コマエダコとソウダコ

 とある地域の母なる海の奥深く、名状し難い冒涜的な者が封印されている――訳ではないが、それっぽい何かが居たりする場所には、珍しい魚介類が生息している。
 魚面をした人型の醜悪な生物などが大半なのだが、可愛い生物も居たりする。
 それは人の生首に、髪の毛のような蛸の脚を生やした、コマエダコとソウダコと言う名前の生物だ。


 コマエダコは白い触腕を生やした蛸の一種で、希望を求めて彷徨う性質を持っている。
 ソウダコは桃色の触腕を生やした蛸の一種で、鋭い牙を持った臆病な生物である。
 この二種類の蛸は両性具有であり、種類は違うものの交接が可能で、生息場所も同じなのでよく夫婦になっていたりする。夫婦というよりは、コマエダコが一方的にソウダコを追い回しているだけなのだが。
 コマエダコの求める希望というものにソウダコも含まれているらしく、よく「ソウダ君! 希望! 希望ガ、満チ溢レテイルヨ!」と鳴きながら、ソウダコを追い掛けている姿が確認されている。
 臆病なソウダコはコマエダコから逃げるのだが、大抵は捕まって交接されたり、只管に身体を撫で回されたりしている。
 コマエダコと違って武器になる牙があるというのに、ソウダコはそれをコマエダコに使うことはない。臆病だからなのか、それともコマエダコを交接の相手として認めているのか――それは定かではない。
 一説によると、逃走することで相手が自分と交接するに相応しいかを見極めているとか。しかし逃げている姿は必死そのものなので、この説を推している者は極少数である。
 有力な説として挙げられているのは、ソウダコは本気でコマエダコを拒絶しているが、襲われると何だかんだで受け入れてしまう――つまり「ソウダコはちょろい説」だ。
 事実、一度コマエダコに捕まるとソウダコは温和しくなり、それから行動を共にするようになるので、ちょろい説は有力とされている。


 コマエダコとソウダコの主食は主に貝や魚だが、ソウダコの大好物は何故かコーラである。
 ソウダコを飼育している者がコーラを飲んでいると、ソウダコが目を輝かせて「ソレ、クレ! クダサイ! クダサイ!」と鳴き、必死にコーラを強請ったという話が何十件も報告されており、百匹のソウダコを使った実験でも、百匹全部がコーラを対して過剰な反応を示しているので、ソウダコはコーラが大好物であるとされている。
 人間の作り出したものが大好物という不可思議な生物だが、存在自体が不可思議なので――あまり深く考えないことをお勧めする。
 世の中には、知らないでいる方が良いこともあるのだから。


 扨、名状し難い冒涜的なことについては目を背け、話を続けようか。
 コマエダコとソウダコの身体には一種の毒、麻薬的な成分が含まれている。
 コマエダコを食した人間は自虐的になり、希望の為なら自らの命すらもゴミのように捨ててしまうようになるのだ。
 一方ソウダコを食した人間は何かを解体したり改造したくなり、骨格に性的な興奮を覚えるようになってしまい、最終的には猟奇殺人に至ってしまうようになる。
 どちらの蛸の肉も、一欠片摂取しただけで狂ってしまう上に、解毒薬なども未だに存在していないので――間違っても、食用蛸として蛸焼きなどに混入してはいけない。廃人よりも質の悪い、狂人共が量産されてしまうからだ。
 因みに食べてしまった狂人達の感想によると、コマエダコは「表現のしようがない、この世のものとは思えない味」で、ソウダコは「比較的蛸の味に似ているが、コーラと機械油の味」らしい。
 本当なのか定かではないが――何にしても、自らの正気を賭けてまで食べる程の代物でないことは確かである。


 そんな危険で冒涜的な蛸達だが、人語を解する知性と人に近い顔立ちで、一部の人間から熱狂的な人気がある。
 斯く言う私もその一部に入る人間で、現在はコマエダコとソウダコを一匹ずつ飼育している。
 成人男性の頭部とほぼ同じ大きさをした二匹は今、特注の巨大水槽の中で楽しそうに泳いでいる。
 生首が泳いでいるようにしか見えないが、生首好きの私からすれば正に天国で――見ているだけで日々の疲れも吹き飛ぶくらい、幸福に満たされるのだ。
 専門店でセット売りだったのを買ったのだが、同じケースに入れられていたお蔭か、二匹はとても仲が良い。
 因みに買ったばかりの頃の二匹は、ビー玉のように小さい子供だった。今では生首と同じ大きさだが。月日の流れとは早いものである。


