三、四日目@

 修学旅行生活、六日目の朝。
 案の定と云うべきか、俺の身体は女のままだった。
 ああ、いつになったら俺は、元に戻れるのだろうか。
 ウサミは未だに「原因が判らないでちゅ」などとほざいているし、本当に名ばかり教師である。もしこのまま戻れなければ――あの身体を解体してやる。前から気になっていたのだ、どういう構造をしているのか。
 ――と、物騒なことを考えている場合じゃない。さっさと服を着替え、レストランへ行かなければ。今日も今日とて採集なのだ。
 ああ、労働って素晴らしいなあ。




――――




 さくさくと、意外なくらい何の問題もなく採集を終えた俺は、昼食をダイナーで取り――現在はフリーだ。自由だ。自由なのだ。
 ――ああ、自由って素晴らしい!
 今日こそは機械弄りをしよう。朝食に出されたジャバオムレツのお陰か、採集で消費した体力を差し引いても――今の俺はエンジン全開である。徹夜も出来そうな勢いだ。
 希望の欠片? 交流? 今日くらいは良いだろう。
 俺はもう、機械なしでは生きていけない身体なのだから!

「――左右田さん!」

 ――ああん、何で俺は巡り合わせが悪いのだろうか。
 声のした方を見る。果してそこには、ソニアさんが居た。

「左右田さん、ちょっとお時間宜しいですか?」

 ――ああ、やっぱり。
 何でこのタイミングなのだろうか。俺は神に嫌われているのだろうか。したいこと、やりたいことが、何もかも上手くいかない。
 だけどその運命を、強引に捩じ曲げる度胸はない訳で――。

「――宜しいですよ、ソニアさん!」

 こうして、流れに身を任せるしかないのである。




――――




「左右田さん。私が選んだ下着や服は、お使いになられていますか?」

 当てもなく二人でぶらぶら散歩をしていると、ソニアさんが思い出したように聞いてきた。
 ま、ず、い。

「えっ、と、その――」
「もしかして、お使いになられていない?」

 お使いになられていないというか、お使いになれないんです――なんて言える筈もなく。
 俺は、まだ使ってません――とだけ答えることにした。

「あの、やっぱり、少し大胆過ぎましたか?」

 ――少し? あの、紐が、少し?
 改めて王女様との、認識の差を痛感する。カルチャーショックだ。
 あれが少し大胆、という認識なのか。ならば彼女にとっての大胆な下着とは、一体どんなものだろうか。確実に紐以上――まさか、シースルー?
 ――幾ら下着とは云え、丸見えの下着なんて無意味ではないか!

「少し、というか、大胆、というか――あの、ちょっと俺には、刺激が強い、というか」

 とりあえず、傷付けてしまわないように言葉を選びながら、ソニアさんに俺の意思を伝える。
 万が一にでも、着てください! なんて言われでもしたら――もう、逃げられない。

「ふうむ。左右田さんは初なねんねさんだったのですね! 私としたことが、うっかり久兵衛でした」

 ――うぶな、ねんね。
 まさか王女様にそんなことを言われてしまうとは、思いもしなかった。
 俗世間に身を浸し、それなりに汚れてきたつもりだったのだけれど。おまけにねんねときたか。確かに幼稚なところはあるし、今は女だが――何だか凹む。
 本人がどういう意味で言ったのかは判らないが、少し傷付いた。

「ううん。ですが、あの服は大胆ではなかった筈ですよ? あれは何故着てくださらないのですか?」

 ――あの服?
 あの服とは、一体どの服だろうか。服は碌に見ず、全部紙袋の中へ押し込んでしまったので、どれのことかが判らない。

「あの、ソニアさん。あの服って、一体どんな服ですか?」
「黒地に白いフリルがあしらわれたドレスですわ」

 ――あのゴスロリ衣装のことかよ! ガッデム、ド畜生!

