小さき触腕は大いなる触腕に抱かれるか?

 名状し難い冒涜的な生物が極普通に蔓延る世の中ですが、メンダムという蛸さんは可愛いと私は思っています。
 メンダムは人の生首にも似た身体をしていて、猫耳のような鰭が二つ生えています。下から生えた紫色の触腕は大きな膜で覆われており、まるでストール――いえ、パラシュートのように脚が広がっていますの。
 まあ、触腕自体が短いので、其処まで広がっている感じはしないのですが。
 そんな可愛い可愛い蛸さんを食べようなどと考える方は居ないと思いますが――食べたら死にます。
 この蛸さんは何と、猛毒を持っているのです!
 毒抜きはおろか、解毒薬も存在しないのです。当たれば死ぬ、北枕なのです!
 なので、この蛸さんを食べることはお勧めしません。死にたいのなら別ですが。
 ですがメンダム自体は、とても温厚な蛸さんなのですよ! 人に懐き難い性格ですが、他の動物さんとは仲良しになりますし、とても良い蛸さんなのです。
 ちょっと変わった口調ですが。


 扨。何故私がメンダムについて少し語っているのかと言うと、それは冒涜的な邪神の思し召しによるものです。
 というのは半分冗談で、私は今困っているのです。
 私が飼っているメンダムは、私が子供の頃に親に飼って貰ったもので、もう十七年は生きているのです。
 メンダムの寿命は、大体十年から二十年。もうそろそろ、お亡くなりになってしまいそうなのです!
 勿論、このまま飼って看取るつもりなのですが――独り身の儘、子孫も遺せない儘、あの世へ逝かせてしまうのが、不憫で不憫で仕方ないのです。
 こんな歳になるまで、独りにさせていた私が悪いのです。学業や交友や就職、色々なものを言い訳に、メンダムを独り身の儘で老いさせた、この私に責任があるのです。
 なので今、メンダムのお相手をネットで募集しているのですが――なかなか見付からないのです!
 やはり十七歳は駄目なのでしょうか? お爺ちゃん――お婆ちゃん? この系統の蛸は両性具有なのでどちらか判りませんが、お年寄りはやはり受け入れ難いのでしょうか。
 それともメンダムだからなのでしょうか。コマエダコやソウダコよりも危険な毒を持っているから、人気がないのでしょうか。毒があるといっても、身を食べなきゃ大丈夫ですのに。
 ああっ、こうしている間にも時間は過ぎていきます。メンダムがいつご臨終するか判りません。はらはらものです!
 早く、早く誰か! 私のメンダムと子供を作ってくださいな!




――――




 蛸愛好家御用達の某大型サイトに、とんでもない募集が貼り付けてあった。
 十七歳のメンダムと子供を作ってくれという募集だ。相手の種類、年齢は問わないと書いてあった。寿命で死ぬ前に子供を遺させたいという、切羽詰まった内容だったが――多分、誰も挙手しないだろう。
 交接の適齢期は十五歳までだ。それを二年も越えているメンダムじゃあ――妊娠させるのもするのも絶望的だろう。
 可哀想だが募集主には、人生勉強だと思って諦めて貰うしかない。同じ蛸を――俺のはソウダコだが――愛する者として助けてやりたいのは山々なのだがな。
 どうにもならないことは、世の中に沢山あるのだ。仕方ない。


 扨。それよりもだ、俺のソウダコのお相手を探さなきゃ。
 俺のソウダコは七歳で、交接適齢期真っ盛りの元気な奴だ。そろそろ子供を作らせてやろうと思い、こうしてネットの募集を見漁っているのである。
 しかし、なかなか近所での募集がない。さっきの十七歳メンダムの人は、比較的近所みたいだが――。

「――兄チャン兄チャン」

 いつの間にか水槽から這い出ていたソウダコが、俺のズボンをぐいぐいと引っ張った。ああもう、また床が水浸しじゃないか。

「おい、勝手に水槽から出るなって言っただろ」
「ゴメン! デモサ、チョット気ニナッテ」

 そう言って申し訳なさそうに手を――いや、触腕を合わせて謝罪されると強く言えなくなるのは、俺が蛸好きだからだろうか。悔しい。

「はあ、もう良いや。で、何が気になるって?」
「ホラ、今ネットデ俺ノ相手ヲ探シテンダロ? ヤッパリサ、気ニナッテ気ニナッテ」

 ああ――確かにそうだな。交際相手が誰になるかとか、本人――いや、本蛸? も気になるだろう。
 飼い主同士で勝手に決めて無理矢理くっ付けるのも可哀想だし、此奴にも一緒に見て貰うか。
 そう決めた俺はタオルでソウダコを包み、パソコンの前に置いてやった。

