第3章 帝国学園来る!



守は順調に部員を集めていった。
意外とサッカー部に興味がある人も居たみたいで、日が経つごとに嬉しそうにする守がよく見られる。それは幼馴染である自分にとっても嬉しいことで、関わってはいけないと言うことをわかってはいても、それでも喜びは心の内で沸いた。



それに加えて、秋に聞くところによると、ついこの前まではあんなにやる気がなかった部員たちは、改心して練習に励むようになったらしい。
確かに、この一週間は帰り道に河川敷や鉄塔を通るとよく彼らが守と共に無茶な特訓をしている様子も何度か見えたけれど。
そこまで張り切っているとは思っていなくて驚きに目を見開く。
そして秋はそのことを私に話す度に、きらきらと目を輝かすのだ。



「うん、これこそ、サッカー部って感じ……!」



昼休みになるとお弁当を持ってきた彼女は何度もこの台詞を呟いて感激していた。
それを見て「ああ、前までは本当に部活の状態が酷かったんだろうなあ」と思いながら、あいまいに笑う。
でも、秋の輝いた表情を見るのは実はなんだかんだ言っても楽しかったりして。
そんな風に過ごしていたら、一週間は光の速さで過ぎていった。



第3章 帝国学園来る!



あっという間に過ぎていった一週間。
今日はとうとう帝国学園が練習試合をするために雷門中へやってくる日だ。
試合の始まる30分前に学校に着いた私は、一足先にとグラウンドを一番見やすい場所を探し、誰も近くにいない木を見つけると、その木の下――――影になっているところに腰を下ろし、アップを開始しているサッカー部の連中に目を向けた。



「コンディションは……丁度いいみたいだね」



入念にストレッチをしている彼らの動きはぎこちない。
だが、きっとあのぎこちなさは緊張をしているという理由ももちろんあるのだろうが、ただ単にストレッチをすることに慣れていないからだろう。
元々運動部であるという水色の髪の人は落ち着いた様子でストレッチを続けているみたいであるし。



昨日話していた守の口ぶりではどうやらサッカー部員は助っ人含めて11人丁度揃ったようで、彼の様子は全国一の学校との練習試合を迎えるにしては比較的明るい。
練習をしたり無いと言う多少(?)の不安はあるものの、特段暗い気分でもない様子で今日という日を迎えているようだった。



「……それに……」



そう呟きながらグラウンドの周りの芝生を見渡す。
普通の公立中学である雷門中にとって、全国一のチームが来るなど年に数回もないらしく、休日だというのに制服姿の生徒はちらほらと目に入る。こんなことは滅多にないのだろう、珍しい物を見ているかのように帝国学園のチームを凝視している姿も何人かあった。



――――そして、その全国一と謳われる帝国学園のサッカー部。



「趣味の悪い車でぞろぞろと来て……ほんと、何しようとしているんだか」



学校の前に停めてあったあの大きくて黒い車。
帝国学園のシンボルがでかでかと描かれてあったそれは、端から見ればとんだ迷惑だ。
あそこにきっと彼らの監督が乗っているのだろうが、しかし趣味が悪い。
私が学校に来るまでに既に着いていたらしい帝国のメンバーは、今いかにも強そうな雰囲気を醸し出しながら準備運動をしている。
口の端に厭らしい笑みを刻んでいる彼らは私の癇に障った。
何もする気はないけれど、そちらを視界に収めた瞬間に、嫌が応でも睨み付けてしまう。
でも、帝国のメンバーが準備運動後に各々で始めたシュート練習やディフェンスはそんじょそこらのプレイヤーとは格が違う。
その力強いシュートやディフェンスが行えるのはきっと練習の賜物なのだろうが……それでも、あんな嫌な笑みを浮かべながらプレーする彼らは、とても私の怒りを買った。



(……ま、フィディオに比べたらあんなのまだまだなんだけど)



全国一のプレイヤーと聞いてどんなものなのかと少し期待していたが、正直拍子抜けだ。雷門サッカー部に見せつけるように技術を披露しているが、まさかあれほどしか力がないのだろうか。調子に乗っている時点で既にサッカープレイヤーとしては二流以下。先程からストレッチを行う雷門はあっけにとられて見ているが、あれは本当に強いチームとは言えないだろう。
イタリアで二年間ずっと、フィディオの隣で対等にサッカーを行っていた私には、それが生温いものに見えてならなかった。



