がこぼれる。私としても、豪炎寺が誘ってきてくれるなんて初めてなのだし、せっかくだから行けることなら行きたい、が。





(やっぱり、ちょっとなあ……)





これ以上サッカー部と関わりを深めるのも危ないんじゃないか、と思っているのも確かだ。これはただの警戒のし過ぎで、もしかすると今は危なくはないのかもしれない。エージェント達が、まさか雷門中のサッカー部に目をつけているなんてないだろうし、こんな辺鄙な町を調べる理由もないはず。もし私が昔住んでいた場所だから調べることになっていたとしても、それなら既に調査は済んでここから離れているだろう。なにせ、私が父さんの元から逃げたのはもう2年以上も前のことなのだから。
しかし、それでも不安は残る。私が此処に帰ってくる可能性を考えてエージェントを待機させているかも、だとか。サッカーで昔有名だったらしい豪炎寺と一緒にいれば、いつか噂でバレる可能性もあるんじゃないか、とか。





――――帝国学園の総帥から、目を付けられている、だとか。





「総帥がお前に目を付けている。気をつけろ」






帝国サッカー部のキャプテンの言葉が脳内に蘇る。
あの時、私は目立ってしまった。帝国サッカー部を凌駕して、必殺技まで使ってしまって。帝国学園の総帥に目を付けられてしまうのも、ある意味当然のことなのかもしれない。一緒に試合に加勢したのがあの豪炎寺なのだから、なおさら。





(……でも、やっぱり、断りきれないなあ……)





断りきれない、というのは些か語弊がある。詳しく言えば、私が、私の本心が断りたくないと言っているのだ。
雷門中に来てから、一番仲良くなったのは確実に豪炎寺だった。同時に転校してきたのがきっかけで、席が前後同士でちょっと仲良くなって、一緒にサッカー部を助けて。夕香ちゃんのことも彼が自分から望んで教えてくれて。今では率先して登下校を共にする相手でもある豪炎寺からの、初めてのお誘い。





試合についてのアドバイスなんてものはとてもできそうにないし、やりたくもないけれど――――
それでも、やっぱり彼は私の大事な友達だから。





(試合をただ見るだけ。試合前に話しかけたり試合中に何か気になることを言ったり、そんなことはせずに、ただ見るだけなら……)





絶対に目立つような真似はしてはいけない、としっかり心に刻む。
豪炎寺や守、秋、サッカー部の皆と一緒にこれからも過ごしていくのならば、それは守らなければならない事項だから。だから、それだけは絶対に守るから……エージェントなんかに見つからないように、こっそり試合を観に行こう。
私は小さく心の中でそう呟くと、豪炎寺へ返事を返すためにそっと携帯を手にとった。





***





翌日。
試合の当事者である豪炎寺や守達は早めに学校へ行く必要があるので、今回は一緒に行くことはしない(とは言っても、彼らと部活関連で共に登校したことなど一度もないが)。
というわけで、試合の前半途中にでも顔を出してやろうと思っていた私は、いつもより少し遅目の朝食を摂ると、クローゼットの中に少し乱雑にしまわれていたものから適当に私服を選んで、最低限必要なものをポケットに突っ込んでアパートから出た。



アパートを出て10分とかからないうちに雷門中に着いて、その校門をくぐる。すると、校門から見て目の前にあるグラウンドで、たった今行われている雷門中と尾刈斗中の案外白熱している試合が見えて、思わず「やってるなあ」なんて気ままな感想が浮かぶ。
平和だなあ、と私は自分の思考に苦笑すると、そのままふっと視線を横にずらして、そうすればグラウンドの周りに意外と集まっているギャラリーが見えて――――





「………え?」
「……あ」
「ん?」





そのまま視界に入った帝国学園のキャプテン様と副キャプテン様に焦点を合わせて、思わず素っ頓狂な声が出た。私の声に反応してこちらを向いた彼らもまた、私の顔を見てかちりと表情を凍らせる。
お互いに先日の試合のことを思い出して、驚きに固まる私と、彼ら。





「……こ、こいつ、この前の……っ!」





数秒の硬直の後、最初に行動を起こしたのは、眼帯を付けた副キャプテンの方だった。
確か彼のポジションは……FWだっただろうか。この間の試合の時、私がボールを受け取って一番最初に抜かしたのが彼だったので、彼のことは薄っすらと記憶に残っている。いきなりすごい形相で指を突きつけられたので、とりあえず「……ども」と恐る恐る声をかけることにした。
しかし、彼の方はそれを快く思ってはくれなかったようで。どうやら、この間の試合を大分根に持ってくれているらしい。






