コマエダコとソウダコ

 私は興奮で震えている手を伸ばし、コマエダコとソウダコの頭――ほぼ頭しかない身体だが――を優しく撫でる。相変わらずぬめぬめとした触り心地だが、今日は少し温かかった。

「おめでとう、元気な子供を産んでくれよ」

 私がそう言うと、ソウダコは顔を真っ赤にして触腕で隠し、コマエダコは「元気ナ子供ヲ産ンデ貰ウヨォ、未来ハ希望ニ満チ溢レテイルネェッ」と言って、ソウダコの触腕にキスをした。




――――




 DVD効果によって二匹が結ばれて、早六ヶ月。
 私が仕事に行っている間に出産したらしく、帰ってきたらビー玉サイズのコマエダコが二匹、ソウダコ一匹、水槽の中に漂っていた。
 三匹共動かないので、死産かと思ってかなり焦ったが、コマエダコが水槽から這い出て「寝テルダケダヨォ」と教えてくれたから安心した。ソウダコは漂う我が子達を見ながら、嬉しそうに笑っている。
 普通の蛸は体内受精させてから卵を産むのだが、彼等は卵胎生なので、体内で孵化させてから子を産み落とすのだ。
 その所為で数は埋めないが、安全且つ確実に子を成せるので、稀少な種ではあるが、野生の生息数は一定を保っている。


 ふと、水槽を見遣る。ふわふわと水槽内を漂う子供達を見詰めながら私は、孫が産まれたらこんな気持ちなのかな――と、子供すらも居ないのに、妙な感動と幸福感を噛み締めた。

「ネエ、ネエ」

 未だに水槽から顔を出していたコマエダコが、私に向かって声を掛けた。

「何だ?」
「アノネ、子供ガ出来タカラ、コノ水槽ジャア狭クナルト思ウンダヨォ」

 狭くなる? ああ、確かにそうだな。

「そうだな。で、それで?」
「新シイ水槽ヲ所望スルヨォ」

 何、だと?
 確かに狭くなる。合計五匹を住まわせるには、この水槽では狭くなる。
 しかし、しかしだ。私にも都合というものがあってだな。主に財布とか財布とか財布とか。
 この水槽だって特注だから、かなり高かったのだ。ローン払いにして、今も払っている最中なのだ。
 その上に新しい水槽を買うだなんて、そんな余裕は――。

「――オ兄サン。僕達ノオ願イ、聞イテクレナイノ?」

 態とらしいくらいの上目遣いで、コマエダコが私を見詰めている。その愛らしさに負けそうになって目を逸らすと、逸らした先でソウダコが俺を見詰めていた。
 コーラを前にした時のように、目を輝かせながら。
 買えと、買えと言うのか。ソウダコよ。万年金欠病の私に、新しい水槽を買えと言うのかソウダコよ。
 ああ、もう――。

「――判ったよ、買うよ。買ってやるよ!」
「ヤッタ! 流石オ兄サン、希望ガ溢レテルヨォッ!」

 子供のようにはしゃぐコマエダコと、水槽の中でにこにこ笑っているソウダコを交互に見て私は、一生此奴等には勝てないのだろうなあ――と思い知りながらも、何だかんだで幸せだから良いかと思い直し、明日から食費を減らそうと決意した。

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