徹底的な
10日前は長いなーと思っていたけどなんだかんだであっという間に10日は過ぎていよいよ決勝が始まった。アキラくんとリョウくんはさすがというべき見事な新鮮なサンマを出したけど創真くんはどうかな?……アキラくんなんて負けてしまえなんて思ってないよ…………多分。
「あれ……?ゆうくん私の目がおかしいかな?」
「……いや正常かと。私にも同じように見えていると思います」
「……あはは!なら、だいぶ思い切ったねーさすが創真くん!面白いなーあれは一体なんやら……ってえ、あれ……!ゆうくん!」
「はい?え、姫どこへ!?」
私何も聞いてない!えりなちゃんはどうして教えてくれなかったのか!いや、アリスちゃんは知っていたのかな?とりあえず急げー!
「ゆうくんは待っててね」
「なるほど……分かりました」
「もうっ日本へ来るのなら私に連絡してよねっ!お母様!」
「アリス!ここは運営以外立ち入ってはダメよ!」
「まあまあーそんな硬いこと言わなくていいじゃないー」
「アンナ!あなたもなの!?」
「ohアリスゴキゲンヨウ♪えりなチャンにアンナチャンもゴキゲンヨウ♪えりなチャン相も変わらずぷりぷり激怒なんデスね」
「貴方の娘のせいです!」
「ふふお久しぶりでーす!」
えりなちゃん絶対この親子苦手とか思ってるだろうなーさすが親子。そっくりだもの!憎たらしいくらいね?
「――キミがユキヒラくんデスね?第一シアイ…アリスキミに負けちゃった…ビックリしたデスよ私。アリス悔しさのあまり私と9時間国際電話シマシタ…」
「あらら?」
「もうっお母さま!それは誰にも言わないでって言ったのに!アンナもメモしないで!」
「バレた…」
「アリスが負ける…予想だにしてないコトヨ。ダカラキミの料理楽しみにしてきたデスカラね…美味しくナカタラ怒るかもデスよ?」
おばさま(これ言ったら絶対睨まれる)が発するオーラがおぞましいものに変わる。こちらがゾクっとするほどに。そして、秋の選抜恒例の天井が割れ、空に輝く月が現れてから天井で隠れるまでを調理時間とする決勝戦ならではの時間計測方法が説明された。
「ふ…毎年恒例とはいえ大仰な事ですな」
「アラ!私こういうの好きデスのよ?いかにもジャパンという感じがするデスカラね」
「お母さまったら相変わらず間違った日本観をお持ちなのねぇ本当はもっとしずしずとしてるものよ」
「アリスちゃん、しずしずなんて知ってたの……!?」
「知ってるわよ!失礼しちゃうわ」
「アリス!アンナ!いいから客席に戻りなさいってば!」
えりなちゃんをみんなが無視するかのように、おじい様の一声で調理が開始された。一気に緊迫とした空気になる。けど、それはすぐにかき消される。
「うふふ…何だかエキサイトしてきたデス私デンマークのなきりinternational研究所は成人した職員しかないデスカラ。若い男の子たちを見るのコトこのうえなき眼福デスよ」
「まっお母様ったら何だか淫ら♪それに相変わらず語彙に偏りがあるわねぇ」
「ねえねええりなちゃん!こっち来て一緒に座ろうよー」
「そうだわ!ねっいいでしょうお爺さま♪」
「うむ…構わん」
「ほら!えりなちゃん!」
「ねーねーえりなったらぁ」
ほら、一気にほっこりとした雰囲気!ここがもう決勝戦の会場なんて思わないでしょ?そして、こうやってのんびり話している間にも調理は進んでいく。
「リョウくんの方は……魚介がてんこ盛りに完熟したトマトにオリーブオイル…「アクアパッツァ」を作るつもりなのかな?」
「他の煮込み料理に比べて調味料をあまり使わないのも特徴ね。シンプルだからこそ素材の善し悪しがストレートに出る…超人的目利き技術を活かすためにうってつけの料理だわ」
「リョウくんが使う食材はどれも味の主役を晴れるものばかり。だけど旬であるサンマなら霞むどころか料理全体の土台になれるほどのポテンシャルを持ってる…」
目利きに自信があるからこそできる技ではあるけど。私にはできない。魚の目利きに関してはアキラくんやリョウくんの方が圧倒的に上手。
「…それにしても三人とも落ち着いている。決勝への緊張や気負いなど全く感じさせない…大したものだ」
「当然ですわ♪堂島シェフ。リョウくんは昔から私と真剣勝負してきたんですもの…場数が違いますわ」
「ふふ…懐かしデスネ。二人ともまだ幼き時代…可愛カタデス」
「そうか…レオノーラ叔母様も北欧に居た頃の彼をご存知ですものね」
ぷくーと頬を膨らませてえりなちゃんを睨む叔母様。どうしたのかな?
