種族と認識の違いによる愛情の齟齬

 今の世には、人智を超えた生物達が普通に存在している。
 ある者は「名状し難い冒涜的な生物」と呼び、またある者は「宇宙的恐怖の権化」と呼び、またある者は「邪神の顕在化した姿」などと呼んでいるが――俺からすれば、この不可思議な生物も犬も猫も人も、皆同じようなものである。ただ少し、未知なる部分が多いだけだ。


 扨。その生物の中でも、直視可能な生物を紹介してやろうか。俺が今飼っている、可愛い可愛い海洋生物だ。
 ソウダコと言うのだが――俺の飼っている個体は普通のソウダコとは違う。
 一般的なソウダコは、人の生首に髪のような触腕が生えた冒涜的外見をしているのだが――人型に近いソウダコもこの世に存在しているのだ。
 上半身は完全なる人型で、下半身が蛸の触腕で構成された――人によっては正気を削られ、人によっては興奮する姿――それが俺の飼っているソウダコである。
 正式名称はスキュラソウダコと言う。因みに、俺の飼っているスキュラソウダコの名前は「ソウD」だ。とある方が直々に命名してくれたのだぞ。


 おっと、話が逸れてしまったな。話を戻そう。
 スキュラソウダコの寿命は、普通のソウダコよりも長く、数百年以上生きると言われている。知能も人並みで、人間以上の知能を持つ個体も居るとされている。
 しかし圧倒的に個体数が少なく、最早「存在自体が都市伝説」だの「存在が神話生物」だのと言われている始末。
 数多の絶滅危惧種を繁殖させてきた俺にとって、それは由々しき事態な訳で――俺は生物学の権威者達に掛け合い、とある人物から一匹のスキュラソウダコを譲って貰ったのだ。
 何の為? 勿論、未知なる部分が多いスキュラソウダコの調査と観察、繁殖の為である。
 残念ながら、今は宛行う相手が居ないのだが――。

「――んっ、んんっ――あっ、あぁぁっ」

 こうして俺が直々に、ソウDの性欲処理をしてやっている。
 年中発情可能なソウダコ種は、ふとした瞬間に発情してしまうので、交接腕を扱いてやったり、陰部に物を突っ込んで刺激を与え、欲求を解消してやる必要があるのだ。放っておくと、襲われる危険性があるのでな。
 因みにソウDは交接腕を扱いてやるよりも、陰部に突っ込まれる方が好みなようで、俺に「交接腕を突っ込んで」と強請ってきた。人間の俺にそんなものは無いので、とりあえず代わりに陰茎をぶち込んでやっている。

「あっ、あぁっ――きもひいぃっ、あっ、うぅっ」

 大量に生えた触腕を持ち上げ、外界へと暴かれた陰部に腰を打ち付けて、陰茎を中へ何度も叩き込んでやる。中を穿つ度にソウDは涎を垂らして身悶え、人と同じ形の腕を伸ばして俺に縋り付いてきた。

「んぅっ、あうっ――キス、したいっ」

 息も絶え絶えに強請ってくるソウDの唇に、俺は噛み付くような口付けをした。
 滑った唇が薄く開き、中からソウDの舌が這い出て俺の唇を舐める。俺はその舌を食み、舌を絡めて舐め回してやった。蛸の味がする。
 深い接吻を交わしながら、ぐちゅぐちゅと粘着質な音を立てて腰を振れば、ソウDが名状し難い嬌声を上げた。それと同時に触腕が俺の身体に絡み付き、全身を愛撫するように撫で回してくる。

「あっ、あぁっ――精液っ、中に出して、出してぇっ」

 ソウDが身体を蠢かせ、俺の射精を促してくる。おまけにぎゅうぎゅうと肉壁が陰茎を締めてきたので、俺は何の遠慮も無く中で射精してやった。
 そう、何の遠慮も要らないのだ。人間の精子では、妊娠することが出来ないのだから。