「……神崎、お前も来てたのか?」
「……あ、豪炎寺」



腰を下ろして試合が始まるのを待っていた私に後ろからかけられた声に振り向いてみれば、そこに居たのは予想通り豪炎寺で。
彼は、私を見ると少し驚いた顔をしていた。
なんなんだいきなり驚いた顔をして、と訝しげに睨んでみれば、彼は「すまない、意外だったんだ」と苦笑しながら謝ってきて。



「……まあ、いいけど」



ふいっとそっぽを向くともう一度グラウンドに顔を戻した私の隣に、含み笑いをしている豪炎寺が当たり前のように座った。



――――この一週間で、彼は私の数少ない友人の一人となった。



「数少ない」という言葉について弁明をすると、普通に考えて、お日さま園の皆やイタリアに居た頃に知り合った人々は何人もいるけれど、今会うことなどは到底できない。彼らともう一度会えるのはきっとまだまだ先のことだ。
つまり、いま自分と会うことが許される友人は雷門中で新しく仲良くなった人のみ……ということになる。
しかし一週間過ごしてなんとかクラスに馴染めたものの、あまり積極的に人に関わろうとしない私に友達などほとんどできるはずもなく。
今現在で友人と呼べる人は、守と秋と豪炎寺くらいなのだ。




……自分で言ってて悲しくなる事実だろう、これは。



そんなことを考えているとは露も知らない隣に居る豪炎寺は、私の気難しそうな表情を見て、ひとり首をかしげていた。



「やっぱり、サッカーが気になる?」



隣でしばらく帝国サッカー部を見ていた彼にそう問えば、驚いたようにこちらを見た後にふっと笑いだす。



「………ああ、そうだな」



転校してきた初日には、教えてくれなかったこと。彼はあの時、「お前には関係ない」とはぐらかされたのに、今はそう言って笑ってくれる。それがなんだか嬉しくて頬が緩んだ。
彼がサッカーをやめた理由は知らない。聞くつもりもない。ただ、いつか言ってくれたらいいのにな、と漠然と考えているだけ。
しかし、先程のように笑っていられるのを見る限り、サッカー自体は好きなのだろう。
それがわかるとなんだかほっとした。



(彼には、サッカーを嫌ってほしくない)



なんとなく、そう思う。
じっと見つめている私に疑問を感じた彼が「どうした?」と言って顔を覗きこんでくる。



「ううん、なんでもない。そろそろ、試合始まりそうだね」



それをふわりと避けて、グラウンドを指さした私はそちらに目を向ける。
身体の大きい一年生――――壁山塀吾郎が丁度校舎の中から引きずり出されてきたところだった。
こんな調子で大丈夫なのか心配だが、わざわざ私が出る意味もない。
帝国のキャプテンがにやりと底意地の悪そうな顔でこちらを見ていることに気付いていたが、面倒なのでそれを無視して、私は豪炎寺と試合を観戦することにしたのだった。



***



試合は見るにも悲惨な光景だった。
一週間という短い期間しか練習できていない雷門イレブンに容赦ないシュートが突き刺さる。
ある時はゴールに、ある時は彼らの身体に、ある時は怪我をしている部分に。
故意に当てられたと容易にわかるそのシュートも、ここではイエローカードは出されない。
彼らの体に傷が増えていく。



「……ッ!」



最初の最初、キックオフと同時に開始した攻めでは大丈夫かもしれないと思ったが、それはとんだ見当違いで。
事もなさげに止められたボールは、帝国のキャプテンの元へと渡り、そこから一度のパスを経て帝国のゴールエリアからシュートを繰り出された。
とても長い距離だと言うのに、原則という言葉を知らないとでも言うように飛んで行ったそのシュートは、しっかりと構えていた守をいとも簡単に吹き飛ばしたのだ。
隣でそれを見ていた豪炎寺も辛そうに見つめるが、結果が変わることはなくて。
そこから始まった逆襲劇に呑み込まれた守たちは、何もできないまま、0対10で前半が終了してしまったのだった。



前半終了の合図がして、休憩に入る。
ぼろぼろになった雷門イレブンはおぼつかない足取りでふらふらとフィールドを出ていく。
それを見た私は、さっと地面から立ち上がった。隣に置いていた荷物を持って移動しようとする私に、豪炎寺が問いかける。



「どこかに行くのか?」
「あの人たちの手当てをしに行くの」
「……お前は、関係ないのにか?」



当然のように即答した私に戸惑ったような声音でそう聞く彼に苦笑が漏れる。
あんただって、心配しているくせに。



「サッカーで傷つく人なんて放っとけない。あのまま後半の試合を続けたら、急激な負担が体に掛かって大けがするよ」



まあ、もう既に負担は大分掛かっているんだけど。
それを付け加えた私は豪炎寺を振り返らずに急ぎ足で彼らの元に向かう。グラウンドを横切って、鞄の中から医療品を取り出して。驚いてこちらを見つめる雷門イレブンが見えて、口の端が緩む。
急いで応急手当を済まそうとする私を、豪炎寺はずっと見つめていた。



***



一通り応急処置が終えて溜息をついたとき、丁度休憩が終わり後半が始まる合図のホイッスルが鳴った。



「さ、後半始まるよ。頑張って」



そう言うと、彼らは不安そうにしていた表情を一変して、嬉しそうに「おう!」とか「はい!」とか「ああ!」と返事をしてくれる。



「ありがとな、葵」
「ううん、いいんだよ。頑張って、守」
「おう、任しとけ!」



お礼を言いに来た守にもそう声を掛けると、大きく頷いてフィールドへ足を踏み出していく。これでもう仕事は終わりだと救急セットをしまおうとすると、頭上から声が降ってきた。



「えっと……風丸?だっけ。フィールドに行かないの?」



水色の髪をポニーテールにしたその男の子は、確かここに転校してきた初日の朝に鉄塔広場で見た人だ。
彼は私の問いにふわりと微笑むと、口を開く。



「治療ありがとな。……あとで、話せるか?」
「……いい、けど……」
「それが言いたかっただけだから。行ってくる」
「……うん、行ってらっしゃい」



彼は私の言葉に手だけを振って、傷だらけの身体でフィールドへと飛び込んでいった。
なんだったんだ、今のは。
彼とは知り合いというわけでもないのに。そんなことを頭の中で考えるが、答えてくれる人などもちろんいないわけで。
その彼と私の話す一部始終を見ていた秋が聞いてくる。



「葵ちゃん、風丸君と知り合い?」
「……違うと、思う。けど……」
「けど?」
「見覚えは、あるかなあ」
「?」



前に見た時も思ったが、どこかで会ったことがあるような気がするのだ。
でも、それを確かめる方法は今はない。幸い、後で話すという約束があるので、それは試合の後で考えようとひとり合点する。
疑問符を浮かべている秋に「じゃああっちに戻るね」と声を掛けると、彼女がもう一度話そうとするのを無視したまま豪炎寺の元に向かった。



「ここで見てもいいのに……」



そう呟いた彼女の言葉が私の耳に届くことはなかった。



***



救急箱の入ったバッグを持って、豪炎寺の居る場所に戻ると、彼は座るのをやめて木に寄り掛かって立っていた。



「あれ、立つことにしたんだ」
「ああ。座るとあんまり落ち着かなくてな」
「ふーん、そうなんだ」



理由を聞いて頷くと、私は木に寄り掛かって座る。グラウンドを見れば、既に後半が始まっていたの、だが。



「……ッ!酷い………!」



あまりにも無残すぎる光景だった。
帝国は前半とは比べ物にならないほどに意図的に雷門イレブンを傷つけていた。
狙いを定めて思いっきりボールを蹴り、それが雷門の誰かに当たる。当たる度に聞こえる「ぐあっ」という呻き声が痛々しすぎて、私の中の“何か”と重なった。



『ほら、さっさとやりに、行くん、だ、よっ!』
『か、あさ、いた、いたい、いたいよぉっ』
『うっさい!さっさと行きな!』
『うう……い、いたい、いたい……』
『早くいかないと……今晩も飯抜きにしてやろうか?』
『……っ!?い……い、ってきます……』
『そうだ。それでいい』
『……ぅっ、ひっく、ううう……』