「操作は俺がするから、気になるのがあったら教えろよ」
「モチノロンダゼ!」

 嬉しそうに牙を剥き出して笑うソウダコの頭を撫で、俺は最初から順番に募集されているものを見せてやった。


 そして――色々な募集を見せてやって三十分。ソウダコが一向に反応を示さない。
 俺が良いなと思っていた募集にすら無反応だ。一応「これはどうだ?」とか「この子とか良さそうだよな」と聞いてみるものの、うんうん唸るだけで良い反応をしてくれない。
 今回の募集は駄目かな――と諦め掛けていた時、ソウダコが突然絶叫した。そして壁がどんと叩かれた。お隣さんごめんなさい。

「な、何だよ馬鹿。今は夜だぞ、近所迷惑だから叫ぶな」
「アッ、スマネェ。好ミノ奴ガ居タカラサァ」

 ――何だと? 此処に来て漸くのヒットか?
 歓喜のあまりに叫びそうになる自身を抑え、俺は震える手でマウスを握り締めた。

「ど、どれだ?」

 俺がそう尋ねると、ソウダコは嬉々として触腕を動かし、パソコンの画面を指し示した。其処にあったのは――。

「げっ」

 十七歳メンダムの募集だった。

「いや、これは駄目だって。お前、これお爺ちゃん――いや、お婆ちゃん? 兎に角さ、お年寄りだぞ。駄目だろ」
「スッゲェ渋クテ恰好良イジャネェカ!」

 画面に表示されているメンダムの画像を見て、ソウダコは大声を上げて目を輝かせている。そしてまた壁を叩かれた。お隣さんごめんなさい、本当に。

「ナア! 俺、此奴ガ良イ! ナア、兄チャン!」
「ああもう判ったから静かにして、頼むから」
「本当ニカ? 絶対ダゾ! 裏切ッタラ毒殺スッカラナ!」
「洒落にならない脅しをするなよ!」

 またまた壁を叩かれた。ごめんなさい、お隣さん。静かにします。




――――




 私は感激しています。漸く私のメンダムに春が訪れたのです!
 お相手は何と七歳のソウダコさん! 私のメンダムよりも十歳若いのですよ。ぴっちぴちです、ぴっちぴち! その飼い主さんもぴっちぴちです!
 あっ、私の年齢は禁則事項なので触れないでください。
 兎に角ですね、私の年齢よりもメンダムとソウダコさんの方が大事なのです。判りますね?
 という訳で話を戻しますが、今は二匹共お喋りをしています。とても楽しそうです!
 相変わらずメンダムが厨二病――いえ、ちょっと変わった口調を爆発させていますが、ソウダコさんはそれでも引いたりしていません。
 本来メンダムとソウダコさんは、犬猿の仲と言われるくらい相性が悪いのですが――これは正に奇跡です。こんなにも仲良しになれるなんて!
 募集でソウダコさんが来た時は不安になりましたが、杞憂に終わりましたね。素晴らしいです!

「あの」

 二匹を眺めていると、ソウダコさんの飼い主さんが話し掛けてきました。何でしょうか。
 はっ、もしかして「やっぱりお見合いは無し」と言うのでしょうか! それは駄目です、あんなに仲良しになれたのに!

「お願いします、私のメンダムと貴方のソウダコさんを引き剥がさないでください!」
「は――え、はい? いや、違いますよ。そんなつもり無いですって!」

 あ、あら? もしかして、私の勘違いでしたか!