「おいお前、こんなところでなにを……っ」





今すぐにでも掴みかかってきそうな勢いだったので思わず一歩引く。そして半ば宥めるように「いや、普通に試合観戦を……」と言おうとしたところで、





「まあ待て、佐久間」





帝国キャプテンが副キャプテンを止めた。





「で、でも鬼道さん……!こいつ!」
「こんなところで問題を起こして奴らに気付かれても困るだろう。あんまり俺たちは目立つべきじゃないんだ、とりあえず落ち着け、佐久間」
「………はい」





まあ彼らがこんなところにいる理由なんて雷門中の様子見か偵察くらいしかないだろう。どちらにしろ余り目立つといけないのも確かだ。佐久間と呼ばれた副キャプテンは帝国キャプテン――――もとい鬼道に宥められて、仕方がなさそうに声のトーンを落とした。





「……で、サッカー全国一の帝国のキャプテン様はどういう理由でここへ?こんな弱小サッカー部の試合、見ていてもあまり面白く無いと思うけど」
「お前、鬼道さんにそんな言い方……!」
「佐久間、そう怒るな。……俺達はただ、様子を見に来ただけだ。雷門にはあの豪炎寺修也もいるし、今の実力がどれほどのものか確かめたかっただけなのだがな」
「………そう」





佐久間を右手で制しながらそう言う鬼道に、嘘を吐いている様子は見受けられない。
もしかしたら鬼道は嘘を吐くのがとても上手いのかもしれないが、そんなことまで一々気にしてもいられないだろう。私はとりあえずその説明に納得して、一度こくりと頷いた。それを見た鬼道も私に敵愾心が無いことを分かったのか、とりあえず警戒(という名の威嚇)はやめたようだった。





「……あ、そうだ、試合は今どうなってるの?」
「ちょうど尾刈斗中が雷門と同点に追いついたところだ。どうやら、『呪い』とやらのせいで、雷門中のメンバーは身動きが取れないらしい」
「……そんな、呪いって。それはまた非科学的なことこの上ないというかなんというか……」
「俺もそうは思うがな、ほら、あれ見てみろ」
「え――――……えええ………」





鬼道の指さしたその先。
彼から視線をはずしてそちらを見てみれば――――それはもう、見事としか言いようがないほどに不自然な動作で固まっている雷門イレブンと、その脇をするりと抜けていく尾刈斗中のメンバーが居た。彼らは、足が動かせず必死にもがいている雷門のDFを軽々と抜き去ると、やはり身動きができずに歯痒そうにしている守にニタリと笑みを見せつけて、軽いシュートを放つ。





ピー――ッ!





しかしやはり動けないために、子供でも止められそうな軽いシュートも取ることもできず、守はあっさり追加点を許してしまった。そして、それを見て思わず絶句する私。





「呪いで動けないサッカーって……それってホントにサッカー……?」





思わずそうポツリと呟くと、呆れたように鬼道や佐久間も同意を示した。





「まあ、あれはよく見てれば仕掛けも分かりやすいからな。仕掛けのわかったあれは、もう呪いとは言わないし」
「……仕掛け、ねえ……」





その台詞を言うということはつまり、鬼道は既にその仕掛けの正体も分かっているわけだ。
まあやはり全国一と謳われる帝国学園のキャプテンなだけあって、洞察力も優れているんだろうなあと考えたところで、





ピピ―――ッ!





前半の終わりを告げる笛が鳴った。





「今から10分のインターバルか……ねえ、鬼道。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「この前の帝国学園の試合の時のこと。……貴方達の、総帥について」





時間があるなら丁度いい、と私は鬼道に話を切り出す。“総帥”という言葉を出したときに、隣の佐久間からまた鋭い睨みが返ってきたが、この際無視することにした。静かに腕を組み話を聞いていた鬼道は、私がいったん言葉を切るとそのまま口を開く。





「――――前に言った言葉のことか?……ならば、その言葉はそのままの意味で受け取るといい、と答えておこう」
「……私にあんな事言って、本当に良かったの?」





帝国学園のキャプテンともあろう方が、と続ければ、彼は少し動揺した様子を見せる。が、その動揺はすぐにいつもの挑戦的な笑みに隠れて見えなくなってしまった。





「俺としても、あまり他人を無造作に傷つけるのは快く思えないものでね。……まあ、そのことは他言無用だぞ」
「ふーん、そう。……根っからの悪い人な訳ではないんだね」
「お前の予想とは違うようで残念だろうが、な」





