家族が出来ました

 



 いらっしゃいま――あらあら、さっきの御客様では御座いませんか! どうなされました?
 まあ、ソウダコちゃんの帽子を買いに?
 ええ、ええ。有りますとも有りますとも! ソウダコちゃんはですね、何かを被っていると安心感を覚えるんですよ!
 野生のソウダコちゃんはですね、海藻を縫い合わせて帽子を作るんです。凄いですよね!
 ソウダコちゃんは他の蛸と比べて器用なんですよ、可愛いですよねえ。


 あ、すみません。帽子でしたよね。
 此方です、此方のコーナーです。今人気なのはこれ、この黒いニット帽タイプの帽子ですよ!
 勿論海藻じゃなく、水に濡れても乾いても型崩れしない特殊繊維で出来ています! おまけに伸縮性もあるので、成体になっても使えますよ!
 えっ? 何から取れた繊維ですって?
 あははははっ、御客様。世の中には、知らない方が幸せなことも御座いますよ?
 それでも知りたいと仰るなら御教えしますが――あ、結構? 賢明な判断ですね!
 それが一番良い選択ですよ、御客様。


 で、如何致しましょう。この白いサンバイザーもなかなかの人気を――あっ、黒いニット帽を所望?
 やっぱりニット帽人気ですねえ。あのフィット感が良いんですかねえ。では、この黒いニット帽をお買い上げになるんですね? 畏まりました!


 ところで――ヒナタコちゃんが喜ぶグッズは、お買いにならないんですか?


 あっ、買います? 流石です御客様! よっ、太っ腹!
 御客様に買われていったソウダコちゃんとヒナタコちゃんは幸せ者――いや、幸せ蛸ですねえ。
 さささ、どうぞ此方です此方。ヒナタコちゃんはですね、パンツが好きなんですよ!
 はい? パンツと言えば、パンツしか御座いませんよ?
 ええ、下着のパンツです。はい、あのパンツです。パンツと言ったらそれしかないじゃないですかぁっ。
 えっ? いやいやいや、担いでませんよ。嘘じゃないですって! ヒナタコちゃんはパンツが好きなんですよ、本当に!
 いや、被る訳じゃないですよ。御客様も面白いことを仰いますね。いやいや、穿く訳でも無いですよ。あの身体でパンツを穿いたら、動けなくなっちゃうじゃないですか。
 何と言いますか、所謂コレクションってやつですよ。ええ、コレクション。被ったり穿いたりするんじゃなく、集めて満足するのです!
 いや、ヒナタコちゃんは変態じゃないですよ! そういう仕様なんです、仕方ないんです!
 あっ、仕様はこっちの話です。今のは忘れてください。


 で、どうなさいます? パンツ買います? 今なら御安く致しますよ御客様。
 御勧めはこの「B&LT」ブランドのパンツですね、カラフルで可愛いでしょう? ソウダコも好きなんですよ、このパンツ!
 いや、ソウダコにパンツコレクターの性質は無いですよ!
 このブランドはですね、何故かソウダコの嗜好を擽るんですよ。いや、本当に。買ってあげたら喜ぶでしょうね、ヒナタコもソウダコも。


 あっ、二枚買います? 流石です御客様! よっ、色男!
 そんな御客様には、特別サービスしちゃいますね! ええ、サービスですサービス!
 はい、この桜模様のパンツを――えっ、要らない? いやいやちょっと待ってくださいよ、このパンツはヒナタコちゃんの大好きな柄なんですって!
 えっ? ああ、桜餅は別なんです。桜模様は好きなんです。本当ですって! ちゃんと本読みましたか?
 あっ、まだ全部読んでらっしゃらない。ああ、そうでしたか。
 ですが、本当ですから。サービスですから! 兎に角ヒナタコちゃんにあげてください! ねっ? ねっ?


 はい、はい。ありがとうございます! いや本当、喜びますから。ヒナタコちゃんパンツ大好きですから、ええ。
 では、お買い上げありがとうございました! また何か御座いましたら、是非御越しくださいね!




――――




 ニット帽だけのつもりが、パンツまで買わされてしまったぜ!
 ガッデムど畜生! あの店員まじ怖い! 商売上手!
 何だか悔しかったから、帰りにヒナタコの好きな草餅と、ソウダコの好きなコーラをスーパーで買ってやった。
 こうなりゃがんがん貢いでやる。貢いでやる!

「只今」
「オ帰リナサイ」
「オ帰リ!」

 帰宅して声を掛けた瞬間に、二匹の居る部屋から返事がした。
 良いなあ、こうして返事が来るのって。何だか家族が出来たみたい――いや、もう家族なんだよな。何か嬉しい、かも。

「おう、只今。ちゃんと買ってきてやったぞ、おまけもな」

 そう言ってビニール袋からニット帽と「B&LT」ブランドのパンツ二枚、桜柄のパンツ一枚、そして草餅とコーラを取り出すと――二匹が絶叫に近い歓声を上げた。

「パ、パンツ! パンツト草餅!」
「ニット帽トコーラダ!」

 きゃあきゃあと盥の中ではしゃぐ二匹にときめきつつ、俺はパックから取り出した草餅と、ブランドパンツと桜柄パンツをヒナタコにあげ――小さなコップにコーラを注いでソウダコに手渡し、頭にニット帽を被せてやった。あと、ブランドパンツもな。