「っ、はぁ――えへへ、大好きぃっ」

 嬉しそうに微笑むソウDの頭を撫で、俺は「俺もだ」と告げて額に口付けを落としてやった。


 このままではいけないと、俺は思っている。
 最近ソウDの発情周期が短くなっており、毎回中出しを強請ってくるところから考えるに――ソウDは子供を欲しがっているからだ。
 しかし俺では、ソウDを妊娠させてやることが出来ない。かと言って普通のソウダコやコマエダコを宛行っても、遺伝子に微妙な差異がある所為で、妊娠することが出来ないのだ。
 なので同じスキュラソウダコか、それとも別種でありながら酷似した性質を持つ、交接妊娠可能なスキュラコマエダコなどを宛行いたいところなのだが――稀少な生物の為、なかなか譲って貰えない。
 だがしかし、俺は諦めない。ソウDの為にも。スキュラソウダコの未来の為にも。
 それにだ、スキュラコマエダコを宛行うことが出来れば、スキュラコマエダコの繁殖にも貢献することが出来るのだ。


 スキュラダコは人間と同じ胎生妊娠で、基本的に一回の出産で一匹しか産まない。しかも出産をすると、数十年間は産んだ子供を育てる為に交接しなくなるのだ。
 そのことが個体数の少なさに拍車を掛けているのだが――子育てについてちゃんと教えてやれば、数匹の子供を産んでも大丈夫だと理解し、個体数も増える筈なのである。
 お偉いさん達は金儲けしか考えていないので、保護だの飼育だの五月蠅いが、そんなことをしなくても此奴等は充分生きていけるのだ。ほんの少し知恵を与えれば、充分独自の文化を築き上げられる程に。
 だから俺は、此奴等に知恵を付けさせるのだ。人の造った檻の中から巣立って欲しいから。人間の利己主義に縛られず、自由に生きて欲しいから。
 それが此奴等にとっての幸せな筈だから――。




――――




 御主人が、変な奴を連れて帰ってきた。名前は「コマエD」とか言うコマエダコで、俺と同じスキュラ種だった。
 念願の新しい家族だと御主人は言うけれど、俺には御主人さえ居ればそれで良いから、新しい家族なんて要らねえよ。何で判ってくれないんだろう。あんなに深く愛し合ったじゃないか。
 しかもコマエDと同じ部屋にされた。俺はいつも御主人と同じ部屋で寝ていたのに、今まで放置気味になっていた俺の部屋で、二人一緒に寝るようにって言われた。拒否したけど、もうじき慣れるからって窘められた。何でだよ。

「ごめんねソウD君、僕みたいなゴミ屑蛸なんかと同じ部屋なんて嫌だよね」

 その通りだぜ――なんて言える訳もなく、俺は無言で首を左右に振ることしか出来なかった。

「あはっ。優しいんだね、ソウD君は」

 そう言いながら、コマエDが俺の身体に寄り掛かってくる。振り払ってやろうと触腕を撓らせると、コマエDは自身の触腕で俺の触腕を悉く押さえ込み、俺の身体を抱き締めやがった。
 止めろよ、俺を抱き締めて良いのは御主人だけなんだよ。

「や、止めろよ。離せよ」

 唯一自由な上半身の両腕でコマエDを引き剥がそうとするも、向こうも必死で抵抗してきて剥がせない。何だよ。何でこんな、こんな――。

「――意味判んねえよ、いきなり何だよ。止めろよ」
「ソウD君、君は御主人のことが好きなんでしょ?」

 突然そんなことを言われて、俺は硬直した。何で、今日初めて来たばかりの此奴が、そんなことを? 俺は何も言ってないぞ。

「何で判った? って顔してる」

 くすくすと笑い、コマエDが俺の頬を撫でた。

「判るよぉ、それくらい。君の愛がどれだけ希望に満ち溢れているかくらい、糞蛸の僕にでも判るんだよ。でもね――」

 御主人は君のことを、愛してなんかいないんだよ――そう言ってコマエDが、俺の唇にキスをした。
 噛み千切ってやる――そう思って牙を剥き出しにした時には、コマエDは顔を離していた。
 悔しい。何でこんな奴に、そんなことを言われなきゃならないんだよ。
 俺が憎しみを込めて睨み付けてやると、コマエDが泣きそうな顔で無理矢理笑みを作って口を開いた。

「ソウD君、本当は判ってるんでしょ? 僕達スキュラは、人間と恋人同士になんて成れないって。子供も作れない、未来が無いって」
「五月蠅い」
「ねえ、僕を見てよ。僕みたいな駄蛸でも、人間よりは遥かに君を幸せに出来るんだよ」
「五月蠅い」
「ソウD君」
「五月蠅い!」