「あらやだ、すみません! 私、てっきり二匹のお見合いを無しにされるのかと」
「いやいや、そんなことしませんよ! そうじゃなくてですね、あの――もし良ければ、二匹を置いて二人で出掛けません?」
「えっ?」
「あ、ほら、二人っきり――二匹っきり? 兎に角その、二匹だけにしてやった方が、雰囲気も良くなるんじゃないかなあって」

 成る程、確かにその通りですね。
 お見合いでもご両人を二人きりにしますし、私達は二匹にとってお邪魔虫になっているかも知れません。

「判りました! では参りましょう!」
「やった、デートだ」
「ん? 何か言いましたか?」
「あ、いや、何でもないです。はい」
「そうですか?」

 何やらそわそわしていますが、急にどうしたのでしょうか。よく判りません。
 まあ良いです。今は早く退散しなくてはなりません。メンダムとソウダコさんの為にも!

「メンダム。私達はちょっと出掛けてきますので、ソウダコさんと宜しくしてくださいね!」
「ソウダコ、他人様の家なんだから温和しくしてろよ!」

 私達がそう言うと、二匹は苦笑いを浮かべながら「行ッテラッシャイ」と返してくれました。
 さあ、お邪魔虫は退散退散です! 帰ってきた時、二匹の仲がどれくらい進展しているか楽しみですわ!




――――




 主様が出掛けられて早一時間。俺様はソウダコなる蛸と会話を嗜んでいる最中だ。
 この若造はなかなか見所があり、俺様の興味と関心と――恋情を刺激してくる愛らしさがある。
 老い先短い俺様ではあるが、若い奴にも負けない意志があるのだ。恋情だって抱くのである。
 恋や愛を知らぬ儘、天に還るのかと思って悟りを拓き掛けていたが――遅咲きの花が、今咲こうとしている。我が世の春が来たぞ!

「デヨォ、兄チャンッテバ顔面カラ床ヘダイブシテナ――」
「――ソウダコヨ」

 話を遮り、俺様はソウダコへ躙り寄った。ソウダコは不思議そう身体を傾けたが、俺様が触腕を伸ばして奴の触腕を撫でると、漸く俺様の意図を理解したようで――顔を真っ赤にして、俺様から目を逸らした。

「エッ、アノ、ソンナ、マダ早イッテ」
「貴様、俺様ノ寿命ガ如何程カ知ッテイルダロウ。イツ死ンデモ可笑シクナイノダ」
「デモ、会ッテイキナリナンテサァ」
「俺様ハ貴様ガ気ニ入ッタ。貴様ハ、俺様ガ気ニ入ランノカ?」
「気ニ入ッタケドサァ」
「ナラ構ワンダロウ、抱カセロ」

 そう言って俺様は、ソウダコを押し倒してやろうと伸し掛かって――伸し掛かっ――あれ、伸し掛かれない。
 己の触腕を見る。短い。圧倒的に短い。ソウダコを押し倒すことが不可能なくらい――短い。
 ソウダコの触腕を見る。長い。圧倒的に長い。俺様くらい簡単に捻り潰せる程に――長い。
 年齢、触腕の長さから考えるに、俺様の勝ち目は限りなく0に近い0である。
 あ、か、ん。

「クッ――コノ俺様ガ、雑種如キニ負ケルダトォッ!」
「何言ッテンノカ判ンネェケド、何ガシタイノカハ判ッタカラ、取リ敢エズ落チ着コウ。ナッ?」

 俺様よりも若い蛸に窘められるなんて、なんて――嗚呼、俺様の威厳無さ過ぎる。
 主様としかまともに会話したことのないコミュ障な俺様が、明らかに人慣れ蛸慣れしているソウダコ相手に、偉そうに振る舞っても意味などなかったのだ。
 十七年を無駄に生きた俺様が、俺様よりも密度の濃い七年を過ごしたであろうソウダコに勝てる筈がなかったのだ。
 肉体どころか精神まで負けるとは――何と情けないことか。俺様は自分自身に失望した。自分と違う蛸に初めて出会い、思い知らされた。
 俺様は井の中の蛙――いや、井の中の蛸であったことを。

「――ソウダコヨ、スマナカッタ。俺様如キガ貴様ヲドウコウスルナンテ、身ノ程ダッタヨウダ」
「エ、エッ? アレ、オ前コマエダコダッケ?」
「違ウ、アレノ自虐ト一緒ニスルナ。俺様ハ今、心ノ底カラ反省シテイル。未来アル貴様ヲ、老イ先短イ俺様ガ縛ッテ良イ訳ガナカッタノダ。貴様ハモット若イ伴侶ト添イ遂ゲ――」
「――何勝手ニ決メテンダヨ」

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