絶望に絶望しました@
今までの窮屈な日々は何だったのだろうかと思うくらい、毎日が絶望的に充実していた。
毎日誰かが私を利用し、私はそれに応える。いつもと変わらない日常。変わったのは――私の思考だ。
利用されることに絶望し、それに応えることに絶望し、いつもと変わらない日常に絶望している。そんな自分にも絶望して――私の毎日は、絶望的に絶望し尽くしていた。
でも、足りない。物足りないのだ。
こんな程度の絶望では、いつか飽きてしまう。飽きたら飽きたで絶望的だが――その絶望も有限だ。
私はもっと、素晴らしい絶望を求めているのだ。もっと、もっと絶望のどん底に叩き落とされるような――そんな絶望を!
「――せんぱぁい。頼んでおいた物、出来ました?」
私しか居ない機械だらけの喧しい工場に、彼女がやってきた。相変わらず絶望的に絶望した眼をしている。最高に絶望的だ。
「勿の論です。可愛い可愛いロボットですよ、ほら」
そう言って私が彼女に手渡したのは、一台の熊型ロボットだ。白黒模様のそれは、何とも言えない不気味さと愛らしさを兼ね備えている。
「ひゃああんっ! 絶望的に可愛い! さっすが先輩、絶望的にメカニックぅっ!」
「外装だけが凄い訳じゃないですよ。機能の方も、頼まれた通りに付けましたから」
「くぅぅっ、やっぱりメカニックは違うっすねぇっ! 超高校級のメカニックと呼ばれただけのことはある!」
メカニック。
彼女は何度も私をそう呼んで、私が絶望的にどうしようもなくメカニックであることを訴えてくる。そんな絶望が私を更に絶望させ、私は絶望的に絶望的な絶望に陥り、更に絶望的な絶望を求め、絶望的に絶望的な絶望を生み出すのだ。
そうして私は、幾つもの機械を作った。
人を殺す為の機械を、幾つも幾つも幾つも幾つも――絶望的なまでの殺人機械を、私はひたすら作り続けているのだ。
――ああ、何て絶望的なんだろうか!
「先輩、またお願いがあるんですけど――良いですよね?」
彼女は媚びるような上目遣いで――絶望的な眼差しで私を見、嫌らしく口角を上げた。そんな絶望的な表情を見せられた私は――。
「――勿の論ですよ」
――そう言って、彼女と同じように嫌らしく口角を上げてみせた。
――――
彼女が死んだ。
そのことに関して、私は特に何の感情も湧き上がらなかった。
私の利用者達の一部は、彼女の死を嘆き、狂い、彼女の身体の一部を移植したりしていたが――そんなこと、私には何の関係もなかった。
何故ならもう、左右田和一という人間は――既に死んだのだから。
私は、ベッドに横たえた左右田和一の遺骸――彼に手を伸ばし、その冷たい頬を撫でた。
特殊な防腐処理により彼は、半永久的に腐敗しなくなっている。現にもう半年は経っているのに、彼は生前の姿のままだ。
――私は一体、何なのでしょうか。
彼を見ていると、そんな思いに駆られてしまう。
彼は死という絶望を望み、同時に生という希望を望んでしまった。
小心者だった彼は、どれだけ絶望に絶望しても、死ぬことだけは怖かったのだ。
だから彼は――私を造り上げた。
左右田和一という人格と記憶を100%コピーした、100%機械で出来た――死なない左右田和一を。
それが私――機械仕掛けの左右田和一なのだ。
私が機械として生を受け、起動したあの日――私は彼を殺した。彼がそう設定したからだ。
彼は死という絶望を望み、私に殺されることでその望みを叶えたのだ。
そして私は――左右田和一の、生という希望により生きている。いや、生かされている。
そういう風に――自身の死に繋がるであろう行為が絶対行えないように――設定されているからだ。
だから、私は死ねない。
身体が壊れれば修理する――いや、するように設定されている。
