おやすみ
「アンナお嬢、帰りの車が来て……お嬢?」
「…………」
「……寝てる」
黒木場は机で頭を枕にして伏せて寝ているアンナに近づいて顔を覗くと規則的な呼吸をして気持ち良さそうに寝ていた。黒木場の顔が少し綻ぶが、それに気付くのは長い付き合いのアリスくらいだろう。
「……これ」
ふと、視線をそらすと腕の間からノートが顔をのぞかせていたので気になり、起こさないようにゆっくりと慎重に取り出してノートを見るとページいっぱいに文章が書かれていた。よく見るとスタジエール先の今いる店のことで分かりやすく書かれていて見やすい。
「!アンナお嬢こんなことまで……」
書いてあったのは基本的な情報……メニューの名前と内容にこうすればもっとよくなるんじゃないかと書かれてあった。実際、アンナがシェフに進言してしぶしぶ取り入れたら好評で驚いていたものがいくつもあった。
「んんっ」
「!」
「…………」
「はあ」
起きなかったアンナに安堵して黒木場はホッと息をはいてまたノートに視線を向ける。ノートはかなりのページにいたるまでびっしりと書いてあり、さらさらとページをめくって読んでいたら最後のページにたどり着き見てみると今までと違うことが書いてあった。
「この店にとって一番最適の実績……行く前に聞いたスタジエールの合格基準か」
黒木場は汐見ゼミでの出来事を思い出していた。スタジエールを合格するには目に見える実績を残すことだっと言っていたのを。そしてアンナのノートに書いてある実績を残す方法を見て、今度はだれが見ても分かるほど口角をあげた。そしてアンナに近づく。
「…………やっぱりアンナお嬢は面白い」
そして、アンナの柔らかな唇に自分のそれをくっつける。アンナは動かない。寝息を立てたままだ。黒木場はそっとノートを戻そうとすると、
「……リョウ、くん…?」
「っ……アンナお嬢」
「……んっんー!ねちゃってたーっ!あ、リョウくんノート見たの?」
「まあ……」
「なら、私が言いたいこと分かるねー?」
「……まあ」
「ならいいよ!車来たんでしょ?行こう」
「アンナお嬢」
「ん?」
「いや、なんでも……」
「?そう」
リョウくんが何を言おうとしたのか気になるけどどうせ教えてくれないだろうからなにも言わない!それにしてもよく寝た!リョウくんがいることに気づけなかった!そしてお店を出るとすぐにあった車に乗り込んで私達は家へと帰宅した。
「リョウくん!これお願い」
「分かった」
「…………」
「どうしたアンナお嬢」
「いやーだいぶ扱い上手くなったなって」
「……手、動かせ」
「ちゃんと動かしてますー」
今日で、このお店でのスタジエールは終わる。最初に比べると本当にリョウくんの知識は増えた。スパイスのね?前は四苦八苦してたのが嘘みたい!これはこれからのリョウくんの活躍が楽しみかも。
「それにしてもリョウくんバンダナしてる時はタメ語だよねーいつもタメ語でいいのに」
「一応、主人であるアリスお嬢の従姉妹だからな。それは無理だ」
「けちーまあ、いずれはタメ語で話せるようにしてみせるからねー!」
「はあ……」
さっきから喋って入るけど、ちゃんと手は動かしてるよ?ちなみにスタジエールの合格の条件である実績はカレーにひと手間加えたら一気に人気が出て当初より二倍以上の売り上げになった。もともとあまり人が入っていなかったので店主は大喜びして感謝していた。これで合格できるかな?
「はー終わった!」
「2人ともありがとう!」
「……うす」
「お疲れ様でした。こちらこそありがとうございました」
お店を出ると遠月の職員が待ち構えていた。審査結果の発表かな?それにしても、メガネにスーツ……某おにごっこのハンターのよう……追いかけてこないかな?すごくあやしい。
「黒木場リョウ、薙切アンナ様スタジエールご苦労様です。今回のスタジエールは合格といたします。ではこれが次のスタジエール先になります」
「ありがとうございます」
「では、私はこれにて」
帰ったのを見送ると私は渡された次のスタジエール先の資料に目を通した。あ、この店名って……へー日本でやるんだ。そして、またペアだ!誰だろー?今からちょっと楽しみかも。
「……帰ろうかリョウくん」
「うす」
リョウくんとペアになってから一緒に帰るのは当たり前になってたんだけど、明日からもうないのかーと思うとなんだか……
「寂しいね」
「……本当すか?」
「あ、口に出ちゃった。うん、寂しい」
「…………」
「リョウくん、顔赤いよ?」
「アンナお嬢のせいっす。そんな事いうから……」
「……っ!あ、べ、別にそ、そういう意味じゃ!」
「……分かってるっす」
シーンと静まる車内。
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