一席と


授業が終わって校舎をぶらぶらしていたらなにやら教室の前でしゃがみ込み、こそーっと窓から何かをのぞいているえりなちゃんと緋沙子ちゃんを発見した!なにやってるのかなーっと思いつつそーっと近づく。




「もし俺が勝ったなら君には機関に入ってもらい俺の下についてもらおう。
この勝負受けるか?幸平創真」


「………上等っす…!」


「なんて面白そうで腹立つ勝負――!」




さり気なく2人の間からひょこっと顔を出したら2人に驚かれて叫びそうになったので口を塞ぐ。ばれるばれる!それにしても瑛士先輩と創真くんがねえ……私に何も言わずに突発的にそんな勝負仕掛けるなんて許さない。でも、この対決にワクワクしているのは事実。




「せっかくの勝負だから私近くで見るね!」




この勝負をこんな所で見るのは勿体無い!というわけで、2人の思考の邪魔をしないようにそーっと教室内に入る。教室内に入るだけで緊張感が一気に伝わってゾクッとした。あーいいねこの雰囲気。




「幸平先に始めてるよ」




瑛士先輩が取り出したのは背肉。今回の勝負のテーマは鹿肉。だから鹿肉の背肉を瑛士先輩は取り出した。そしてジャンルはフレンチ縛り。創真くんは四宮先輩に学んだ事をぶつけるつもりだろう。それにしても相変わらずだなーあのいたわり方に食材との対話。だからこそここまでのし上がってこれたんだけど。んー匂いだけで身体が疼く。




「……幸平。調理に入らなくて大丈夫なのか?
いちおう俺も中枢美食機関の一員として負けられないから…手加減するつもりはないよ?」




ふいに創真くんが瑛士先輩に中枢美食機関の目的を聞いた。突然の質問に驚いた様子だけど創真くんがヨイショと瑛士先輩を凄い料理人と持ち上げるから照れている。料理してる時はかっこいいのにそれ以外は頼りにならないしで先輩としての威厳あんまりないんだよねー。だから私が付いてるんだけどそれはお爺様が理事長だったまでの話であの人が理事長になってから私は仕事を放棄している。だってあの人の下につきたくないし、みんななんでこの人に共感してるのかさっぱり分からないし。ついていけないから。おっと、私も中枢美食機関の目的が気になるし話を聞かなきゃ。




「セントラルの今後の目標は日本中の料理店を潰すこと…かな」


「はぁあ?」


「ああっ誤解しないでね…ちゃんとした美食を出してる店は勿論潰さないから」




ちゃんとした美食以外ねえ?確かに美食と呼ぶべき料理は沢山あるけどもそれ以外を潰す理由が分からない。確かに美食と言われるものには価値やら歴史がある。だけどそれ以外の料理が決して価値や歴史が無いわけじゃないし。それ以外があるから美食も発展したものもあるだろうに。どうやら、中枢美食機関は料理とも呼べない「餌」を出してる店を殲滅する事で美食を前に進めるとか思ってるみたい。だから優秀な人材を中枢美食機関に入れたり授業の改変研究会やらの粛清をしているらしい。そして、この学園を初めとして中枢美食機関の思想を国を徐々に覆っていくと瑛士先輩が話す。




「……それはたとえば――その辺の大衆料理店とか洋食の三田村さんとか俺の実家…食事処ゆきひらもいらねーって事すか」


「そうだね…そういう事になる」


「……そのせいでだれかが大事に思ってる場所がなくなっちまうとしてもですか?」


「………うん…そうだね。仕方ないかな…って思うよ」




仕方ないってそれで片付けちゃうんだね瑛士先輩は……やっぱり最初から瑛士先輩とは気が合わないとは思っていたけどここまでか。いくら美食を前に進めるためといっても誰かの大切な場所を奪う権利は他人にはないに。仕方ないで片付けていい問題じゃないのに……料理人としては尊敬できても人間としてはやっぱり尊敬できないししたくもない。私の意思で中枢美食機関に入ったり瑛士先輩の元に戻る事はなさそうだな。




「………わかりました。やっぱ俺先輩の懐刀にはむいてないと思いますわ」




どうやらやっと創真くんが鹿肉の部位どれを使うのか決まったみたい。そして、瑛士先輩に勝たせてもらいますと宣戦布告。




「ふぅん……もも肉使うんだ」




それに創真くんのバックから甘栗むいちゃいましたっていう栗を使ったお菓子を取り出す。それに驚きだけど創真くんが瑛士先輩にもう一回びっくりさせるって言ったけどなにするんだろー気になる!あ、創真くんがお馴染みの七輪で鹿肉焼き始めたよ…面白いなあ…そんなフレンチ聞いたことない!彼にしか作れないフレンチ……か。



「さぁ司先輩…おあがりよ。
一騎討ち。決着といきましょーか」




あら、先行は創真くんかーどんな感じになったかなー楽しみだし食べたいなー。




「そーいや判定のやり方どうすりさ決めてませんでしたね」


「え…俺たち二人しかいないんだからお互いに食べあうしかないんじゃ」


「なーなーおまえらも食べてくんねーか?」


「わーい!待ってたよ!」




やっぱり創真くんにバレてた。てか、教室に入ったのにむしろ気付いていない瑛士先輩は集中しすぎじゃないかなって思うくらい。教室の外にいたえりなちゃんと緋紗子ちゃんだけが隠密に出来ていたと思ってたみたいだけど。