殺されそうになれば殺す――いや、殺すように設定されている。
自分の意思で死ぬということが出来ない絶望と、生きたいと望んだ左右田和一の希望、相反する二つを孕んだ私は――絶望と希望、どちら側の存在なのだろうか。
ふと、床を見た。生前の私が作りかけて止めてしまった殺戮兵器が、物悲しげに転がっている。
可哀想だとは思うが、私にはどうしても完成させてあげる気が起こらなかった。
機械になってしまったからなのか、それとも絶望し尽くして絶望出来なくなってしまったからなのか――私は機械になってから、殺戮兵器を作っていない。
自分の身体に組み込む部品は作っても、殺戮兵器は作らなかった。いや、作れなかった。
あの時の――生前の狂気と絶望が、今の私には存在していなかったからだ。
あの時の狂気と絶望は思い出せる。その時の高揚感も絶望感も、全て私は覚えている。
だけど――あの時の情熱は、もう湧き上がってこないのだ。
あの日。私が起動し、初めて機械仕掛けの左右田和一として生を受けた、あの日は――私は狂気と絶望を確かに孕んでいた。
でも――彼をこの手で殺した時、それらが全て消え失せた。彼の胸から流れ出る血の量に比例するかのように、私の狂気と絶望がだらだらと流れ出てしまったのだ。
そうして遺ったのは、左右田和一の遺骸と――狂気も絶望もなくし、希望によって生きることを義務付けられた、死ねない絶望の鉄屑――私だけだった。
遺された私は、するようになんて設定されていない防腐処理を彼に施し、彼を片時も傍から離さなかった。
一人が寂しかったのと、自分勝手に逝ってしまった彼への――細やかな復讐だった。
そして私は、彼と一緒にずっと――この暗い暗い地下室に閉じ籠もり、稼働している。稼働し続けている。
生きるという設定によって、ただ生きている。生かされている。
超高校級の絶望と呼ばれた左右田和一の、最期の我儘――希望によって。
――彼女ならこの希望も、喜んで絶望したのでしょうか。
自分勝手に逝ってしまった彼女を想いながら、私はゆっくりと目を閉じ――黙祷を捧げた。
――――
「左右田和一さん、ですね?」
暗い暗い地下室の扉が久しぶりに開いたかと思うと、三人の人間が入ってきて――その内の一人が、私の名前を呼んだ。
「そうですけど」
久しぶりに音声機能を使った気がする。スピーカーに問題はなかったようで、ちゃんと左右田和一の声が出た。
「――良かった。やっと見付けられた」
そう安堵の声を漏らす人間を、私は知っているような気がしたので――すぐに記憶を巡らせ、誰なのかを特定した。
「苗木、誠?」
「覚えていてくれたんですね」
そう言って苗木は、嬉しそうに微笑んだ。
「何だべ。かなり凶悪って聞いてたのに、めっちゃ温和しいべ?」
「油断するな。此奴は紛れもなく超高校級の絶望、左右田和一なんだ。気を緩めれば、首が飛ぶぞ」
ドレッドヘアーの男の発言を、金髪の男が窘めた。彼等は――そうだ、確か彼等は――。
「葉隠康比呂と、十神白夜?」
「おおっ。正解だべ、左右田っち!」
「そ、左右田っち?」
「おい葉隠! 不用意に近付くな! 死にたいのか貴様は!」
ずかずかと無防備に近付いてくる葉隠に驚いた私は、反射的に身構えた。
「近付かないでください。死にますよ?」
「死ぬ? 何だべ、やっぱり殺る気満々なんか!」
「いえ、殺るつもりはないのですが」
「じゃあ安心だべ! こんな辛気臭いところ、さっさと出るべ!」
何でこんなに能天気なのだろうか。
仮にも私は超高校級の絶望、左右田和一だ。おまけに今は機械の身体。殺そうと思えば、彼等全員殺すことも容易いのだ。
それとも――何か隠し玉を持っているのか?
