先輩と注目株と
「使えない奴は叩き出すと…教務部の人間には言ってあるからな」
「……っ」
「で、もう1人はどこだ?うちに来るのは2人って聞いたんだが」
「それなら、私です」
「!」
「……お前か」
「お久しぶりです。四宮先輩?」
「面倒なやつを送り込みやがって……」
四宮先輩が嫌そうに顔を歪める。失礼だなーこの人とか思ったり。それに顔を歪めたのは慣れない呼び方をされたのもあるかもしれない。今は学生と卒業生だからしょうがない。それにしても、次のスタジエール先は四宮先輩のところで創真くんとか……楽しみかも。
「よー!お前と一緒か!楽しみだな」
「うん、よろしくー」
「四宮先輩と知り合いだったんだな!」
「創真くん……私一応、総帥の孫娘だよ…?」
「一応な」
「うるさいですー」
「……立ち話はこれくらいにしてまずは…」
四宮先輩が創真くんに掃除用具一式を渡す。うん、開店前だもんね、そうだよね。仕事といったらあれしかないよね。
「大工仕事と内装の仕上げだ」
ですよねー。創真くんの頭の上には?が浮かんでいるようだけど四宮先輩は考える時間すらも与えない。時間がないもの。
「おらぁ!動きやがれ!!今日明日で終わらすぞ!」
「まだこの段階すか!?」
「あ?退学にするぞ働け」
「四宮シェフ〜!メニュー作りも並行して進めないといけないんですよ?」
「そダヨぉ!業者にお願いしたらいいじゃないカ!」
「残り予算を考えるとこれ以上はDIYだ。内装とイス・テーブル、食器にワイン…かなりこだわって選んだからな…出来るところは自分たちでやる」
「四宮シェフならいくらでもスポンサーがつくでしょ?プルスポール勲章ですよ?」
「ほぼ全員から出店に大反対されたんだぞ。たのめるわけねぇよ」
そんな状況で新店舗建てたんですか……それは大変そうですね。いや、でもあっちがダメなら日本でやれば……?
「じゃあ日本で融資を受ければいいダロ?」
「それもダメだな。フランスで大成功してきたって印象がかすむ」
「相変わらずですね……」
そうきたか。相変わらずすぎて笑いそうになってしまったけども!でも、前よりも印象が明るくなったような気がしなくもないようなー?
「まー俺としては先輩の店で研修できてラッキーっすけど」
「創真くんならそういうと思ったよ」
「改めてよろしくユキヒラくんナキリさん。私たちは皆SHINO'S本店のスタッフなの」
「開店して落ち着くまで東京支店の応援に来てるって訳サ!」
「んで…こっちの彼がパリの本店では副料理長を任されていた…四宮シェフの右腕ってところね」
「お世話になります!」
「よろしくお願いします」
「よろしく…まぁ頑張って」
「幸平!こっち来い」
創真くんが四宮先輩に呼ばれて四宮先輩のお手伝いに向かうと副料理長?の人がその様子をジトジト見ている。はっきりいって怖いです。
「何なんだよあの子は…四宮シェフとあんなに親しげにして…!俺が四宮シェフとどれだけかかって打ち解けたと思ってるんだ。忘れもしない…!四宮シェフが初めて飲みに誘ってくれた日のこと。そして俺を東京支店のシェフに任命してくれた時俺は…あの時ほど感動したことはないんだ…!」
「(やっぱり怖い…)」
「でも本当に丸くなったわよね四宮シェフ…何がきっかけだったのかしら。今年の春頃に日本へ行ってからじゃない?」
「ソーかも!合宿?か何かの審査員やるって!帰ってきてから急に優しくなった気がする!」
ん?それって……それってもしかしなくてあの合宿のことじゃない?もしかして四宮先輩が優しくなったのって創真くんとの非公式の食戟でなにかあったから?あとで創真くんにあの時のこと聞いてみよー!……うわ、うるさすぎたのか四宮先輩にオーラだけで怒られたので静かに再開ー。
「休憩だ―――!」
「疲れた〜〜!」
「…………」
「なに?創真くん?」
「いや、真面目に掃除してたんだなーって」
「えりなちゃんたちはやらないだろうけどね!一応やるよ?」
「へー」
「終わりが見えてきたわね。お昼どうする?」
「じゃあ俺がまかないを…」
「俺が作ろう」
「「「「え!?」」」」
四宮先輩がまかない!?絶対ありえないことに思わずスタッフのみなさんと声を揃えてしまった。というかまかないなんて呼んでいいのかなー?もうちゃんとした料理になりそう。
「卓のセッティングしてろ」
「ど…どういう風の吹きまわしですか?」
「料理長が直々に!?」
「四宮シェフのまかないが食べられるなんて…!」
ぼっーと四宮先輩が作る姿に見惚れながら出来上がりを待つ。んーいい匂い……久しぶりに四宮先輩の料理を食べるかもー。
「キッシュですかあ!」
「うお〜〜いい匂い!うまそーっすね…!」
「キッシュ…パイ生地と卵やチーズ・牛乳をベースにベーコンやホウレンソウ等の具とともに焼き上げる料理。元々はロレーヌ地方の郷土料理でパリにも浸透しているランチメニューのひとつだ。現地のことを知らない君にはわからないかもしれないけどね!」
「へー!そうなんすかぁまかないにもピッタリっすねー」
「創真くん見事にスルー……」
さすが、えりなちゃんで鍛えられてるだけあるわーちょっと尊敬した。それよりも!熱々のうちにこのキッシュを食べなくちゃ!
「っ……んっ…これ」
「「ゴボウ」」
「っすね…」
「?ごぼー!?」
「欧米では敬遠かれがいな材料なので知らないのも無理はないかと」
「ブイヨンも使わないで…ここまで深い味が出るカ!?」
「ゴボウの皮まで使って旨みを活かしているからよ。ゴボウの持つ甘みと渋みを完璧なバランスで引き出して鶏肉やチーズのまろやかさをきゅっと引き締めてる!!戦慄するわね…!」
「まさか仏の郷土料理に日本の野菜をこう合わせるなんて!SHINO'S本店でもすぐ出せるレベル…さすがレギュムの魔術師です!!」
「…まだまだだな…」
「……」
その言葉を私と創真くんは聞き逃さなかった。あれだけの料理を出してまだ高みを目指しているんだから私も負けていられないなー!いつか超えるつもりでいるしねー。
「おしっワイン開けるぞ!」
「えー!予算ギリギリなんでしょう!?」
「この俺が作ったまかないだぜ?ワインとあわせなきゃあもったいない」
「持ってきましたぁ!」
「おいバカもっと良いワイン持ってこい」
「は、はいっ!!すみません!」
すごい喜びながら謝ってる。ドM?ドMなんですか?ちょっと気持ち悪いです。なんて言えませーん。
「幸平。お前はこの一週間でかならず必殺料理へ近付ける…この俺の仕事に最後までついて来れたらだがな…!覚悟はいいか?ムッシュ幸平」
「うす……!」
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