前とは違う俺


というわけでメア先輩からしっかり見てなよと言われたので楠先輩を見てみる。先輩はおろした切り身をマリネしていたらしくそれを棒状にカットしベーコンで巻いてその上からラップをしいていく。それをスチコンに。




「連ちゃんは火入れのスペシャリスト。特に「低音調理」の使い手なんだ」


「低音調理…?」




肉や魚のタンパク質は58℃から凝固しはじめ加熱状態になりさらに68℃に達すると身が収縮し固くなっていく。よって「58℃〜68℃」の間で過熱をおこなえば素材にストレスを与えずにしっとりやわらかく仕上げられるというのが低音調理の考え方。お、スチコンから切り身を取り出した。姿を表したのは先程までとは全然違ってキラキラとしていた。




「ほんとうに……すごくきれい…!見た目でもうやわらかさが伝わってくるよ…」


「芯温45℃という低音調理によって鮭の身に全くストレスを与えず火を入れた成果だ」


「きっとナイフ当てるだけでほろりと崩れる食感になってるだろうねー」


「とんでもねぇな……おどろいた。すげぇ料理人じゃねぇか」




さすがあの人が選んだ精鋭だけあるって事だよね。まー考えただけで腹立つ。でも、そんな事は百も承知でこっちだって挑んでいるんだから負ける気は一切ないだろう、リョウくんもゆうくんも。




「リョウくんどうするのかなー」


「おっ連たろ先輩がまた何か持ち出したぞ」


「あれは!サラマンドルだ!!」




リョウくんに向けていた視線を楠先輩に戻す。サラマンドル……確かトカゲのサラマンダーが名前の由来なやつだったよね。それくらいしか知らないけど。




「表面に焼き色を付けたり香ばしさをプラスするための物…それを使っているということは調理は仕上げに入ったということだわ」


「先行は楠先輩みたいだねー……」




先輩が出したのは名付けてサーモンのコンフィ・フラムらしい。コンフィはフランス料理の調理技量で油脂を使って低音にてじっくり煮る手法のこと。フラムはフランス語で炎の意味。




「さぁ…火の芸術を堪能してくれ
お先に失礼するよん黒木場くん」


「低音調理という繊細な技術で火入れされた鮭……一体どんな味になってるんだろう……!?」


「お。そうだそうだ!もも先輩も食べてみてよ俺の料理!」


「……なんでももまで」


「実はこの皿にはね……あるスイーツを使ったギミックを仕込んでるんだ。たぶん気に入ると思うぜ?」


「それはももへの挑戦なの…?ももはお菓子にはうるさいよ…!」




あ、もも先輩の菓子職人魂に火がついたみたいです。だるそうだったもも先輩が一気に闘志メラメラな感じになりました。ぬいぐるみも怒っているように見える気がするけど気のせいかな?気のせいだと信じて実食に入る審査員を見つめた。楠先輩の料理を食べた審査員ともも先輩の表情を見る限りすごく美味しいのは分かるけどどんな味なんだろ?




「この付け合わせ…見たかんじアイスクリームっぽいけど――
甘くない…なるほどね。これは砂糖を加えずに作った鮭のアイスクリームだよ…!」


「鮭のアイスクリーム……どうやって?アリスちゃん」


「凍結粉砕機ですね……?」


「おっさすがアリスちゃんだなぁ」




楠先輩の話だと、鮭をミキサーでペーストにして凍らして凍結粉砕機にセット。内部のブレードが高速回転してきめ細かいアイスに仕上げたそう。なるほどね、鮭のアイスを食べた後だと優しく火を入れた鮭の温かさが鮮明に際立ち異なる温度の鮭が舌の上で存在感をより高め合わせる狙いか。




「彼は調理中だけではなく皿の上でも温度と熱を完璧に操ったのだ!!
薙切アリスも用いていた手法"サーマルセンス"という考え方によって!!」


「そのとおり!温度と火…そして時間!すべてが俺の調味料だからな」




うーん会場が一気に楠先輩の圧勝で決まりって感じのムードだなぁ気に食わない。まだリョウくん何も出してないのに決めつけるのよくない。リョウくんも同じ事を思ったようで、決めつけるのは俺の料理を見てからにしやがれと叫ぶ。お、どうやらリョウくんも完成したみたい。




「俺の鮭料理は――クーリビヤックだ!!」


「どんな料理なんだ?」


「サーモンや米などをブリオッシュというパン生地で包み焼き上げる料理よ」




だからパン生地を用意していたわけかー確か元は宮廷料理でやがてフレンチに取り入られてサーモンを使った代表的な古典料理と呼ばれるようになったんだよね!




「マッシュルームやエシャロット等の野菜とともに穀物を具として加えるんだ。二種類の米と思われていたのは"バターライス"と"蕎麦の実のカーシャ"だったわけだ!」




あ、ちなみにカーシャっていうのは東ヨーロッパを中心に食べられている穀物のこと!詳しく知りたかったからググってね!おっと、実食が始まったみたいだね!




「鮭の旨味・エキスが暴れまわる!そのボリューム感は脳天を揺さぶるようだ!」




あまりの美味しそうな審査員の食いつきに客席からも涎を垂らして美味しそうに見る人が続出。あ、アリスちゃんが恵ちゃんにリョウくんのあげてる。いいなぁ…後で食べたい。




「港の男たちを唸らせてきた黒木場の豪腕ときらびやかな宮廷料理のアイディアが見事に融合している!」




そして、気になる結果。だけど、審査員がすごく判定に困っているよう。どうやら互角の戦いみたい。でもそれはちゃんとリョウくんは2年生に食らいついている証拠。




「黒木場もすげー料理出すやつなのにそう簡単に勝てる相手じゃねーって事か…!」


「伊達にこの遠月を2年のこの時期まで生きているだけあるってことだよ」


「早まるでない」




うん?何か動き出しそうな予感。




「今一度食べくらべてみれば分かるぞ
両者の品には決定的な差がある!!」




決定的な差か……2人の料理を食べていないからどんな差なのか検討もつかないけど、アリスちゃんやもも先輩はなんとなく分かってそうな雰囲気。




「たぶんそれは楠くんの使った―――あのスチコンの中でしょ。審査員もそれに気づいたんだと思うよ」


「さすがもも先輩だ…見る目がある。答えは……これだよ」




楠先輩がスチコンを開けるとそこには謎の液体が入っていた。色艶からしてあれはオリーブオイルだよね…?……ああ、なるほど。




「楠先輩が言いたいのはきっとこうじゃないかなー?二人の品の決定的な違いは鮭の身が持つ「水分」でしょ?」


「ああ。鮭をラップに包んで低温調理する際このオリーブオイルに沈めた状態で熱を入れたのよ」




つまり、魚を普通に焼くとラップでいくら厳重に包み込んでも素材自体の重さで身に圧力がかかって魚のエキスがどうしても流出しちゃうけどもオリーブオイルを使うことによって油の浮力で鮭に重みをかけずに熱することができ、一滴の水分も残さないというわけ。




「鮭の持ち味をここまで完全に料理へ昇華させるとは素材の扱いでは…黒木場を超えているかもしれない……!」


「聞けば聞くほどすげーな連たろ先輩の料理」


「俺との差が理解できたかな?……何だっけお前が選抜決勝で出した料理……あぁそうだそうだカルトッチョだ!」




勝ちが確定したと思ったのか楠先輩が急に饒舌になり始める。大丈夫かな?すごく偉そうに楠先輩が語っているし選抜と全く変わってないとか言っているけどもそれが数分後には大恥をかかなきゃいいいけど。




「暴力的なままでの旨味で…人の味覚を屈服させる料理人かぁもっとエレガントなやり方があるのにね」




エレガントか…リョウくんのやり方がエレガントに欠けるとは私は思わないけどな。それにしても、決定的な差が水分ねえ……本当にそれがリョウくんの料理との決定的な差かなあ?私にはそうは見えないけど。審査員の表情を見るからにね。というわけで、審査員がもう一度2人の料理を食べ比べた。




「鮭のおいしさが…旨味と風味が……こちらの品の方がより鮮明に際立っている…!
黒木場リョウの品の方が!!!」


「うむ…やはり間違いない。鮭の活かし方は黒木場が一枚上手じゃ!!」




思わずガッツポーズを取るタクミくん、恵ちゃん、創真くんに可愛いと思ってしまった。楠先輩は審査員の方々の発言に納得いかないみたいでリョウくんが楠先輩に自分の料理を渡す。それを口に含んだ楠先輩はありえないという表情を浮かべた。




「これは――何だ…!!パン生地と具のあいだに緑色の層が!!?一体なんだこりゃあ!?」


「教えてやるよセントラル。あの時の俺とは違うってことを――!!」




お、見せちゃえ見せちゃえ!リョウくん!




「層の正体はクレープじゃ。それもほうれん草を練り込んでおる!」


「ほうれん草のクレープ…ふうん…それで緑色なんだ」




それによって得られる効果。それはほうれん草のかすかな渋みが味に深みをもたらし、カットした時の見た目も鮮やか。さらに栄養価アップ!それに何より鮭を包み込んで旨味を凝縮するのにも力を発揮するのだよ!




「勿体ぶらなくていいっての。まだ何か仕掛けがあるんだろ…!?」


「そのとおり…仕掛けはもう一つある。クレープに練りこんだのはほうれん草と…シーズニングスパイスだ!」




説明しよう!シーズニングスパイスとは、オリジナルで調合したスパイスミックスに塩や砂糖などの調味料をブレンドしたものがシーズニングスパイスと呼ばれる。味付けの決め手としてあらゆる場面で使われるよ!




「材料はタイム・オレガノ・ガーリック等に塩・砂糖…そして乾燥ベーコンのパウダーだ」


「ベーコンだって!?」


「うむ!奇しくも両者とも鮭にベーコンを合わせたのだ!着眼点は同じだがその内容はまったく別!!」




楠先輩のベーコンの使い方を皿の上に鮭の美味しさを完璧に留めた一品!と評価した。なのに、なぜ楠先輩がリョウくんに劣っているのか。鍵となったのは不均一さだと違う審査員の方が言った。なぜなら人間は均一に混ぜられたものよりも不均一な方がコクや風味を感じるように出来ているから。




「黒木場が狙ったのはまさにそれじゃろう」


「このクレープには…シーズニングスパイスをまばらにふってある。
そうする事で鮭の旨味だけをストレートに味わえる部分と鮭エキスとベーコンの旨味が合わさってガツンと味が深くなる部分のふたつが生まれるわけだ」


「だからこそ噛みしめる事に美味しさが段階的・重層的に舌へと響き畳みかけるように鮭の持ち味が炸裂するってわけだねー」


「その味の世界は…ベーコンをのっぺり巻き付けただけの鮭じゃ絶対に表現できねぇ!!」




審査の最大のポイント「鮭の旨味をいかに逃がさないかどうか」。リョウくんは鮭の美味しさを加速させ、楠先輩は単一的、表面的な味だと評価された。きっと同じ最先端技術を使うアリスちゃんの方がもっと美味しいものを作れただろうねー。やっぱり所詮はモブだったか。




「どうなってんだよ!?うま味同士をぶつけ合うだけの料理人だったはずなのに…!こんな繊細な発想以前のテメェには…選抜の時にはなかったはずだ!」


「………確かにな…」




懐かしいなースタジエールでリョウくんと一緒にカレー屋さんでスタジエールした日々。リョウくん最初怒られっぱなしだったしアキラくんが来ればよかったのにーなんて言われたり。でも、それは最初だけだった。最後にはちゃんと自分のものにしていたっけ。スタジエールはみんなが変われた。選抜と一緒にしたら大間違いだよ先輩。




「とにかく…もうあの頃の俺とは違う。今の俺からしたらテメェの鮭は凍ってるのとおなじだぜ」


「ぐぅうううう…っ!!」


「判定じゃ!!
勝者は黒木場!!黒木場リョウの勝利とする!!!」


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