名状し難い冒涜的な蛸焼き屋

 

 コマエダコとソウダコの身体には、性質の悪い毒が含まれている。
 現在でも解毒薬は無いし、一度毒に冒されれば廃人確定で、残りの人生を清潔感のある牢獄の中で過ごす羽目になる。
 そう、解毒薬は無い。解毒薬は無いが――毒抜きをすることは可能なのだ。勿論、簡単なことではないのだが。


 河豚の卵巣を糠漬けにして毒抜きをするような、長期間の年月を要する毒抜きではない。比較的短期間で行えるが、簡単ではない方法なのだ。
 一番大事なことは先ず、好かれること。コマエダコとソウダコに気に入られることが第一目標である。それこそ我が子のように可愛がり、友人のように接することが大事なのだ。
 次に行うのは説得である。ほんの少し身体を――触腕を分けてくれと説得するのだ。
 殺してしまえば良いと思われがちだが、殺すなんて以ての外である。それでは毒が身に詰まった儘なのだ。説得が成功することにより、蛸は我が身の毒を抜き、毒が抜かれた触腕を差し出してくれるのである。
 因みに触腕は十分から三十分程で生えてくるし、本人――本蛸? も切り離す時に痛みは無いようなので、動物愛誤――間違えた、愛護団体からの苦情なども来ない。
 まあ、あの団体は名状し易い尊崇的な生き物にしか過剰反応しないし、特に何の問題も無い訳だが。


 扨。上記の説明で、毒抜きが簡単に行える――そう思った人、それは勘違いである。そういう人間が一番廃人になる率が高い。
 それは何故か? コマエダコとソウダコは、とても癖のある性格をしているからだ。
 コマエダコは奇人変人――奇蛸変蛸? そのものであり、思考も行動も全く読めない。読めるとすれば、其奴は奇人変人の類だろう。
 そしてソウダコは極度の疑心暗鬼を拗らせており、一度でも裏切ろうものなら、一生信頼を得ることは出来ないとまで云われている。
 そんな二種類の蛸から好感を得るのは、重度のコミュニケーション障害者が親友を作るくらい困難なことなのである。
 お判り戴けただろうか、二匹から好かれることの大変さが。
 しかし、一度好かれてしまえば説得は容易いものとなる。向こうから喜んで触腕を提供してくれるようになるし、きちんと礼を言って褒めてやれば向こうも満足するからだ。
 途中の過程は難しいが、一度難所を越えてしまえば楽なものである。


 扨。恐らく皆が「何故其処までして、そんな蛸を食わなければならないのだ」と思っていることだろう。
 世間一般の評価では、コマエダコは「表現のしようがない、この世のものとは思えない味」で、ソウダコは「比較的蛸の味に似ているが、コーラと機械油の味」なのだから、その反応も致し方無い。
 だがしかし、知って欲しい。その評価は誤りであると。
 その評価は毒込みの味であり、毒抜きをした蛸はそのような味ではないのだ。
 毒抜きをしたコマエダコは「生臭さの無い、濃厚な蛸の味」で、毒抜きをしたソウダコは「水っぽさの無い、あっさりとした蛸の味」になり、両極端な味ではあるものの、両方共普通の蛸より遥かに美味いのである。
 しかし悲しいことに、それを知っているのは一部の人間だけなのだ。その人間でさえも「毒抜きが面倒」という理由で、この蛸達を食材として扱うことを避けている始末。
 俺は憤慨した。この美味さを世に広めないなんて、そんなの絶対に間違っていると。


 だから俺は「冒涜的危険食材調理師免許証」を二年掛けて取得し、現在はコマエダコとソウダコを五匹ずつ飼いながら、小さな蛸焼き屋を営んでいる。
 様々な調理方法を試し、どれが一番美味くて万人に受け易いかを検証したところ――蛸焼きが一番である、という結論に至ったのだ。
 現に客は毎日百人以上来るし、噂を聞き付けて遠方から態々来てくれる人も居る。材料の蛸を買って来なくて済む為か、売上金も毎日黒字続きである。お蔭で調理師免許を取得するのに作った借金も、数ヶ月程で返済出来た。
 本当に、蛸様々である。

「オ兄サン、今日モ一杯オ客サンガ来テイタネェ」

 飼っているコマエダコの一匹が、閉店準備をしている俺に話し掛けてきた。此奴はコマエダコの中では一番の古株で、現在十三歳。そろそろ寿命が危ういので、子供を作らせてやりたいと思っている蛸だ。

「ああ。今日もお前達のお蔭で、お客さんに沢山喜んで貰えたよ」

 俺がそう言うと、コマエダコは人好きのする愛らしい笑顔を浮かべながら「僕達ガ希望ヲ生ミ出シテイルンダネェ、希望ガ満チ溢レテイルヨォ!」と鳴き、嬉しそうに跳ねている。
 この蛸を知らない人間が見れば、生首が跳ねているようにしか見えないらしいが――俺からすると、とても可愛らしい姿である。

