家族が出来ました

 ヒナタコという蛸を御存知でしょうか。


 えっ、知らない?
 御存知、ないのですか! この蛸こそ、海の底からチャンスを掴み、愛玩動物の座を駆け上がっている、超冒涜的シンデレラ、ヒナタコちゃんです!
 とても可愛いんですよ、この子。ええ、とっても!
 メンダムちゃんに近い種類なので触腕は短いですが、この頭頂部から生えたアンテナのようなものがですね、とても可愛いんですよ!
 犬の尻尾みたいにですね、気分が良いと揺れて、怖い時は縮こまるんです。表情が硬い分、アンテナは正直なんですよ! 可愛いでしょう?


 あっ、可愛いからって食べちゃいけませんよ。この子、毒がありますからね! 死にはしないんですが、身を食べると「ツマラナイ」しか言えなくなり、凄く無気力な廃人になっちゃうんですよ。だから食べるのはお勧め出来ません!
 第一に、食用じゃないですしね! この種は毒抜きも出来ませんし。
 それに此処、ペットショップですし。食用蛸なんて売ってませんよ。だからさっきのは冗談ですよ、冗談。御客様がこんなに可愛い蛸を食べるなんて、一切思っていませんってば。


 で、どうです? ヒナタコちゃん可愛いでしょう?
 性格もね、とっても良い子なんですよ! 活発過ぎず、温和し過ぎず。程良く元気があって、おまけに賢い! 会話の相手に最適なんですよ!
 駄目なことには「ソレハ違ウゾ!」と、はっきり反論してくれますし、良いことには「ソレニ賛成ダ!」と同意してくれます。正義感が強い良い子ですよ!


 えっ? 餌ですか? 食べ物なら何でも食べますよ! この系統の蛸は皆雑食ですからね! メンダムちゃんなんか南瓜が大好物ですし、ソウダコちゃんはコーラが好きなんですよ!
 ヒナタコちゃん? ヒナタコちゃんはですね、草餅が大好物なんです! でも桜餅は駄目なんですよ、目の前に差し出しただけでも怒る怒る。不思議な生物ですよねえ、この蛸達。
 ああでも、基本的に生肉好きですから、生肉あげれば大丈夫ですよ。ヒナタコちゃんも、他の蛸も! 生魚も喜びますよ、蛸ですから。


 ふふふ。どうです御客様、可愛いでしょう? 生命力も高いので、寿命以外で死ぬことは殆ど無いですよ。ほら、ヒナタコちゃんも貴方に懐いてますよ。
 えっ、寿命? そうですね、この系統の蛸は大体二十年くらいですね。この子は二歳なので、最高で十八年は生きますよ。
 どうです? 今ならお安くしますよ? それにこの子、ソウダコちゃんも付きますよ?
 えっ? ああ、ソウダコちゃんはですね、ヒナタコちゃんととっても相性が良いんですよ。お互いを「ソウルフレンド」と呼ぶくらい、仲良しなんです!
 斯く言うこの子達も仲良しでね、引き離すのは可哀想じゃないですか。そう思いません?


 えっ、交配? ああ、問題ありませんよ! この蛸達は両性具有ですし、同じ冒涜的蛸同士なら、種類が違っていても交配可能ですし! 勿論、ヒナタコちゃんとソウダコちゃんでも交配可能ですよ。
 え、えっ? 去勢、ですか? ああ、ええ、まあ、交接腕と陰部に処置を施せば可能ですが――そんなことをしてしまうのですか?
 して、しまうのですか?


 ああ、冗談でしたか。吃驚したじゃないですか、もう! 御客様ってば御茶目ですね! 心臓に悪いですよ!
 で、どうです? 今なら水槽も御安いですよ。ほら、今セールしてるんですよ。二匹飼いにはぴったりのサイズですよ、ほら!
 来週? ああ、どうですかねえ。来週はもうやってないかも知れませんねえ。今だけだって店長も言ってましたし。来週には定価に戻っているかも。
 どうします? 今だけですよ、今だけの価格ですよ。