「パ、パンツハ被セナイデクレネエカ?」

 あっ、ごめんソウダコ。ついな。
 被せてしまったパンツを取り、ソウダコの触腕に握らせた。何本も手があるというのは、本当に便利そうだな。羨ましいぜ。
 二匹を観察してみる。ヒナタコはパンツを触腕で撫で回しながら草餅を食べ、ソウダコはコーラを飲みながらニット帽を撫で、パンツをしっかり持っている。
 ヒナタコのパンツ好きは本当だったのか。がちだ。がちでパンツ好きだこれ。ただの布じゃ駄目なのか? よく判らない。

「オ兄サン、有リ難ウ御座イマス! 一生大事ニシマス!」

 そう言いながらヒナタコはパンツに頬擦りをし、涎を垂らして悦に入っている。
 やばい、これはやばい奴の顔だ。規制に引っ掛かる顔だこれ。
 ソウダコはニット帽を気に入ったようで、嬉しそうに弄っている。パンツに頬擦りなんてしていない。
 ヒナタコ変態じゃねえか! 仕様だとか言っていたけど、誰得だよこの仕様! 変態じゃねえか! 集めて満足するんじゃねえのかよ!

「アアッ、パンツ。パンツ素晴ラシイ、パンツゥッ」

 あかん、完全に薬決めたような面だ。
 パンツ中毒か、このパンツ変な成分含まれているんじゃないのか。大丈夫かこれ。
 というかソウダコ、ヒナタコのアンテナにさり気なくパンツ引っ掛けるの止めなさい。そのパンツはお前にあげたんだから、ちゃんと使いなさい。いや、ヒナタコみたいな使い方されても困るけども。

「オ兄サン、コーラオ代ワリ!」

 隣でパンツドランカーになっているヒナタコを華麗にスルーし、ソウダコがコップを差し出してコーラを催促してきた。
 良いのか、お前のソウルフレンド変になってますけど。良いのかそれで。


 ああ、本当に冒涜的で理解に苦しむ蛸だな。でも、まあ――面白いから飽きなさそうだ。
 成り行きで買ってしまったけど、こういう出会い方も悪くない――かな?




――――




 母さんへ。
 母さんは元気ですか? 俺は元気です。一人で大丈夫か、それだけが気になっています。


 俺には新しい家族が出来ました。と言っても、人間じゃなくて蛸なんだけど。
 冒涜的生物って母さんも知ってるよね? 昔海でスキュラメンダムに助けられたって言ってたし。
 あれの小さい版、生首みたいな蛸を一週間前に二匹飼いました。ヒナタコとソウダコって言う種類のね。
 ヒナタコはちょっと変な性癖? があるみたいだけど、それ以外は結構まともなんだ。
 ソウダコは泣き虫だけどよく笑うし、感情表現豊かで可愛いんだ。
 生肉を好んで食べるのがちょっと怖いけどね。でもヒナタコは草餅大好きだし、ソウダコはコーラ大好きで、あげると凄く喜んでさ。可愛いんだよ本当に。


 何か親馬鹿みたいになってんな、ごめん。まだ彼女も居ないのにさ。早く嫁さん作って、孫の顔見せてやりたかったんだけど――それより先に、蛸の顔を見せることになりそうだよ。
 この手紙が着く頃にさ、多分俺そっちに居るから。
 久しぶりに会いたくなってさ、会社から有給休暇ぶん取ったんだ。蛸二匹連れて、そっちに向かう。
 きっと母さんも気に入るよ。此奴等すっげえ人懐っこいから。
 此奴等もお出掛けが嬉しいみたいでさ、めっちゃはしゃいでるんだ。


 そっち着いたら、また海辺を散歩しようぜ。弁当持ってさ。
 母さんの手作り弁当、また食べたいんだ。母さんの出汁巻き卵、俺大好きだから。
 此奴等も食べてみたいって五月蠅いから、いっぱい作って欲しいな。


 なあ、母さん。前に言ってた件、真剣に考えてくれないかな。
 親父の遺した家も大事だけどさ、これ以上母さんを独りにしたくないんだよ。
 地元じゃなくて遠くに行っちまった俺が悪いんだけどさ、ごめん。でも、母さんが心配なんだ。
 もし一緒に暮らせたら、母さんを絶対に独りぼっちにさせないから。此奴等も居るしさ。
 此奴等、結構頭良いから雑談相手にはぴったりなんだぜ。だから俺が働きに出てる時も、独りにならなくて済むんだ。


 母さん、今までずっと我儘気儘に生きてきた俺だけど――最後にもう一つだけ、我儘を聞いてくれないかな。
 一緒に暮らそう。お願い母さん。もう独りで頑張らなくて良いんだよ、母さん。


 ごめんな、長々と書いて。でも俺、本気だから。
 俺が家に着いたら、返事聞かせて欲しい。暫く滞在するつもりだから、待ってるから。
 じゃあね母さん、また。




――――




 手紙を読み終わった瞬間に、玄関のチャイムが鳴った。癖のある、リズムを刻むような鳴らし方で。
 あんなことをするのは、私の記憶では一人しかいない。
 やれやれ。せっかちというか、思い立ったが吉日というか――何もかもがいきなりな馬鹿息子だよ。
 もう少し時間をずらすなりしてくれないと、御飯や布団の準備が出来ないじゃないか。
 全く、そんなんだから未だに嫁が貰えないんだよ。


 さあて。とりあえず馬鹿息子の顔を拝みに行きましょうかいねえ。連れて来た蛸ちゃんとやらも気になるし。
 私は緩む頬を無理矢理引き締め、ゆっくりとした足取りで玄関へ向かった。

[ 23/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -