絶望に絶望しましょう
俺という存在は、幼い頃から今まで、ずっと誰かに利用されてばかりだった。
実用的な才能を持って生まれてしまった――その所為で。
――でも。
それでも、良かった。良かったのだ。
本当は才能ではなく、俺自身を必要として欲しかったけれど――俺の才能を必要としてくれていることが、嬉しかった。
此処に居ても良いのだと、唯々それが嬉しかったのだ。
けれど人間というものは、無情に、非情に、冷酷に――不要なものを切り捨てる。
斯く云う俺も、切り捨てられた存在の一つだ。
友人だと、親友だと――信じていたのに!
どれだけ利用されようとも、俺は、俺はずっと信じていたのにだ!
やってと言われたことはやった!
教えてと言われたら懇切丁寧に教えた!
罪だって――俺が被ってやった!
なのに! あんなに尽くしたのに! 裏切りやがった!
人間は裏切る。裏切るのだ!
だから俺は――もう、信じないことにした。
信じなければ、裏切られることはないのだ。
そう考え、高校に入ってから俺は――何もかもを切り捨てた。
地味で陰気だった自分を、真面目で神経質な自分を――裏切られて傷付いた自分を――切り捨てた。
でも、利用される自分だけは、切り捨てることが出来なかった。
派手で陽気な自分を、不真面目で無神経な自分を演じても、結局本質的な人格は変えることが出来なかったのだ。
利用者が変わっただけだった。まるで喜劇の主人公にでもなっているかのような、そんな気分だった。
きっとこのまま、ずっと誰かに使われるだけの人生が続くのだろう――そう思っていた俺に、とある転機が訪れる。
希望ヶ峰学園から、俺に手紙が来たのだ。超高校級のメカニックとして入学しないかと。
嬉しかった。ただただ純粋に嬉しかった。
将来を約束された学園への入学が許されたから。才能溢れる学園への入学が許されたから。
きっと、俺と同じような人間が居る筈だから。
仲間が居る筈だ。俺を、俺だけを見てくれる奴が居る筈だ。
だって才能を持つ人間しかいないのだから、才能なんて持っていて当たり前という認識の筈だ。
なら――あの学園なら、俺の人格を「才能の付属品」としてでなく「左右田和一」として見てくれる人間が、居る筈なのだ。
俺はそう信じ、また全てを切り捨てて――希望ヶ峰学園へ入学した。
――――
どうやら俺は、信じると必ず馬鹿を見る星の下に生まれてしまったようだ。
結局、何も変わらなかった。
修理屋の真似事をさせられ、物を作らされ、喩えどれだけの不利益を被ろうとも、へらへら笑って耐え忍び、馬鹿を演じて道化師を気取り――やりたいことも全部、望んでいたことも全部、叶わなかった。
誰も俺を見てくれない。俺の才能しか見てくれない。認めてくれない。俺は、俺は、俺は――。
――こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃあ。
俺は、俺はただの「左右田和一」として見て欲しかっただけなのに!
皆俺を「超高校級のメカニック」としてしか見てくれない!
何で? 何でだよ。何でなんだよ!
いつ――いつ終わる? いつ報われる?
いつになったら俺は――この呪いじみた才能から解放されるんだ?
何の光もない暗闇の中を歩かされているような、自分で掘った穴を埋めてはまた掘らさせられているような――終わりの見えない、この――不愉快で――滑稽な感覚は――。
「――せぇんぱぁいっ」
不愉快な程に甘ったるい声が、俺の部屋に響く。俺は気怠い身体をベッドから起こし、闖入者を睨んだ。
「鍵、閉めた筈なんだけど」
「ごっめぇん先輩。ドアノブ壊しちゃった」
てへぺろ――と可愛い子ぶって、女がドアノブの残骸を差し出した。
「ごめんね先輩、後で直しといて!」
「俺は修理屋じゃねえ」
「そうなんです? いっつも何か修理してるからぁっ、超高校級の修理屋なのかと思ってましたっ!」
――ああ、忌々しい女だ。
「うっわぁ。先輩、相変わらずの絶望的な表情ですねぇっ。本当、勧誘するまでもないっていうかぁ、寧ろ放っておいても勝手にやらかしてくれそうっていうか?」
「何が言いてえんだよ。毎晩々々俺の部屋に来やがって――」
いい加減にしねえと解体するぞ――そう言って睨んでやったが、女は息を荒げて身悶えるだけで、怯える様子は一つもない。
「はぁっ、はぁっ。先輩のぉっ、絶望的に絶望的な絶望的眼差しがぁっ、あたしのことを見てるぅっ!」
「気持ち悪い」
「あぁん、もっと罵ってぇっ!」
ああ――気持ち悪い。
「――先輩」
先程まで浮かべていた恍惚とした表情が成りを潜め、今度は薄気味悪い程に真面目な表情になる。本当にこの女は、一貫性と主体性がない。
「私は先輩と一緒に、この絶望的にくだらない世界をぶち壊したい――と思っているのです」
「へえ――」
またか。昨日も一昨日も――ずっと前から同じことを言われてきた。だから今日も、いつも通りの答えを返す。
「――嫌だ」
「何故ですか?」
女も、いつもと同じ返事をする。
「俺はもう、誰かに利用されたくないから」
此処まではいつも通りだった。だから後は、女が無言で部屋を去るんだと――そう思っていた。
「――せぇんぱぁい、利用されることの何が嫌なんですかぁ?」
女は帰るどころか、俺のベッドに勝手に腰掛け、いきなり俺の腕に抱き付いてきやがった。
「っは、離せ! 気持ち悪いっ!」
「いやぁん、こんなに巨乳の女の子が抱き付いてるのに――気持ち悪いだなんて! 先輩って同性愛者? はぁぁんっ、絶望的ぃっ!」
「うっせえ! 俺は無性愛者だ!」
「うわあ、先輩って人生損してるぅっ! 本当に絶望的っすねぇっ!」
――ああもう、この女は!
「てめえ、女だからって殴られないと思ったら大間違い――」
「――先輩」
ぐっと、女の顔が俺の顔に近付く。眼前には不愉快の塊が、狂気と絶望を綯い交ぜにした眼で、俺を見つめている。
――怖い。純粋に、そう思った。
「利用される絶望が味わえるなんて、絶望的に絶望的な絶望じゃないですか。そんなに素晴らしい絶望を、先輩は受け入れられないんですか? いや、本当は――」
もう、受け入れちゃってるんですよね――と、不愉快の塊は嗤った。
「本当は楽しかったんですよねぇ? 絶望的に絶望的な立場に身を置くことが、楽しかったんですよねぇ? 解ります、解りますよ先輩っ。だって私も先輩も――超高校級の絶望なんですからぁっ!」
不愉快の塊が、俺の頬を撫でる。混濁した狂気の眼が、俺の、目の前に――。
「――ねぇ、せぇんぱぁい。一緒に、絶望しましょう?」
ああ――結局俺は、利用される――の、か――。
終わりの見えない不愉快で滑稽な感覚が、絶望という名前を与えられ、俺の心にべっとりとへばり付く。
取り繕ってきた外装がどろどろに溶かされ、俺の――私のちっぽけな中身が引き摺り出され、絶望が容赦なく私に纏わり付く。
藻掻いても足掻いても絡み付いてくる絶望が、絶望的に絶望的で絶望的な不快感を与えてくるので、私は思わず――絶望的ですねと呟いて、目の前で嗤う女の頬を撫で返してやった。
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