相変わらず皮肉を吐いてくる鬼道に適当に相槌を打つ。とその時、ホイッスルが鳴った。インターバルの終了。後半戦開始の合図だ。
雷門イレブンに目を向けると、彼らは丁度グラウンドへ出て行くところで。帝国戦の時のような傷跡などは全くなさそうだが、あまり状況は芳しくないらしく、彼らの表情は固い。それに対し、相手のメンバーの表情は如何にも余裕綽々といった感じで、どうにも劣勢であることは明白だ。





「……ホント、頑張ってよね。雷門サッカー部」





思わず漏れた独り言に、鬼道がくつくつと笑いを押し殺す。それをつんとした態度で受け流しながら、尾刈斗中からのキックオフで再開した試合に目をやった。





***





――――なるほど。催眠術、か?





後半戦が開始してしばらく。尾刈斗中の切り札であるそれ――――雷門をはじめとした数多の選手の動きを止めた戦術、らしきもの――――を二度注意深く見た私は、少し思案した後にそう結論付けた。
そしてその結論を裏付けるために、もう一度集中して相手――――ひいては相手の“監督”の様子を観察する。





(……うん、やっぱりあの監督が原因だ)





そうしてやはり、と心の中で一つ頷く。元々、一度目にその技を見たときからかなり疑問要素だったのだ。普通に考えて、試合中の、しかも必殺技の最中だけ監督が呪いのような言葉を掛け続けるだなんて。
鬼道や佐久間等、既に気づいている奴らはまあ別としても、観戦客や雷門イレブンは何故気づかないのだろうか。あの豪炎寺も気づいていないというのは、私としては驚きの一言だった。しかし、そういえば彼にとっては雷門サッカー部に入って初めての試合だから、案外彼も緊張しているのかもしれない。まあ、それはいいのだけれど。





「――――お前は気づいたか」





相手の戦術を理解したことで表情が緩んだのか。私の表情の変化にいち早く気づいて声を掛けてきたのだろう鬼道の台詞には僅かに感心した声音が交じっている。彼の問いに私はこくりと小さく頷いて、一瞬鬼道の方に目を向けた。……が、すぐに試合に視線を戻す。





「……あれで気づかない方が可笑しい、かな。サッカーに通じる人じゃなくても、あんなに露骨に監督がぶつぶつ言ってたら、誰でも自然と目がいくよ。……雷門の人たちはまだ、気づいていないみたいだけど」
「あいつ等はまだ素人だからな。初めての練習試合で緊張して、それどころではないのだろう」
「だろうね」





鬼道の言葉に肯定の意を示す。雷門サッカー部が本格的に練習を開始したのはたった一週間前なのだ。
まだサッカーへの観察眼が少しも育っていない彼らに、尾刈斗中の攻略法――――それでなくとも戦術を見破ることは、至極困難なことだろう。
……と思っていたのだけれど。私の予想は、僅か数分後に破られることとなった。





「ゴロゴロゴロゴロ、どっかーんっっ!!」





それが起こったのは、後半が始まってから10分近くが経過した頃だった。後半に入って初めての、尾刈斗中のシュートチャンス。
キャプテンが前回と同じように手を振り上げ、それに伴い尾刈斗中の監督が徐々に催眠術だろうと思われる言葉ブツブツとつぶやき始めたのだが、その時。守が、先ほどの言葉を思いっきり叫んだのだった。それは本当に一瞬のことで。予想だにしない状況に、皆が驚いた顔で皆が守を見つめる中、彼はかろうじてシュートを弾き返したのだ。
――――そう、催眠術で動かないはずの足を最大限に動かして。





(……なるほど、声で打ち消したのか。……あの、催眠術を)





恐らく誰かが――――とは言っても十中八九豪炎寺なのだろうが――――催眠術のからくりに気付き、それを守に教えたのだろう。しかし、守がすぐに具体的な対策法を思いつくわけもない(別に守がバカだからとかいう理由ではない。決してない)。とりあえず原因である監督の声さえ聞かなければ、催眠術にかかることもないだろうから。
そんなことを考えていた私は、実は守が自ら催眠術のからくりに気づいたなどということをまったく知らなかったのだった。





***





「………」
「……神崎、もう帰るのか?」





雷門が巻き返し始めた試合を一瞥した私がグラウンドに背を向けたのを見て、鬼道がわざわざ話しかけてくる。私が帰ろうとしている理由なんてどうせわかっているくせに、一々聞いてこなくてもいいと思うのだけれど。ちなみに今の雷門中は、染岡と豪炎寺の合体技のおかげで、尾刈斗中との点数差を僅か一点差にまで追い上げてきていた。
私は鬼道をちらりと見やると、ぼそりと呟く。





