小さき触腕は大いなる触腕に抱かれるか?

 
 えっ――と声を上げる間もなく、俺様の身体はソウダコの触腕に絡め取られていた。圧倒的触腕の長さ故か、将又吸盤の所為か、藻掻いても足掻いても逃げられない。
 ソウダコが牙を剥き出しにして、俺様を凝視している。凶悪な相貌の所為か、その様は正に飢えた肉食獣である。今にも噛み付いてきそうだ。
 俺様の毒は同族の蛸には効かないので、食おうと思えば食えてしまう――これは非常に拙い。
 命は惜しくないが、俺様が食われたら主様が泣く! それだけは困る!

「マ、待テ、早マルナ! 俺様ヲ喰ッテモ美味クナイゾ!」
「ハ? 何勘違イシテンダ? 誰モオ前ヲ食オウナンテ思ッテネェヨ」

 何を言っているんだ此奴はと言わんばかりに眉を顰め、ソウダコが小さく溜め息を吐いた。何だ、杞憂だったのか。

「ソウカ、俺様ハ捕食サレルノカト」
「マア、間違ッテハイナイケドナ」

 どういうことだ――と聞く前に、俺様はソウダコに押し倒されていた。
 えっ、えっ、えっ?

「ナッ、ナナナ何ヲ」
「抱カセロッテ言ッタジャネェカ。俺ヲ母体ニシタインダロ? イツ死ンジマウカ判ンネェオ前ガ孕ムヨリ、若イ俺ノ方ガ安心安全ダモンナァ」

 ソウダコはそう言いながら俺様の交接腕を絡め取り、自身の陰部へと誘導させた。
 交接腕を触られるのも初めてで、況してや陰部に宛行うのも初めてで――俺様は頭の中が真っ白になった。どうしたら良いのだ、どうしたら――。

「――ナ、何ダヨ。迫ッテオイテ、何モシネェノカヨ。ソレトモ、俺相手ジャア、嫌ダッテ言ウノカヨォッ」

 突然ソウダコが泣き始めたことにより、俺様の思考が現実へと戻ってきた。
 理解に時間が掛かったが、漸く理解した。ソウダコは俺様と、契りを交わしてくれようとしていたのか。

「何ダヨォッ、俺、オ前ノコト、気ニ入ッタノニッ。ダカラ勇気出シテ、母体ニナロウトッ、ウゥッ」
「――ヨシヨシ」
「フェッ?」

 ぐすんぐすんと泣きじゃくるソウダコの頬を触腕で撫で、涙を拭ってやった。本当は頭を撫でてやりたかったが、この短い触腕では届かないのだ。
 だからせめて、その涙くらいは拭ってやりたかったのである。

「済マナイ。貴様ノ心意気ヲ、踏ミ躙ルヨウナ真似ヲシテシマッテ」
「ア、ウゥッ。コッチコソ、ゴメン」
「貴様ガ謝ル必要ハナイ。悪イノハ意気地ノナイ俺様ノ方ダ、許シテクレ」
「ソンナ、オ前モ悪クネェダロ」
「イヤ、俺様ガ悪イノダ」
「ウウン、オ堅イ頭シテンナァ。ジャア許シテヤルカラ、ソレデ手打チッテコトデ!」

 先程まで泣いていたとは思えない、ソウダコの明るくて愛らしい笑顔に――俺様の情欲が沸々と込み上げてきた。可愛い。やはり俺様の伴侶は、此奴しか存在しない!

「ソウダコヨ」
「ン? 何ダヨ」
「ソ、ソノ――モウ一度、俺様ニチャンスヲクレナイカ」

 勇気を振り絞って尋ねると、ソウダコは照れ臭そうにしながら触腕を畝らせ、俺様の触腕にそっと重ねてきた。

「チャンスナンテ何回デモクレテヤルッツウノ」

 そう言ってはにかむソウダコに、俺様は出来るだけ優しく接吻してやった。
 するとソウダコが口を開き、俺様の唇を赤い舌でぺろりと舐めた。俺様がその舌を軽く食み、吸ったり舐めたりすると、ソウダコは目を細めて切ない声を漏らし始めた。

「可愛イナ」

 ぽつりと本音を吐いてやると、ソウダコは「可愛クナイモン」と言って頬を赤らめた。やはり可愛い。もっと愛したい。愛してやりたい。
 ゆっくりと探るように、触腕をソウダコの身体に這わせる。ソウダコのものより短い触腕ではあるが、愛撫することくらいは可能なのである。
 優しく優しく全身を撫でてやると、ソウダコは身を震わせて熱っぽい息を吐き――俺様の身体をその圧倒的な触腕で引き寄せ、ぐりぐりと自身の身体を擦り付けてきた。

「ンウッ、早クゥッ――オ前ノ、突ッ込ンデェッ」

 ソウダコは完全に発情してしまったようで、理性の飛んだ眼で俺様を見詰めながら、俺様の交接腕を圧倒的触腕で扱き始めた。
 扱かれるなんて初体験なので、あまりの衝撃に変な声が出そうになるも――俺様が気合いと根性でぐっと堪えた。
 仮にも俺様は歳上、これ以上情けない姿を歳下の蛸に見せられん!
 なけなしのプライドを振り翳し、俺様はソウダコの圧倒的触腕を振り解き、奴の身体をひっくり返してやった。
 俺様よりも触腕は長いが、ひっくり返してしまえば同じ蛸。陰部は俺様と変わらんのだよ!

「ヤ、ヤッ――チョット、コノ体勢ハ恥ズカシイッテ!」

 ひっくり返されたことで羞恥心を思い出したのか、ソウダコが顔を真っ赤にしながら抗議してきた。おまけに触腕を撓らせて、俺様を引き剥がそうとする始末。今更止められるか!