 何だよ。何でいきなり、こんな得体の知れない奴に迫られなきゃいけないんだよ。何でだよ。意味判んねえよ。助けてよ、助けてくれよ御主人。

「もうやだ。御主人、助けてくれよ。此奴やだ、怖い!」

 部屋の扉に向かって叫んだ。きっと御主人が来て、此奴を何とかしてくれる筈だから。そうすればまた、俺は御主人と二人だけで――。

「――何を言っても無駄だよ」

 コマエDが、俺を押し倒した。背中が床に叩き付けられ、鈍痛が身体を貫く。痛い。痛い。何で、こんなことを。

「ソウD君、僕は君の夫として連れて来られたんだよ」

 ぬるりと、コマエDの触腕が俺の触腕に絡み付く。

「最初はあの、忌々しい研究所から脱出する為だけに来たつもりだったんだけど、一目惚れって本当にあるんだね。君のこと、凄く気に入っちゃった」

 コマエDの触腕が、愛撫するように俺の身体を這い摺り回っている。やだ、やだ、やだ。

「ねえ。御主人も、君と僕が夫婦になることを望んでいるんだよ。大好きな御主人の為にも、僕と――」
「――五月蠅いっ!」

 上半身の腕を振るい、掌で思い切りコマエDの頬を叩いてやった。ばしりという小気味良い音が部屋に響き、息苦しい沈黙が訪れる。
 俺は悪くない。俺は悪くないんだ。いきなり襲ってきた此奴が――此奴が、泣いてる?
 ぼろぼろと涙を零しながら、コマエDが声を殺して泣いてる。何で? 叩いたから? 何で?

「ソウD君」

 泣かせてしまったことに困惑していると、コマエDが伸し掛かるように俺の身体へ覆い被さり、今にも溺れ死にそうな人間のように、必死に縋り付いてきた。

「僕はもう、此処しか居場所がないんだ。君に拒絶されたら、また研究所に戻される。嫌なんだ、もう。彼処に戻りたくない、戻りたくない。助けてよソウD君、僕を嫌わないで。拒絶しないで、僕のことを好きになってよ。僕を独りに、独りにしないでよぉっ」

 とうとう嗚咽し始めたコマエDに、俺は――俺は、どうしたら良いんだろう。
 俺は御主人が大好きなのに、愛しているのに、御主人は俺のことを愛していない。
 御主人は此奴を俺に宛行って、夫婦にさせようとしている。それが、御主人の望み。
 此奴は俺と夫婦になれなきゃ、研究所に戻される。此奴の居た研究所が何処か、どんなところか知らないけれど、泣くくらい嫌な場所だったんだろう。
 でも、俺は、御主人が好きなんだよ。
 でも御主人は、此奴と俺が夫婦になることを望んでいて、此奴も俺が夫婦になってやらないと、研究所に戻されて、俺は御主人の期待に応えられなくて、ずっと愛されることはなくて――。


 ――嗚呼。
 もう、どうでも良いや。

「――コマエD」

 縋り付いて嗚咽を漏らすコマエDの頭を撫で、戦慄くその身体を触腕で抱き締めた。

「俺、お前のこと、好きになるように、頑張るから。研究所に、戻されないように、してやるから。もう、泣くなよ、一緒に居てやるから。一緒に、居てやるからさあ」

 もう、俺には此奴しか居ないんだ。俺にはもう此奴しか――此奴には、俺しか居ないんだ。縋る相手が。
 俺しか、俺しか――だから、これは、仕方ないことなんだ。諦めるしか、ないんだ。諦めるしか、諦めて、此奴を――此奴を守ってやらなきゃ、同族なんだから、守ってやらなきゃ、ならないんだ。

「――ごめんね、ソウD君。泣かないで、泣かないで」

 お前が泣いてんだろ――と言いたかったのに、出てきたのは声に成らない呻きだった。
 何だ、俺も泣いてるのかよ。情けない。ちょっと失恋したくらいで、本当に情けない。情けない、泣きたいくらいに。

「ごめんね、ごめんね」

 コマエDが鼻を啜りながら謝り、俺の頭を撫でてきた。
 その手付きがあまりにも優しいものだから「お前は悪くない、誰も悪くないんだ」と言いながら、俺は声を押し殺して泣いた。

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