「もうこの試合の結末は見えたから。これ以上見ても、ただの時間の無駄でしょ」
「……そうだな」
「じゃあ、私はこれで。機会があれば、また会いましょう」
「……いや、待て。佐久間、俺たちも帰るぞ」
「え」
「あ、はい!」





予想外の言葉に固まった私を差し置いて、佐久間に了承(という名の命令)を得ると、鬼道は心なしか嫌な笑みを浮かべてこちらの隣に並んだ。





「どうした?帰るんだろう、さっさと行くぞ」
「………はぁ」





色々突っ込みたかったけれど、もう帰る気が万端な彼らを見ている言う気もすぐに失せてしまって。私は溜息を一つ吐くと、さっさと帰るために歩き出す。彼らは私の沈鬱な雰囲気をもろともせずに、とことことこちらに着いてくる。
……というか。





「私、今から自分の家に帰るんだけど。あんたたちは駅の方に向かうんじゃないの」
「いや、俺たちはどうせ迎えの車を呼ぶからな。どうせだし、家まで送っていく。佐久間もそれでいいな?」
「え、別に送ってもらわなくていいんだけど」「はい、鬼道さんがそうおっしゃるなら」





佐久間と声が被ってしまった私だったけれど、何故か内容は真逆である。
私のことを嫌がっているんだからこういうときくらい鬼道に反対してくれよ、と思いながら佐久間を睨み付けると、やっぱりそれが気に障ったのか彼も負けじと睨み返す。じりじりと数秒間睨みあったけれど、耐えきれなくなった鬼道が、「俺を挟んで喧嘩するな。神崎に拒否権はない、ほら行くぞ」と言って、私の家がある方に道を曲がった。





「ちょ、私の家の場所知ってるの?」
「……ああ、少し気になってな」
「……うっわあ……女子の家を調べるとか、悪趣味ー……」
「勝手に言っていろ」






さすがに家の場所まで知られている、ということにドン引きした私はジト目で彼を見やったが、当の本人はさすがにやりすぎだという自覚があるのか、居心地の悪そうな表情で視線を背けている。佐久間も調べるという行為には賛成をしていないらしく、同様だ。






「……なに、もしかして君たちの総帥さんが調べろって言ってたとか?」
「「………」」
「無言は肯定とみなすけど。……まあ、それは別に怒ってるわけじゃないから、いいんだけどさ」
「怒って、ないのか?」
「そりゃあ、確かに住所を調べられるなんてすっごい不快だけど。君たちは実はそんな悪い人じゃないって、まあ少しは分かったから、ね」
「そうか……」
「でも、今度こんな真似したら、次はただじゃ済まさないから、そのつもりでいて」





こくり、二人ともが頷いたのを見て「ならよし」と言ったところで、丁度私の住んでいるアパートに着く。私が立ち止まったので、彼らもその拍子に立ち止まり、少し年季の入っている二階建てのアパートを見上げれば、なんだか少し驚いたような顔をした。





「お前、こんなところに住んでいるのか?」
「こんなところとは失礼な。でも、うん。そうだよ、此処に住んでる」
「……、しかしこんな小さい部屋では、一人で暮らすのがげんか――――」
「これ以上の詮索は、なしよ」





鬼道の言葉を遮って、私ははっきりと言う。
その言葉に有無を言わさない迫力があることが分かったのだろう、賢い彼はすぐに詮索をやめ、口元をゆっくりと真一文字に引き結んで、諦めて一つ頷いた。それを見た私はもう教えることは何もないのだと言うように、彼らを置いて部屋へと足を進める。
しんと静まった約数秒。やけに沈鬱な雰囲気でこちらに目を向ける鬼道に耐えきれなくなって、振り返った私は言った。





「私の家まで来るのはもう二度とやめて。……でもまあ、もしまた雷門中と当たることがあったら、見に行くぐらいはしてやっても、いいかもね」
「……は?って、おい、待て……!」
「じゃあね、帝国のキャプテンと、そのお付きさん」





鬼道が慌てて呼び止めようとするが、知ったことか。
ほんの意趣返しが成功して、微かに緩んだ頬を見せないようにすぐさま踵を返した私は、独りきりの家へと帰って行った。





(帝国学園の奴ら)
(あいつらは本当に敵なのだろうか)






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