「――何を企んでいるのかは知りませんが、どうか私を放っておいてください」
「放っておく、だと?」
十神が眉を顰め、私を睨んだ。
「超高校級の絶望を、放っておける訳がないだろう。愚民め」
「十神っち、喧嘩売ったら駄目だべ! 殺されるべ!」
「不用意に絶望へ近付くような馬鹿にだけは言われたくない!」
――ええっと、これはコントか何かでしょうか。
私が反応に困っていると、苗木が私よりも困った様子で話し掛けてきた。
「左右田さん。僕達は、左右田さんを助けに来たんだ。だから、放って帰るなんて出来ないんだよ」
助けに来た?
「――私は、助けなんて求めていません」
「そうかも知れない。けど、それでも僕達は――左右田さんを絶望から助け出したいんだ」
左右田和一を、絶望から助け出したい? それはつまり――。
「――申し訳ありませんが、助ける対象を間違えています」
「えっ?」
「何言ってんだべ左右田っち。左右田っちは、左右田和一だべ?」
「そうですけど、そうではないのです」
「意味が判らん。説明しろ左右田」
――これは、見せた方が早いですね。
そう思った私は無言でベッドへ近付き、布団を捲った。途端に、私の近くに居た葉隠が、げえっ――と声を上げる。
「なっ、何だべ? 左右田っちが二人――いや、こっちは死体だべ! どういうことだべ! 双子だったんか!」
「何、だと? どういうことだ、説明しろ左右田!」
「二人共、落ち着いてって!」
私はべたべたと彼に触る葉隠に軽い苛立ちを覚えながらも、彼等が求めている答えを教えてあげることにした。
「――彼は、紛れもなく超高校級の絶望と呼ばれた男、左右田和一です」
「――はあ?」
葉隠が素っ頓狂な声を上げる。
「さっき苗木っちが『左右田和一さんですね?』って聞いた時、そうですって言ったべ? あれは嘘だったんか! 嘘吐きは泥棒の始まりだべ!」
「いえ、紛れもなく私も左右田和一です」
「訳が判らんべ!」
頭を抱えながらそう叫んだ葉隠は、苗木っち何とかしてくれ――と、自分よりも小さな彼に泣きついた。
「えっと。どういうことなのかな、左右田和一さん」
「そう、ですね――」
実際に見せた方が早いですね――と、私は自分の右手で左肩を掴み、がちりという音を立てて――左腕を取り外してみせた。するとまた、葉隠が素っ頓狂な声を上げる。
「う、腕がもげたべ!」
「義手か?」
「半分正解ですが、半分不正解です」
これは部品。私の身体は機械なので、義手という定義には当て嵌りません――と言いながら私は、取り外した腕を十神に向かって放り投げた。それに驚き警戒しながらも彼は左腕を受け取り、まじまじと観察している。
「合成樹脂による外皮か。近くで見て触れなければ、作り物だとは判らんな」
そう言う十神を一瞥し、私はベッド付近に据えた棚から、新しい左腕を取り出し――自分の左肩に嵌め込んだ。
それは今さっき十神に渡したものとは違い、まさに機械というような――金属の外装をした腕だ。私は接続の不具合がないかを確かめるために、何度か左手を握っては開く。
よし、問題はないようだ。
「――理解して頂けましたか? 貴方達が助けようとしていた左右田和一は、もうこの世に居ないのです。此処に在るのは、左右田和一の模造品と彼の遺骸――」
なので、どうかお引き取りを――そう言って私は、左腕の機能を起動させた。きんっ、という小気味の良い金属音が響き、五本の指先から鋭利な刃が生える。
「どうしてもお帰りにならないと言うのなら、この前やって来た方達と同じように――死んで頂きます」
「十神っち! 左右田っち、殺る気満々だべ!」
「くっ――おい苗木、一旦退くぞ!」
「――駄目だ。今退いたら、彼はまた何処かへ行ってしまう」
それじゃあもう、彼を救えない――と、苗木は悲しそうに、苦しそうに私を見て、呟いた。
[ 55/256 ][*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]
戻る