「あ、ああ、あれですか」
「はい! あれなら大胆ではありませんし、左右田さんにお似合いだと思うのです! だから――」

 ああ、止めてくれ、その先の言葉は言わないで――。

「――是非、着て頂きたいです!」

 ――俺の人生が終わった。




――――




「わあお! 可愛いね左右田君! 漸く女性としての自覚が芽生えたのかな?」
「黙れ花村、スカートを捲ろうとするな!」

 ソニアさんの要求を断れる筈もなく――俺は今、ゴスロリ衣装を身に纏い、レストランで夕食を食べている。
 ニット帽を剥ぎ取られ、逆立った髪を下ろされ、ゴスロリ衣装を着せられて、ふりふりの襞が付いた髪飾りを頭に乗せられ――俺は今、飯を食べている。脱ぎたい。
 でも、今日一日着ると約束をしてしまったので脱げない。死にたい。

「あはっ、素晴らしいよ左右田君! とてもよく似合ってるよ!」
「うっせえ馬鹿枝! 安らかに眠らせんぞ!」
「鋼鉄を制する漆黒の魔女――いや、鋼鉄を制する漆黒の女神――」
「おいそこの厨二病患者! 変な渾名考えてんじゃねえ!」
「左右田、そこの醤油取ってくれ」
「日向てめえ、少しは助けろよ! はい醤油!」
「ありがとう。あと、助けるのは無理だ。明日まで我慢しろ」
「そんな殺生な――」
「うふふ、左右田さん。とてもよくお似合いですわ! 私、大感激です!」

 ああ、ソニアさん。今は貴女が悪魔か魔王に見えますよ。
 こんな苦行を強いるなんて、貴女は本当に無邪気で残酷な人だ。

「ああ、そういえば――ロケットパンチマーケットには、他にも可愛らしい衣装がありましたね!」

 また服を探しに行きましょう――と宣うソニアさんは、今まで見たこともないくらい良い笑顔をしていた。
 そんな彼女を見て、やっぱり可愛いなあ――なんて思う余裕があるところをみると、案外精神的ダメージは軽微なのかも知れない。
 だがしかし、服探しは却下します。




――――




「疲れ、た」

 エンジン全開だった体力が、ゴスロリ衣装のせいで大半削られてしまった。徹夜? もう無理です。
 俺はふらふらとした足取りでコテージへ行き、中に入った瞬間――ベッドへ倒れ込んだ。
 服に皺が付くとか汚れるとか、そんなことを気にしている余裕はなかった。ただもう、じっと横になっていたかった。


 今思えば俺は、キャラクターの方向性を間違ったのかも知れない。
 超高校級のツッコミなどと揶揄される程に突っ込みを入れたせいで、俺は――そういう立ち位置の人間として、重宝されるようになってしまった。
 この島には、天然が多い。
 放っておくと暴走し続ける奴らばかりなのだ。常識を弁えているのは多分、俺と日向くらいだろう。
 そんな状態だから俺は、こうして体力を無駄に消費し、奴らの暴走をツッコミという手段で止めなければならないのだ。
 放っておけば、所謂ボケ倒し――田中語で表現すると、混沌への誘い――が始まる。終わることを知らない、非常識な暴走が始まるのだ。
 平穏と秩序を愛する俺には、それがどうしても我慢出来なかった。故に俺は、不本意ながらもツッコミの役割を担い、こうして身を削る思いでボケを切り捨てていた――のだが、もう疲れた。
 ゴスロリ衣装のお陰で、俺は漸く理解した。ツッコミは、受け身側は損だ。疲れる。疲れるのだ。だがしかし、根が小心者な俺には暴走する勇気がない。
 ならば、選択肢は一つしかない。俺は――。




――――




 修学旅行生活、七日目の朝。
 今日は採集がない――つまり、朝から晩まで自由なのだ。
 俺は昨日脱ぎ捨てたゴスロリ衣装を拾い上げる。
 そしてベッドの下から一本の、透明な液体が入った瓶を引き摺り出した。砂浜にあるモノモノヤシーンに、採集中に拾ったメダルをぶち込んだら出てきた物だ。
 使う機会が見付からず、ベッドの下へ押し込んでいたのだが――まさか役に立つ機会に恵まれようとは。やはり世の中には、無駄なものなど存在しない。
 俺は着ていた寝間着を脱ぎ捨て、ゴスロリ衣装を身に纏い、そして――瓶の蓋を開けた。