「ああ、希望に満ち溢れているよ。今日はお前達の大好きな牛肉を買ってきてやろう」

 そう言った瞬間、今まで舟を漕いでいたソウダコが目を覚まし、起きたてとは思えない跳躍力で俺に飛び付いてきた。因みに此奴もソウダコの中では一番の古株で、歳は十二。古株のコマエダコとくっつけたいのだが、なかなか上手くいかない厄介な奴でもある。

「兄サン! コーラ! コーラモ買ッテキテ! コーラ!」
「はいはい判った、判ってるから! 飛び付くのは止めなさいって何回も言っただろ、服がぬめぬめになるから!」
「ゴ、ゴメンナサイ」

 ソウダコが元来の凶悪面を泣き顔にして、上目遣いで俺を見詰めている。このあざとさは、一体何処から学習したのだろうか。これ以上叱れないじゃないか。

「――っ、判った判った。泣かなくて良いからな」
「怒ッテナイ?」
「怒ってない怒ってない」

 そう言って頭――頭? を撫でてやれば、ソウダコは鋭利な牙を剥き出しにして莞爾とし、俺の胸に擦り付いてきた。
 だから粘液が付くと言うに――ああ、もう良いか。既にべっとり付いているし。諦めよう。

「オ兄サン、オ兄サン」

 俺が諦観気味にソウダコを撫で回していると、コマエダコが触腕と触腕をくっつけて擦り合わせ、もじもじとしながら上目遣いで此方を見てきた。

「どうしたんだ?」
「アノネ、僕モ買イ物ニ付イテ行キタイナッテ」
「えっ」
「アア、駄目ナラ良イヨ。僕ミタイナ屑蛸ナンカト、一緒ニオ出掛ケナンテシタクナイヨネ! 不愉快ナ気分ニサセテゴメンネ!」
「あっ、いや、違うって! 自虐は止めなさい!」

 自虐はコマエダコの悪い癖だ。本能と言っても差し支えないくらいの悪癖である。
 事ある毎に自身を貶し、隙あらば自身を穢す。かと言って被虐嗜好という訳でもない、何がしたいのかよく判らない習性である。

「ジャア、連レテ行ッテクレルノ?」
「えっ、あの」
「俺モ行キタイ! 外行キタイ!」
「ええっ!」

 まさかソウダコまで行きたいと言い出すとは!
 半額商品を狙う為に――というか蛸焼き屋の閉店時間的に――夜になってから買い物へ行くのが常なのだ。斯く言う今も夜である。
 薄暗い夜道を、生首のような蛸を身体に纏わり付かせて歩いていたら、確実に通報ものだ。というか前に通報された。そして「紛らわしいものを連れ回すな」と怒られた。
 だから外に連れて行くことをしなくなったのだが――。

「――オ兄サン、外ニ行キタイヨォ。最近ズット隠レッパナシデ飽キタヨォ」
「俺モ飽キタ! 外行キテェ!」
「いや、しかし」
「駄目カナ?」
「駄目ナノカ?」

 あざと過ぎる程の上目遣いで、瞳をうるうるさせながら、二匹が俺を見詰めてくる。あざとい。あざとい!
 だが可愛いから許す!

「し、仕方ないなあ。じゃあ連れて行ってやるよ」
「本当ニ?」
「ああ」
「ヤッタ! ジャア皆デ行コウゼ!」
「そうそう皆で――えっ?」

 いつの間に、水槽から這い出ていたのだろうか。古株二匹以外の八匹が、扉の隙間からトーテムポールのようになって此方を見ていた。
 まさか皆って――十匹全部?

「久シブリノ外ダ!」
「オ外! オ外!」
「散歩?」
「買イ物ダッテヨ、買イ物!」
「ジャア、コーラ沢山強請ラナキャ!」
「僕如キガ何カヲ買ッテ貰ウナンテ、烏滸ガマシイニモ程ガアルヨネ」
「ソンナコトネェッテ! 何カ強請ロウゼ!」
「生肉! 生肉食ベタイ!」

 八匹がわいわいと囂しく騒ぎ始め、今更「お前等は駄目」とか言える空気じゃなくなって――ええい、儘よ!

「よっしゃあっ! 皆で買い物行くぞ!」
「ヤッタァ! 流石オ兄サン、剛健ダネ!」
「エンジン全開! ドコドコドコォッ」

 古株の二匹も喜んでいる。皆も喜んでいる。俺は間違っていない、間違っていないぞ!

「よし、じゃあ行くか!」
「ウンッ!」
「オウッ!」




――――




 皆を連れて買い物に行った俺は、運良く? 通報されることはなかったのだが――次の日から俺は「蛸塗れになるのが好きな変人」とか「名状し難い冒涜的な蛸焼き屋のおっさん」とか「冒涜的な蛸の化身」とか、色々と不名誉な渾名を付けられてしまった。
 半分事実なだけに否定出来ず、今は開き直って皆を引き連れ、買い物や散歩に行っている。そのお蔭か、将又不名誉な渾名のお蔭か、何故か売上が前よりも向上した。
 複雑な気持ちではあるものの、売上が伸びたことで此奴等に良い物を沢山食わせられるようになったので――まあ、これで良いかなと思っている。
 此奴等の美味さが世間に広まり、此奴等と一緒に暮らせれば、俺はこの上なく幸せなのだから。

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