「我慢シロ! 俺様ノ交接腕ハ貴様ノモノヨリ短イノダゾ、コウシナイト挿入出来ンノダ――」

 ――あれ? 自分で言っておいてなんだが、とても惨めな気分になってきたぞ。
 メンダム種の触腕、交接腕は皆そうなのだが、他種の蛸を相手に言うと――何故だろう、まるで短小だと自負しているような錯覚に陥る。とても悲しい。
 俺様の心境を悟ったのか、ソウダコは困惑の表情を浮かべて温和しくなった。

「エット、俺ハソウイウノ気ニシナイシ。チャント出来ルナラ、ソレデ良イト思ウシ、ダカラソノ――恥ズカシイケド、早ク、挿レテ欲シイッ」

 最後の方で気遣いや羞恥より肉欲が勝ったのか、ソウダコは息を荒げながら触腕を蠢かせ、早く挿れてくれと言うように催促してきた。
 何て厭らしく、淫らで、魅力的な誘いのだろうか。俺様はごくりと生唾を飲み、交接腕をソウダコの陰部へ潜り込ませた。
 遣り方など判らない。老耄に残った僅かな本能を頼りに、俺様はソウダコの中へ交接腕を挿入した。
 外皮より熱く、触腕よりも蠢く肉壁が、俺様の交接腕を扱き上げる。何と凄いのだ、これが交接というものなのか。今まで経験しなかったのが惜しまれるくらいに、気持ちが良い。
 ぐにゅぐにゅと肉壁に揉まれながらも、俺様は交接腕を動かした。俺様だけが良い目を見るのは、不公平だと思ったからである。

「ウ、ンンッ――アッ、シュゴイッ、凄ク、良イッ」

 互いの粘液に塗れながら一心不乱に交接腕で肉壁を撫で回し、ソウダコの反応が良い箇所をしつこく愛撫した。
 良い箇所をぐりぐり捏ね回してやると、ソウダコは面白いくらいに喘ぎ、触腕を戦慄かせて俺様に縋り付く。とても愛らしい反応だ。
 先程まで劣勢だった俺様が、優勢だったソウダコを翻弄している。その事実だけでも、俺様は満足だ。このまま腹上死も悪くない――いや、冗談だがな。子供の顔くらいは見てから逝きたい。

「ンッ、ハァッ――モウ、駄目ェッ」

 半泣きになりながら縋り付いてきていたソウダコが、身体を大きく跳ねさせて――中を思い切り締め上げてきた。
 精液を搾り出そうとするような締め付けをまともに食らい、俺様は堪え切れずに中へ射精した。若造を先に逝かせてやったのだし、まあ良しとすべきか。

「アハッ、アハハァ――スッゲェ良カッタァ」

 うっとりとした顔で満足そうに微笑むソウダコが、俺様の触腕を撫でた。

「ナァ。モッカイ、ヤラネェ?」

 そう言ってソウダコは、俺様の身体を圧倒的触腕で愛撫し始めて――そんなことをされて、断れる筈がないだろう!

「フハッ! 制圧セシ氷ノ覇王デアル俺様ガ、深淵ヨリモ深イ、快楽ノ闇ヘト叩キ堕トシテヤルワァッ!」




――――




 メンダムの飼い主である美人さんとデートをして帰宅したら、何だかとても凄いことになっていた。
 何故かメンダムが干からびて死にかけているし、ソウダコは艶々して満足げだし。メンダムは栄養ドリンクを飲ませたら元に戻ったが、一体何があったのだ。

「なあ、お前等何をしてたんだ?」

 ソウダコを捕まえて尋問すると、奴はどや顔でこう宣いやがった。

「エッチナコト!」

 空気が一瞬にして、凍り付いた気がした。
 メンダムの飼い主さんは顔を真っ赤にし、メンダムに「幾ら何でも手が早過ぎます!」と怒鳴っているし、メンダムはメンダムで「欲望ニハ抗エナカッタノダ」と言い、恥ずかしそうに触腕と膜で顔を隠している。
 ソウダコは相変わらずのどや顔だが。

「はあ。まあ、こうなることを望んでいたし、良いんだけども――ソウダコ、お前まさか御老体にあんなことやこんなことを」
「シテネェヨ! 俺ガサレタンダヨ!」

 むぎゃあと叫ぶソウダコを物理的に押さえ込み、俺はメンダムを身遣る。俺の視線に気付いたメンダムは、俺を一瞥してすぐに目を逸らし、頬を赤らめて触腕をもじもじし始めた。
 ああ、これは本当だわ。

「まあ! メンダムったら、歳の割にはお盛んな」
「チ、違ウノダ。ソウダコガ俺様ノ精力ヲ絞リ取ッテキタノダ! 八回モヤラサレタノダ!」

 八回は遣り過ぎだろう。

「おい、ソウダコ。相手は十七歳のお年寄りだぞ、もう少し労れよ」
「ダッテ、チャント妊娠シナキャイケネェト思ッタカラサァ」

 ソウダコが瞳をうるうるさせ、上目遣いで俺やメンダムの飼い主さんを見詰めてきた。
 だからそれ、お前――お前、それは反則だろう。

「し、仕方ないなあ」
「仕方ありませんわね!」
「仕方ナクハナイダロウ!」

 飼い主さんの膝に乗ったメンダムの突っ込みだけが、部屋に虚しく響き渡った。




 一年後。無事にソウダコが子供を産み、メンダムと一緒に子育てで奮闘するのも、俺とメンダムの飼い主さんが結婚するのも――また別の話なので割愛する。

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