「おばあさま呼んだデスカ!?失礼デス!己の若さ自慢するのコトさもしいデスよ!えりなチャン!!」
「ち…違います!叔母さまとお婆さまは別の言葉です!」
「そうですよ、英語でauntのことですよ!」
私もおばさんと言わなくて良かった……。私も北欧に居た頃のリョウくんとはあったことがある。遊びにいったからアリスちゃんのところに。表情がだいぶ柔らかく?なった。
「耐熱フィルムにスポイトかー本当に日に日にアリスちゃんのを吸収していってるね」
「そうね」
アリスちゃんとリョウくんが見つめ合う。意思疎通しているみたいだ。いいなー。
「…………」
「どうかしたの?アンナ」
「羨ましいなって二人が」
「私たちが?どうして?」
「それは秘密かな?」
「あら意地悪ね!」
月が道のりの半分を過ぎた頃、リョウくんの料理がひと足早くに完成をした。フィルムの中でぐつぐつと音をたて、フィルムの包装を開けると香りのグラデーションに引き摺り込まれる。
「嗅げば嗅ぐほど心がフワフワして…思わず顔がほころびマス。と…永遠に浸っていたい…デス!!」
あ、お爺様のおにやけが来たっ!すごい……おにやけを出させるなんてさすがリョウくんといったところだ。さっきはアクアパッツァだって思っていたけど、耐熱フィルムで包んだら料理名が変わる。中身はなんにも変わらないんだけど!だからリョウくんが出したのはカルトッチョ。
「ハーブバターを仕込んだのかー……徹底的な味の暴力だな」
「………」
「どうやら出るようだわ…!お母様の"おはだけ"が…!」
え?叔母様もおはだけあるの?え?大丈夫?それ公衆の面前で見せて大丈夫ですか?
「素晴らしいサンマ料理でした。まずテーブルに出された際のビジュアルの衝撃!給仕の方法も料理の大切な要素と考える現代調理トレンドをしっかり踏襲しています。会場中が前のめりになって注目していた事からもその計画は見事に完遂したと言えるでしょう。アクアパッツァにはアンチョビが使われる事が多いですがこの料理ではハーブバターを使用する為省いていますね。賢明です。両方投入しては…」
私が想像していたおはだけと違う!なんかすごく流暢!悟りを開いたの!?しかもこうやって驚いてる間にもまだ喋ってる。いや、今終わったわ!な、長かった〜!
「お母様は美味しい品を食べると片言がはだけて流暢に感想を喋り出すの」
「あ、そっち」
「本家おはだけも出た――!!」
「文句無しの高評価だー!!」
次はアキラくんだ!……ん?皿にのっているあの料理はまさか…あれで勝負するつもりなのかな?
「ふざけんなコラァ――!!カルパッチョだと!?前菜メニューで俺に勝つ気かよ!?話にならねぇ…!!勝負を何だと思ってやがる!準決勝で俺と闘ったのは別人かよあぁ!?」
「お前は知らないんだ。香りは料理の概念すら作り替える事を
俺のカルパッチョはメインを張る――」
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