――――




 買わされた。いや、飼わされた。
 飼う気なんて無かったのに、店員の気迫に圧されて購入してしまった。
 ただちょっと、冒涜的な生物とやらを見に来ただけだったのに――何て商売上手な店員なんだ、あの半魚人め。まさか店員まで冒涜的な生物だとは思わなかった。
 いや、それよりどうしよう。
 今、俺の狭い狭い部屋に買わされた水槽があり、その中に飼わされたヒナタコとソウダコが居る。掌サイズだからか、水槽の中を自由に泳ぎ回って追い掛けっこをしている。
 すっげえ可愛い――じゃなくて! これからどうしよう。生き物なんて飼ったことないよ、俺。
 おまけで「冒涜的な蛸の飼い方〜ソウルフレンド編〜」なる本を貰ったけど、読んでもいまいち理解出来ない。冒涜的過ぎて。
 大体何だよ、この蛸。生首じゃないか。いや、可愛いけどさ。まんま生首じゃん。ちっこい生首じゃん。可愛いけどさ。
 つうか子供出来たらどうしよう。まだ此奴等は二歳だから良いけど、五歳くらいから交接可能って本に書いてあるし。何であの半魚人、去勢について聞いたらあんな悍ましい顔を――あっ。
 えっ、まじかよ。去勢したら此奴等、絶望病に罹るリスクが高くなるのかよ。絶望病って言ったら、人間も罹るやばい病気じゃねえか。
 確か絶望病って治療困難で、完治させるのに何年も掛かるんだろ。俺の知り合いも罹ってて、今病院暮らしなんだけど。しかも感染する可能性があるからって、隔離施設に放り込まれてて――ああ、怖い怖い。
 そんな恐ろしい病気に罹られたら、俺までやばいじゃないか。去勢やべえ、リスク高過ぎだろ巫山戯んな。
 とりあえず半魚人さんは良い人だった。ごめんなさい、ちょっと変人だと思ってました。
 つうか理解出来ないなりに、ちゃんと本を端から端まで読んで良かった。危うく去勢の仕方だけを見て、それを実行しちまうところだったぜ。


 扨。去勢は拙いと判った。もうしない、絶対しない。
 で、これから俺は、この二匹とどう暮らしていけば良いんだ?
 人語を解する知能はあるし、言葉を発する能力もある。人格もあるし、性格も備わっている。つまり――蛸ではあるが、此奴等は一個人として扱うべき存在なんだよ。
 ペットだからとか、蛸だからって理由で粗末な扱いを出来る程、俺は残酷非情な人間じゃねえんだ。だからこそ困る。どう接したら良いのか判らねえ。
 人間じゃないのに人間扱い? ペット扱いするのも躊躇われるし、すっげえ辛い。どうしたら良いのか本当に判らない。
 ああ、もう! ペット飼い初心者にこれは一番きついだろう。こんな冒涜的蛸はさぁっ!

「――オ兄サン、オ兄サン」

 一人っきりな筈の部屋に声が響き、俺は吃驚して一瞬白目を剥いた。が、すぐに立ち直った。よく考えたら俺は今、一人じゃないと気付いたからだ。
 水槽を見る。其処には果して――ヒナタコとソウダコが吸盤を駆使して水槽の壁にへばり付き、水から揚がって水槽越しに此方を見詰めていた。
 生首みたいなだけに、かなり怖い。水死体みたいでさ。

「オ兄サン、一緒ニオ喋リシマセンカ?」
「構エッ! エンジン全開デ構エッ!」

 ヒナタコは礼儀正しいけど、このソウダコはちょっとあれだな。性根は真面目ながり勉って本に書いてあったけど、例外があるってことなのか? それともこれは馬鹿な振り? ただの構ってちゃん? よく判らねえ。
 このまま水槽から出て来られると床が水浸しになるから、とりあえず盥に入れるか。盥何処だったかな――あれ? 無い。仕方ない、風呂桶で良いや。
 風呂場から少し水を張った桶を持ってきた俺は、へばり付いた儘温和しくしていた二匹を優しく摘み上げ、風呂桶の中へ入れてやった。乾燥させたら駄目だって書いてあったから、水を入れたんだ。
 桶を床に置いてから、俺は視点を下げる為に寝転がって二匹を見詰めた。二匹も見上げるようにして、俺の顔を見詰めている。こうして見ると、やっぱり小さくて可愛いなあ。
 そっと、人差し指をソウダコに向かって伸ばしてみる。ソウダコは不思議そうに此方を見ているが、俺は構うことなくソウダコの頬を軽く突いてみた。や、柔らかい! ぬるぬるするけど。