昔の記憶は、いつ思い出しても吐き気がする。それと今の帝国が重なったのなら特に。
……許せなかった。
サッカーを暴力をふるうために使っている帝国が。何よりも許せなかった。そして……



「こ、んなの……こんなの、サッカーじゃねえっっ!!」



守以外の雷門イレブンが全員倒れ伏し、残りは守だけだからと何度もボールを彼に蹴りあてていたその光景を間近で見ていた風丸が、耐えられないとでも言うようにボールに向かって走っていったのだ。
勿論、その豪速球にボロボロの風丸が耐えられるはずもなく、彼はゴールポストに吹き飛ばされる。「ぐああっ!」という呻き声の後に倒れた彼は、誰から見てももう体が限界だった。



……ぷちん、と何かが切れた音がした。



急に立ち上がった私は、怒りの表情を隠さずに歩き出す。豪炎寺が驚いたように目を見開き「あ、おい……!」と止めようとするので、すかさずそちらにふっと振り向く。



「……私、行ってくる。あいつらに、一言言ってこないと気が済まない」
「……神崎………」
「豪炎寺は、どうするの?」
「お、れは……」
「私は豪炎寺がサッカーをやめた理由なんて分からないし、聞くつもりもないけど、これだけは分かるよ。あんたは、サッカーが好きだ。だから試合に出ろって言うわけじゃないけど、それでも少しでも帝国の奴らが気に食わないと言うのであれば、一緒に戦ってほしい。……そう思う」
「………」
「じゃあ、私は行くよ。どうするかは、豪炎寺次第だから」



言いたいことを全て言いきって、ベンチへ向かう。再び戻ってきた私に、秋は驚いてこちらへ来た。



「葵ちゃん!?どうしてここに……」
「秋、ユニフォームある?貸してほしいんだけど」
「え、あるけど……ってまさか葵ちゃん……!」
「うん、そのまさか。ごめん、ちょっと着替えるから隠しといてくれる?」
「え、ええ……。って待って、無茶よ!円堂君たちでも全然敵わなかったのに、葵ちゃんが一人で行くなんて!」
「もう決めたの」
「葵ちゃん……」



反対する秋を押し切って、ユニフォームに着替える。一応予備を用意していたらしい。
背番号は12番だ。さっさと着替えて「もう大丈夫」と声を掛ければ、私を覆っていた布が解かれた。
手伝ってくれた新聞部の女の子にもお礼を言って、ベンチから離れる。



「絶対、無理なんかしないでね」



真剣味の帯びた声でそう言ってきた秋に薄く笑って答えると、ボールが外に出たタイミングを見計らってメンバーチェンジを申し出る。
丁度守が帝国チームの必殺技「百烈ショット」を受け止めようとして吹っ飛ばされたところだった。



「守」



そう柔らかく呼びかける。ボロボロになってもまだ倒れていなかった守は、私の姿を見て大層驚いた。他の皆――――帝国のメンバーや試合を眺めていた人たちも含めてだ――――も同じように驚き、目を見開いている。



「なっ、葵………!?どうしてここに!」
「ちょっとあの帝国のキャプテンに一言言いたいことがあって、ね」
「……葵………?」



帝国のキャプテンであるゴーグルマントを睨み付けながら言うと、戸惑ったように守が私の名前を呼ぶ。
それには反応せずに、守の隣で倒れたまま動けない風丸の元へ向かった。



「交代、だよ。立てる?」
「………葵、か……?」
「うん、そう。ほら、早く手当てしないといけないから。肩貸すよ」
「すまない、な……ごほっ」
「ほら、無理しないで。……よいしょっと」



起き上がらせて、肩を貸しながらそっと風丸を連れていく。もうほとんど歩ける状態ではないらしく、半ば引きずるようにしてベンチへと送り届けた。最後に秋に「風丸の事よろしく」と頼むと、もう一度フィールドへと赴く。
さあ、今からが正念場だ。
そう思い、試合を開始してもいいと知らせようと審判の方へと向けば、そこには衝撃的な姿があって。勝手に口が開き、小さくその人の名を呼んだ。



「豪炎寺……」



背番号10番のそのユニフォームを着た彼は、こちらを見て薄く微笑む。



「……待たせたな」
「……いいんだね?」
「一回きり、だけどな」
「それでも、私は嬉しいよ。一回きりだけどよろしくね」
「ああ」



軽く拳をつきあわせると、前方の敵を睨み付ける。相手は全国一だが、この人と共になら負ける気はしなくて口角が上がる。
すると彼がグラウンドに下りてきてくれたのを見て瞳を輝かせた守が、ほとんど動かないのだろう身体を無理矢理引きずってこちらへ向かってきた。



「豪炎寺!来てくれたんだなっ!?ってうわっ」
「!大丈夫か?」
「ああ。……遅すぎるぜ、お前!」



ふらっと体勢を崩した守を、咄嗟に豪炎寺が受け止める。遅すぎると言った守の言葉に、彼は微笑して答えた。



「し、しかし……選手交代は部員のみしか……」



明るい雰囲気に釘を刺すように審判が言うが、しかし。
いつの間にか傍に来ていた帝国のキャプテンがにやりと笑いながら「いいですよ、俺たちは」と厭らしい声で審判を手で制しながら答えた。



「へえ、気前がいいねキャプテンさん」



挑発するようにそう言えば、彼は「あんたの実力も見てみたいのでね」と言い返してきた。皮肉なやつである。



「じゃあ楽しみにしとけば?」



だが、無意識にそう返してしまう私は、相当頭に血が上ってしまっているのだろう。
ずっと薄く笑っている彼に苛立つが、もうそろそろ試合を再開しなければならないことを思い出しぐっとこらえて微笑んだ。
こめかみが少しぴくぴくしてしまうのは気のせいだ。



そのまま自分の陣地に戻っていく彼を睨み付けながらやりすごし、試合開始に向けて自分がいるべき位置に入る。
……とその前にやることがあるのだった。
ぐるりと辺りを見渡す。新しいメンバーの加勢で勇気づけられた雷門イレブンは次々と立ち上がっている。
それに一安心し、それからボールを投げいれてくれるらしい雷門イレブンの一人を呼び止めた。



「な、何ですか?」
「試合が始まったら私に向かって投げて」
「は、はいっ!!」



どうやらまだ中学一年生であるらしいその子のはっきりした了承の返事に苦笑し、「よろしく」ともう一言だけ言葉を掛ける。頷いたのを見てから私は始まるのを待っている豪炎寺の元へと走った。



「……どうした葵」
「今から、私があいつらに一泡吹かせてくるからディフェンスに回ってくれる?もしボールを投げいれた瞬間に取られても癪だし」
「……ああ、分かった」



彼が苦笑しながら頷いたのを確認する。私の攻めることについて不安はないらしく快く頷いた彼にも「よろしくね」と伝えて、やっと自分の陣地へと戻る。
これで準備完了だ。



「……よし、行こうか」



日本でのサッカーなんて久しぶりだからとついつい緩んでしまう頬をパチンと叩いて引き締める。審判がホイッスルを鳴らすのを待ち遠しく思いながらポニーテールにした髪の毛をきゅっと縛って待ち構えて。



ピー―ッ!



待ち望んでいたホイッスルが高らかと鳴り、それと同時に「葵さん!」と名前を呼びながら投げられたボールを、パシリと胸で受けとめる。彼らに現実を思い知らせてやらなければ。そう思った私はにやりと底意地の悪い笑みを浮かべ、一直線――――ゴールに向かって猛然と走り出した。



私にボールが渡るなり、待機していた相手チームのFWがドリブルを止めようとスライディングしてくるのを確認し、まずは上にジャンプして避ける。だがそれは相手にとってもまだ想定内だったらしく、着地地点の近くには三人ほど集まっている。でも、予測ができていたのは私も同じで。
着地した瞬間にボールを上へと蹴り上げる。それに反応できなくて咄嗟にボールを目で追いかけてしまったMFたちを軽々と抜き去り、狙い通り私の元へと返ってきたボールを受け止めた。



「……なっ……!」



予測していなかった事態に焦る帝国イレブンに笑みが漏れる。
がしかし、相手のキャプテンはそれを見越していたようで、ゴールポスト前で私を待ち構えていた。彼はにやりとした笑みを湛えている。
此処までできるとは思っていなくて驚きながらも喜んでいる様子だ。自分と対等に戦りあえる人が今までいなかったのだろうか……そう思わせるような獰猛な笑みだった。



「さすがにキャプテンなだけあって、これくらいはしてくれる、んだ、ねっ!」
「ああ、こちらこそ驚きだ。まさかただの女子がここまでやるとは、な」
「……むかつく」
「ほお、ならどうするんだ」
「こう、するの、よっ!」



彼奴の前で立ち止まり、ボールを狙って飛び出してくる足を器用に避けながら会話する。なるほど、全国一のチームのキャプテンなだけあって確かに動きは今までの人たちより格段に良い。……だが、



(フィディオにはまだまだ、劣るけどねっ)



一旦バックステップで距離を取り、サッカーボールを思いっきり蹴る。吃驚している彼をそのまま全速力で追い抜けば、地面に当たり跳ね返ったボールが丁度私の元に戻る。
これぞフィディオ直伝の必殺技その一、「一人ドリブル」だ。
キャプテンが易々と抜かれてしまったその事実に、その後ろに構えていたはずのDFが呆然と突っ立っている。これはいい、と心の中で呟いた私はそれらを簡単に抜き去り――――ハッとなった彼らは、しかしもう遅い。
これらの十秒ほどの攻撃で、私は既にゴール目前となっていた。慌ててGKが構えるのを目に捉えながら、一つのシュートの構えを取る。そして、



「……オーディン、ソード」



誰にも聞こえないくらい小さな声で、しかし遠く離れた場所に居る彼の性格を思わせるくらいにはっきりと。まるで剣のように一直線に向かっていったそのシュートは、誰の目に収まることもなくゴールに突き刺さった。
その直後、一体何が起こったか分からない、という沈黙が数秒流れる。そして各々が少しずつシュートが入ったと理解し始めた瞬間、審判のホイッスルがなって。周囲の人の歓喜の声が爆発する。



ピ……ピー――ッ!



続けて、角馬という実況がなにやら興奮しながらそれについて解説をし始めて。呆然とそれを見守る帝国イレブンの横を通り過ぎると、驚いたような、感心したような瞳をしている(だがしかし口元は弧を描いていた)豪炎寺が私を待っていた。
先程もしたように拳を軽く上げると、意味が分かったようで彼も拳を突き出し、軽くそれらを触れ合わせる。



「お前、サッカーできたんだな」
「……まあ、ね。あいつらのこと許せなかったからちょっと派手にやりすぎちゃった」
「……お前らしいな」
「でしょう?」



どうやら彼は既に私の性格を分かっているらしい。それに気付いて薄く笑みを浮かべると、それに気づいた豪炎寺が「どうした?」と首をかしげる。



「なんでもない」



そう言って先程よりも笑えば、疑問に思いながらもうんと頷いてくれた。
そんな感じで点取りついでに彼とも少し話していると、またもや目を輝かせた守がこちらへ近づいてくる。
ああ、やっぱりサッカーバカには無視できない出来事だったか、なんて心の内で小さくため息を吐いた。



「す、すっげえな葵!お前、引っ越した後もサッカー続けていたんだな!俺、すげえ嬉しい!」
「……うん、色々あってね。続けてたんだ」



元々、サッカーは好きだったから。



そう付け加えれば、彼の笑みはもっと深くなっていく。だが、今はまあ試合中だ。
そろそろ離れてもらわなければならない。
豪炎寺もそう思ったようで、「円堂、早くポジションに戻れ。試合が再開するぞ」と言うと、守は慌てて「そうだった!」と言いながらゴールの元へと戻っていった。
なんとも子供らしいその動作に苦笑が漏れる。
……と、こんなことをしている場合ではない、私も自分のポジションへ戻らなければ。