「び……ビックリした…!アンナはいつの間に教室に入ってたんだ?
二人もずっと居たのか?」


「てか瑛士先輩。私に言うことないですか?」


「あー……勝手に決めてごめんな」


「まあ別に中枢美食機関行く気ないんでいいんですけどー」




私がいるっていうのに創真くんを自分の傍に置きたいって酷くない?だって瑛士先輩最初におまえ以上に最高なやつはいない。おまえ以外ありえないみたいな言い方したのに裏切られた……おこだよ!まあ、私の個人的な話は後にして…審査!創真くんは私達に審査を頼むけど緋紗子ちゃんが渋っている。まあ、判定によっちゃ創真くんが中枢美食機関に入って瑛士先輩の下にも入る。安々と受けられないよね。




「あんな事まで言われたら引き下がれねーだろ。この勝負はもうきっちり決着つけなきゃおさまんねーよ」


「―――…いいでしょうそこまで言うのなら…審査してさしあげますわ。
幸平くん…品を取り分けなさい」




創真くんの気持ちが伝わったようでえりなちゃんが審査する事を承諾したので創真くんが取り分けて私達に出してくれた。さーて甘栗むいちゃいましたと炭火がどうフレンチに化けたのか。いただきますっ!




「驚いたな……!」




へぇ…なるほどね。瑛士先輩が驚くのも分かる。もともと栗はシビエと凄く相性がいい食材で鹿肉と栗もフレンチにおいてよく見られる組み合わせ。だから美味しいのは分かってたんだけど、それだけじゃない。ただの栗じゃなくて甘栗だからこそ特有の優しくて甘い風味やぷりぷりホロホロとした楽しい食感が炭火の香りとも相まって鹿肉の肉厚なジューシーさを際立たせている。ソースにも甘栗を使ってほのかな甘みを鹿肉全体に行き渡らしている。




「創真くんらしいフレンチだね。さすが」


「さんきゅ!」




炭火の苦味に似た独特の風味をコーヒーをカカオ代わりに使うことでフレンチに落とし込んだ「鹿もも肉の炭火焼き〜栗のソース〜」奇抜なものだけども紛れもないフレンチ。だからこそ創真くんらしいフレンチ。




「ふ、ふん……!
まぁ幸平くんにしてはフレンチとして認められる要素を…それなりに揃えられたのではなくて?」


「じゃあ次は…」


「……あぁそっか!俺も料理出さなきゃだめだよね。も、もうちょっと待っててねっ」




完全に思考に入ってぼーっとしてたね瑛士先輩。あたふたしながらも、私達の前に出した料理はやっぱり一席に座っているに相応しくキラキラと輝いてまぶしい。名付けて「ふたつの表情を見せる鹿のロースト」だそう。んじゃあ、いただきます!




「っ……!」




口にいれた鹿肉は全く濁りのない肉汁…香ばしいけどさっぱりとした赤身肉からジュワジュワ溢れてくる。そして、恐ろしいこの二種類のソースはやばい……単純なものじゃなくて深く計算されて構築されている。一つが荒々しくもすぅっと伸びるような透明感をもつソースポワヴラード。もう一つが数種類の果実を加えて酸味と爽やかな甘味を演出したソースポワヴラード・ベリー。ピリリと胡椒が効いたことで鹿肉のすっきり淡泊な肉質に重層感をもたらしてくれるってわけかー。




「果実の種類は―――」


「ブルーベリーに赤スグリとブラックベリー…そしてカシスリキュール、赤ワイン、ブルーベリーヴィネガー、ラズベリージャム…といった所ですか?」


「すごいな…全部言い当てた!でも薙切なら当然かもな」




瑛士先輩にしか成し得ない人間離れした調理。一歩間違えたら雑味や余計な苦味が出ることになる綱渡りの作業の末に手に入れた完璧なソース。これも瑛士先輩らしい料理ってことだね。簡単には選べない…本来なら比べるべきじゃない別の種類だから難しい。だけど決めた。審査結果を発表する時間。




「この料理対決…勝利したのは―――…司瑛士の皿……………ですわ」




創真くんのも良かったんだけどねーやっぱりまだ瑛士先輩には敵わなかった。さすが、としか言いようがないんだけどねーで、これで創真くんの中枢美食機関行きが決定したわけなんだけど。




「幸平…お前は俺が扱うには破天荒すぎるな。
今日お前の料理を食べてみてそう思ったんだ。懐刀としては制御できそうにないかもしれない。もし機関に招き入れたとしたら――幸平のサポートで助かるどころか心労で倒れる気がするんだよね俺が
だから無理に中枢美食機関へ引き入れる事はやめよう」


「よろしいの…ですか……?」


「あぁ…そもそもこの対決は食戟ですらないんだからな
今回は勝負なしということにしようぜ幸平
じゃあ俺はこれで――」




帰ろうとした瑛士先輩にはいそうですかって引かないのが創真くんで、俺の負けだと主張する。負けは負け。悔しいけど実力差はハッキリ分かっちゃったからって…素直だな創真くんは!




「俺にはアンナがいればいいかな。だから幸平はいらない。
アンナ、俺のところへ戻ってこい」


「嫌です無理です行きたくないです」


「全否定!?どうしてだ?」


「えりなちゃんを苦しませたあの人が大嫌いだからです。大嫌いな人の下に付くなんて死んでも嫌です!だから賛成した人全員嫌いです」


「そうか。残念だ…気が変わったらまたおいで」




それは絶対にありえない。今日彼の言葉を聞いて再確認したの。私は司瑛士という人間が大嫌いだっていうこと。前から嫌いだったけど今日の発言で再確認した。やっぱりあの人と従うこの人は大嫌いだって。そんな人たちが作った中枢美食機関になんかに入りたくもないし入りたいとも思わないから。


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