 そろそろ成体なので、交接を行っても可笑しくないのだが――未だにそれらしい様子はない。二匹共交接腕を切除していないので、どちらが男役と女役になるか判らないが、子を孕む可能性はある。
 しかし、一向に交接を行う様子がないのだ。
 小さい頃から一緒に居た所為で、兄弟か何かと勘違いしているのだろうか。買った時店員は「この子達は兄弟じゃないです」と言っていたし、兄弟ではない筈だ。
 コマエダコもソウダコも、血縁者同士では絶対に交接を行わない。人間のような倫理観が彼等にもあるのか、遺伝子が齎した進化への道標なのか判らないが――兎に角、彼等は兄弟同士では絶対に交接しないのだ。


 嗚呼、どうしよう。私は観賞と繁殖を目的に購入したのに、このままでは繁殖させられないではないか。
 一見すると、殺しても死ななさそうな彼等だが、悲しいことにちゃんと寿命がある。短くて十年、長くて二十年と差はあるものの、大体それくらいで彼等は逝ってしまうのだ。
 そして私が飼っている二匹は、丁度十歳になったばかりで――そろそろ子作りをしてくれないと寿命的に危ういのだ。
 コマエダコもソウダコも稀少で、需要の低さが響いているのか、取り扱い店も少ない高価な生物なのである。そんな高いものを何匹も買える余裕など、流石にない。
 だから繁殖させて、友人の蛸と交配させながら、血を絶えさせないように飼い続けるつもりだったのだが――これではどうしようもない。
 何とかならないのだろうか。




――――




 蛸のスペシャリストとも言える友人から、素敵なアドバイスをして貰った。
 曰く、室内飼いのコマエダコやソウダコは、酷く世間知らずである。無知であるが故に、交接の仕方すらも知らない。
 曰く、動物園などでも交接の様子を撮ったビデオを観せ、交接の仕方を教えている。
 というアドバイスを頂いた私は、友人から「濃厚な交接シーンを抜粋した自作DVD」とやらを借り、二匹を水から揚げてトレイに乗せ、テレビのある部屋まで連れて行った。
 水陸両用となっている彼等は、陸でも活動可能なのだ。しかも身体が完全に乾燥してしまっても、仮死状態になるだけで死んでしまったりはしない。
 確か、何処かの砂漠でコマエダコの干物を見付けた人が、うっかり水をかけてしまったところ――生き返って、元気に喋り出したそうだ。学会の発表論文によると、干物状態でなら数百年は生きるらしいが――私は干物を観賞する趣味はないので、どうでも良い。