「ヤ、ヤメロヨォ。擽ッテエヨ!」

 感触を確かめるように撫でると、ソウダコは身を捩らせて抗議した。けど嫌そうな顔はしてないから、構って貰えて嬉しいんだろう。
 ふとヒナタコの方を見てみると、そわそわはらはらしながら、ソウダコと俺を交互に見ていた。
 もしかして俺がソウダコを潰すんじゃないか、と思っているんだろうか。だとしたらちょっと悲しいんだけど。確かに俺、顔は怖いけど、そんなことする人間じゃねえよ。
 何だか少し悲しくなったので、ヒナタコのことも突いてみることにした。ぷにぷにする。蛸って柔らかいのな。

「ク、擽ッタイデス。ヤメテクダサイ」

 指先で身体中を撫で回してやると、突かれるのをじっと我慢していたヒナタコが、初めて俺に抗議の声を上げた。でも止めない。可愛いんだもん、此奴等。

「ヤ、ヤメロッテバァッ! 擽ッテエヨォ!」
「コソバイッ、コソバイデス」

 ぐりぐりなでなでと、二匹を指先で弄ぶ。可愛いなあ。涙目で俺を見てくるのが可愛い。ソウダコに関しては泣いてるけど。
 サディストって訳じゃないのに、こうして弄ぶのに嵌ってしまいそうだ。痛いことは絶対にしないけどな! 暴力駄目、絶対!

「フ、フェェェンッ!」

 あっ、ソウダコがまじ泣きしちまった。ええっ、泣き虫って書いてあったけど本当だったのかよ。つうかこれくらいで号泣するなよ、可愛いけどさ。

「ダ、大丈夫カ? ヨシヨシ」

 ぐずぐずと鼻を啜って泣きじゃくるソウダコにヒナタコが寄り添い、短い触腕を必死に伸ばしてソウダコをあやすように撫でている。か、可愛い!

「ウウッ、ヒナタコォッ。ウウッ」
「ヨシヨシ。オ前ハ本当、スグニ泣クナァ」
「ダッテ、ダッテェッ」
「ホラ、オ兄サンモ困ッテルダロ。俺ガ居ルカラモウ泣クナ」
「ウ、ウンッ」

 あらやだヒナタコ超イケメン。二歳の癖に、俺より大人なんじゃなかろうか。色々と負けた気がする。人間的なものが、蛸に。蛸に負けた。ちょっと悲しい。
 でも、俺が悪いよな。良い歳したおっさんが、蛸を撫で回して泣かせるなんて。完全に大人気ない。大人気ないよ俺。
 もし去年逝った親父が見ていたら、確実に俺の脳天へ拳骨を落としていただろうな。
 ううん、やっぱり俺が悪いよな。悪い、うん。謝ろう。

「ごめんな。ちょっと反応が可愛かったから、つい。お詫びに何かあげるよ」

 そう言って謝ると、ソウダコは触腕で涙を拭い、俺の表情を窺いながら怖ず怖ずと尋ねてきた。

「本当ニ?」
「ああ、勿の論だぜ」

 はっきり言い切ってやれば、ソウダコが躊躇いがちに俺の顔を指――指?  触腕? を差した。

「オ兄サンノ、ソノ帽子ガ欲シイ」

 帽子?
 自分の頭を触ってみる。ああ、そういえばニット帽被りっぱなしだったな。俺はいつも出掛ける時、この黒いニット帽を被っているんだけど――これ、お気に入りなんだよなあ。
 つうかどうする気だ、これを。

「ソウダコ君ソウダコ君、この帽子をどうする気なのかな?」
「被ルノ!」

 敢えて言おう、お前の大きさでこれは被れないと。
 せめてあと三年は待て。そうしたら生首サイズになるらしいから、多分被れるから。

「ソウダコ、無茶ブリシテオ兄サンヲ困ラセルナヨ」
「無茶ブリ? 駄目ナノカ、オ兄サン。ナァ」

 そ、そんな潤んだ眼で言われて「はい駄目です」なんて言える訳ねえだろ!
 でもこれはでか過ぎて被れないし、かと言って俺は手芸とか無理だから作れないし――どうしたら良いんだ。
 いや、ちょっと待てよ? 確かあのペットショップに、冒涜的蛸用の玩具とか売ってなかったか? そういうコーナーがあった筈だぞ。
 よし、今から行こう。

「ヒナタコ、ソウダコ。ちょっと待ってろ、今から買ってくる」
「エ、エッ? イヤ、其処マデシナクテモ」
「ソ、ソウダゼ。無理ナラ俺、諦メルカラ」
「いいや! そんなの駄目だ、俺が納得出来ない! 行くったら行くの! じゃあな!」
「マ、待ッテオ兄サン! 待ッテッテバァァッ!」




――――

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