「じゃ、あとは豪炎寺に任せるから。頑張ってね」



ひらりと手を振りながらその場を離れようとすると、小さな声で「任せろ」と言う言葉が聞こえてきた。
ああ、安心感がある声だ。あれなら確かに任せたくなってしまうな、なんてそんな感想を抱きながら、自分のポジションの所まで走り出す。



「………あいつ………」



……帝国のキャプテンがにやりと笑いながらこちらを見つめていることなんて、彼に背を向けていたから知らなかったけれど。






試合は帝国ボールから再開する。さすがに私に点数を入れられて気が立っているのか、帝国イレブンの動きは速く、強い。雷門イレブンは大して時間をかけることなく抜かれてしまう。私も止めようとしたが何人もの相手の攻撃を一人で防ぐことはできなくて、早々に抜かれてしまう。残ったのは守一人だ。
……とここまで来て、豪炎寺が敵陣に向かって走り出した。



「……豪炎寺、まさか……」



観客が呆然とそれを見守る中、一つの結論に至った私は今にもシュートを打ちそうな帝国の一人を見て一瞬逡巡して、そして走り出す。方向は――――私もまた、敵陣の方向へ。
すると、どうだろうか。シュートが打たれた音の後に、「おおおおお!」という歓声が聞こえて。ネットにボールが突き刺さったような音は……聞こえない!



「よし……!止めた!」



そう言った守の声が聞こえた瞬間、前方を走っていた私は「守っ、パス!」と叫ぶ。



「おう、葵!」



戸惑いもなく守が投げたボールをしっかりと受け止めた私は、ゴール前まで行っている豪炎寺へとシュートにも近いような強いパスでつなげた。



「豪炎寺!」
「よし、任せろ!」



一寸の狂いもなく彼の足元に収まったボールは、次の瞬間上空に蹴り上げられる。



「ファイアートルネード!」



炎をまとったそのシュートは、帝国のGKをあっさりと凌駕し、ゴールネットに突き刺さった。
大きな歓声が再び上がる。実況が再び叫び始めて、辺りは興奮に包まれる。
勝ち誇る笑みを湛えた豪炎寺が自陣に戻ってきて、そこに輝いた笑みで守が近づいてきて、私と彼らは三人で笑いあう。



――――そう、これが弱小サッカー部の伝説の始まりだったんだ。



***



帝国との練習試合の結果は、帝国の試合放棄――――即ち雷門の勝利で幕を閉じた。
それ自体はとても喜ばしいことで、実際サッカー部も持続されて守も大喜びしていたので試合に乱入したことは良かったと思っているの……だが。
帝国が完全に去ってしまった後に、私は誰もいないところで密かに溜息を吐いた。



試合が終わった直後、とりあえずグラウンドの真ん中で使い終わったユニフォームの上を脱ごうとした豪炎寺を思いっきり殴って止めさせた後(もしかして試合に出ようとした時もその場で着替えたのか此奴は)、これ以上目立ってしまわない様に校舎へ戻ろうとしたのだが、少し遅く。
帝国のキャプテンに目をつけられてしまったらしく、彼は校舎の近くで私を待ち伏せしていた。



「……帝国のキャプテンさんが、私に何の用?」



通り過ぎようと思ったが、彼に「おい」と話しかけられてしまったために、仕方なくそう言葉を返す。すると、私の方をじっと見つめたままで、彼は問いを投げかけた。



「お前、何者だ?」



無礼な質問だと思う。
でも、全国一のチームが歯が立たなかったのだから、それは当然の疑問なのだろう。
しかし、自分でも何者かなんて答えられるはずもない。
そんなに大それた者でもないし、強いて言えばエイリア学園の元トップだろうか。
いやいや、そんなこと彼に言ったって分かる筈もないだろう。
どうとも言える問いではないのに、真剣な顔をしてこちらを見る彼にもう一度溜息を吐きながら、再び口を開いた。



「……私は、ただの神崎葵。それ以外に何か言うことがある?」
「……そうか」
「これでいい?もう行くから」
「ああ」



彼の隣を通り過ぎる。もう引き止めることはされなかったが、代わりに彼は最後にこう言ってから帝国の車の方へと立ち去っていった。



「総帥がお前に目をつけている。気をつけろ」



それはさながら、何かの忠告のようだった。






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