 話が逸れてしまったな。とりあえず私はご飯を食べに外へ行くつもりなので、二匹をテレビの前に置き、DVDを再生させる。

「私はちょっと出掛けてくるから、良い子にして観ているんだよ」

 私がそう言えば、二匹は元気な声で「判ッタヨ、行ッテラッシャイ」と言って触腕を左右に振った。
 嗚呼、やっぱり可愛らしい。




――――




 あれから一時間くらい経っただろうか。私は家に帰ってきた。
 一時間くらいの内容らしいので、もうDVDは止まっているだろう。彼等にもご飯をあげなければならないし、早く部屋に行かなけば――ん?
 何だか変な声がする。彼等の居る、部屋の中から。
 扉に耳を当ててみる。やはりこの部屋からだ。何を言っているのか判らないが、恐らく彼等の声だろう。
 私が居ない間に喧嘩でもしたのだろうか。それなら早く仲裁に入らねばと思い、ゆっくりと扉を開けて入ったら――とんでもないものを目撃してしまった。
 コマエダコがソウダコに伸し掛かり、その触腕でソウダコの身体を撫で回している。ソウダコはコマエダコに自分の触腕を絡め、小さな喘ぎ声を漏らしていた。
 端から見ると触腕と触腕が絡み合っていて判り難いが、コマエダコの交接腕が見えないので――もしかして、ソウダコに突っ込んでいる最中なのだろうか。
 ということはつまり、二匹はお楽しみの最中ということか?
 DVD効果凄い――と歓喜に打ち震えるも、交接中の二匹を観察していることに、申し訳なさを覚え始めた。
 人間で言うなら、自分の友人と友人が性交しているのを目撃したのと同じ状態なのだから。
 しかし――興味があるのも事実な訳で。私は交接中の彼等に歩み寄り、その様子を観察することにした。
 コマエダコとソウダコは、一般的な蛸の交接と違い、何処か人間じみた性交の仕方をする。普通の蛸は交接腕を雌の体内に挿入し、精子を渡すだけなのだが――彼等は違うのだ。
 交接腕を体内に挿入するまでは同じなのだが、交接腕への刺激や興奮によってしか射精しない構造なので、相手の体内で交接腕を動かし、触腕を絡ませ合って気分を高揚させる――とまあ、人間の性交のような交接を行うのである。
 おまけに彼等は表情豊かなので、まるでマニアックなAVを観ているかのような錯覚を――いや、私は変態ではないのだが。何だかこう、胸に来るものがあるな。
 背徳的で冒涜的な交接をまじまじと見ていると、ソウダコが「見ナイデ、見ナイデ」と涙声で訴えてきた。


 知的生命体である彼等には、羞恥心というものがある。トイレも見えないとこでするし、身体をひっくり返して陰部を見ようものなら、暴れて泣き叫ぶ個体もいるくらいだ。
 その泣き叫ぶ個体が、私の家にも居る訳で――それがこのソウダコである。因みに私のコマエダコはひっくり返しても「絶望的ダヨォ」と鳴くだけで、ほぼ無抵抗である。絶望的と言っているので、不愉快ではあるみたいだが。
 ん? ということは――もしかしたらコマエダコは何も言わないだけで、こうして私に見られているのが不愉快なのかも知れない?
 流石の私も、二匹から拒絶されては居座れないな。

「コマちゃん、私は席を外した方が良いかな」

 生々しく身体を蠢かせているコマエダコに尋ねると、コマエダコは「別ニ良イト思ウヨォ」と愉快そうに答えた。ソウダコは「ヤダ、席外シテ、クレヨォッ」と泣いているが。
 コマエダコが良いと言うなら、まあ良いのだろう。ソウダコの意見? さあ、知らんな。
 という訳で観察を続行しているのだが――何か目覚めてはいけないものに目覚めてしまいそうだ。
 コマエダコの緩急を付けた律動と、その動きによって喘ぐソウダコ。触腕と触腕が艶めかしく這い回り、滑る粘液が立てる厭らしい音が――何とも言えない。
 動画でなら何回か観たことはあるが、生の交接がこんなにも淫らだとは思わなかった。人間同士の性交よりも性的じゃないか、これ。
 友人が私にDVDを渡す時「これで抜いても良いんだぜ」などと言ってきたので憤慨したが――すまない友人よ、これは抜ける。蛸の交接で抜けるか馬鹿――と罵ったが、訂正する。抜けるわ。

「アハッ、希望ニ満チ溢レテイルヨォッ」

 コマエダコの身体が大きく揺れたかと思うと、そのままぴくりとも動かなくなった。ソウダコは目をぎゅっと瞑り、ゆっくりと息を吐いて身を震わせている。
 もしかして――射精しているのか?
 どきどきと高鳴る胸を押さえながら身を屈め、接合部を覗き込んでみた。コマエダコの交接腕がずっぽりとソウダコの中に入り込み、中へ何かを流し込むように交接腕が脈打っている。
 やはり射精したのか。
 交接が終わった――と認識した瞬間、奇妙な罪悪感と羞恥心が私の心に突き刺さった。
 ペットの交接に欲情してしまった罪深さと、そんな自分に対する恥ずかしさで、私は今すぐにでもこの場から逃げたくなった。
 しかし――此処までじっくり観察しておいて逃げたら、二匹は「私に嫌われた」と思うかも知れない。それは駄目だ。

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