――――




 修学旅行生活、七日目の朝。
 今日は採集が休みの自由な日だ。
 左右田が突然女になったりして色々大変な一週間だったが、大きな問題は――左右田にとっては女になったこと自体が大きな問題だろうが――起きていない。
 至って平和な、南国生活だ。
 ――さて、着替えるか。
 俺は寝間着を脱ぎ、脱衣籠に入れ、昨日用意しておいた普段着を着る。うん、やっぱり制服が一番落ち着く。
 ――そろそろ朝食の時間だろうし、レストランに行くか。
 そう決めた俺がコテージを出ると――。

「うおっ」

 左右田が昨日のゴスロリ衣装を着て立っていた。吃驚して変な声が出た。

「どうしたんだよ。昨日あんなに嫌がってたのに、また着て」

 とりあえず話し掛けてみた――が、無視。というかこいつ、何処を見ているんだ。空? 何もないぞ。

「大丈夫か? 何処か体調でも――」
「ひぃなぁたぁっ」

 俺の言葉を遮るように、妙に間延びした左右田の声が響く。何だか様子がおかしいぞ。

「日向ぁっ、俺は今、とても気分が、高揚しているのです」

 ――はい?

「ちょ、ちょっと、左右田? 何か口調がおかしいぞ」
「おかしい? それはきっと、気のせいです。俺は至って普通の、左右田和一です」

 どうしてこうなった。
 いや本当に、どうしてこうなった。何だ、一体左右田に何が――って。

「さ、酒臭えっ!」
「酒ではありません。ノンアルコールの、水です」

 ノンアルコールの水? それってまさか――。

「淫れ雪月花か!」
「正解です。そんな日向に、ご褒美をあげましょう」
「えっ? ご褒美、って――」

 何だよ――と言う前に、左右田に抱き締められた。眼前には蕩けた表情をした左右田の顔があり、そして――ちゅっ、という音がした。
 えっ? と思った時には既に、俺の頬にキスがされていて――。
 え、えっ――。

「なっ、な、ななななな――」
「あははは、日向、顔真っ赤だぁっ」

 お前も真っ赤だろうが――なんて言う余裕はなく。俺は左右田に抱き締められたまま、あわあわと不思議な踊りをする羽目になった。
 誰か助けて。

「あら。日向さん、左右田さん、おはようございます」
「そ、ソニア――」

 助かった。これで何とかなる――。

「あら! 左右田さん、またあの服を着てくださっているのですね! 私、感謝感激雨霙ですわ!」
「ふふふ、似合ってますか?」
「勿の論です! 可愛いですよ!」

 ――ならんかったわ。
 というかソニア、左右田が俺を抱き締めていることに関して、何か思うことはないのか。何故普通に会話しているんだ。あれか、現実逃避か。俺もしたいよ。

「むっきゃあああっ! 何すか何すか! 創ちゃんと和一ちゃん、朝から激しいっすね!」

 ああ、澪田。お前はちゃんと現実を見ているんだな。偉いぞ、だから俺を助け――。

「らぶらぶずっきゅんっすね! あれっすか、いつからそういう関係になったんすか!」
「さっき」
「むきゃあああっ! マジすか! 和一ちゃん、見かけ通りに手が早いっすね!」

 ――ああ、こいつも駄目だったよ。何がらぶらぶずっきゅんだ。何で普通に受け入れてんだよ。左右田が今、女だからか? 異性同士ならありなのか?
 そりゃあ左右田が女になった時、ちょっと意識しちまったけど、中身は男なんだぞ。
 というか左右田、お前は俺に友情を求めていたんじゃないのか。何で抱き付いているんだ、キスしたんだ。何がしたいんだ。
 ――ああ、ツッコミが追い付かない!

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