二日目B

 



 無駄に――主に精神的に――疲れさせられた採集時間は終わり、俺は逃げるようにダイナーへ行き、一人で飯を食らっていた。
 昼飯はダイナーと決めている訳ではないのだが、朝夕しか花村は料理を作らない――頼めば昼食を作ってくれるが、そうなると嫌でも自由時間を共に過ごさなければならなくなる――ので、仕方なく通っているのだ。
 仕方なくとは言ったものの、ファーストフードは嫌いではない。何と言ってもすぐに食べられ、すぐに食い終われるのが有り難い。
 それに――身体に有害であろう高カロリー、高塩分、低栄養な食料を摂取するという、この背徳感が堪らない。
 少なからず被虐嗜好的要素を備えてしまっている俺は、こうした軽い自虐的行為に耽るのが結構好きなのだ。
 痛いのも苦しいのも辛いのも嫌だが、これくらいならとても楽しい。腹も満たされるし。

「――御馳走様でした」

 作った人間は居ないし、誰なのかも判らないが――こうして食事を用意してくれたことに感謝し、俺の血肉となっていった食材達に感謝する。
 貧しい家庭で生まれ育ったが故に、こういった作法――儀式は、ちゃんと行わないと気が済まない。
 チャラい人間を演じてはいるが、これだけはどうしても譲れず、以前通っていた高校では「意外と真面目だな」などと揶揄されたものだ。
 俺からすれば「頂きます」「御馳走様」は言うのが常識なので、真面目も何も関係ないと思うのだが――チャラい部類の人間にとっては、常識ではないらしい。何とも嘆かわしいことである。

「――さあて、これからどうすっかなあ」

 後片付けをし終えた俺は、独り言にしては大きな声でそう呟いた。
 どうするも何も、誰かと交流を深めて希望の欠片とやらを集めなければならない――のだが、どうも今日は気分が乗らない。
 愛しのソニアさんを追い掛け回す――言っておくが俺はストーカーではない――気にもなれないのだ。
 ソニアさんに紐という名の下着――いや、下着という名の紐? を渡されたからというのもあるだろうが、先程の田中との遣り取りが、俺の精神力を異常に削いだのが原因だろう。許すまじ田中。
 ――止めよう。思い出すだけでまた精神力が削られる。
 とにかく今は、誰とも交流したくない。さっさとこの場から去り、コテージにでも引き籠もるのが得策だろう。
 今は俺以外誰も居ないが、いつ誰が来るか解らない。何故なら今は、昼食時だからだ。食事の取れる場所が限られているこの島では、こういった場所は多くの人間に高頻度で利用される。現在、俺一人しかいないことが奇跡に近いのだ。

「――帰ろう」

 余計なことを考えている暇はない。帰ろう、コテージに。そして機械を解体し、組み直すのだ。別物に変身してしまうのもご愛嬌。それもまた楽しみの一つであり、俺の生き甲斐なのだから――。

「――あれ、左右田君? あはっ、奇遇だね! こんなところで会えるなんて、僕はやっぱり幸運だ!」

 ――そうかい、俺は不運だよ。
 何でよりにもよって狛枝と遭遇してしまうのだろうか。
 家の近くの山にて、不法投棄された家電製品を漁っている時に熊と遭遇した――あの時並みの不運だ。あの時は近くにあった冷蔵庫を投げ付け、何とか追い払えたが――こいつは熊じゃない。投げ付ける冷蔵庫もない。おまけに筋力が低下しているので、あっても投げ付けられない。
 最悪だ。

「ねえ左右田君、もし良かったら僕と一緒に自由時間を過ごしてくれないかな。ああ――僕みたいな下等で下劣なゴミ屑が、君を誘うなんて烏滸がましいにも程が――」
「――ああもう、自虐は止めろって! 解ったから、一緒に過ごしてやっから!」

 軽くあしらおうにも、逃げ道――出口が狛枝の真後ろ――が封鎖されているので、嫌でも応対するしかない。
 そして応対してしまったが最後、少しでも拒絶しようものなら――自虐と皮肉を綯い交ぜにした、狂気の演説が開催されるのである。
 俺は引き籠もることを諦めた。




――――




「ふふふ。こうして左右田君と一緒に居られるなんて、僕は明日死ぬのかも知れないね!」
「んなことで死なれたら、俺の夢見が悪くなるだろ!」

 あれから俺は、狛枝の昼食――俺は食べ終わっていたから傍で見ていただけ――に付き合ってやった。
 こいつが食事するところを観察する機会など、今までなかったので気付かなかったが――ちゃんと『頂きます』と『御馳走様』が言える人間だった。不要な雑学が増えてしまった。

「あはっ、ごめんね。僕なんかのせいで、左右田君が安眠できなくなるなんて」
「死ぬ前提で話をすんな」

 全く、こいつは本当に理解出来ない。
 理解しようとも思わない――というのが本音なのだが、理解したくとも出来ないから、そう思っているだけなのかも知れない。
 何れにせよこの未知なる生物と、自由時間を過ごさなければならないのが現実な訳で――現実は非情である。

「つうかよ、どっか行く当てあんのか?」

 誘うからには、俺と何処かへ行きたいのだろう。そう考えた俺は、狛枝に尋ねてみる。が――。

「え? 当てなんてないよ?」
「――は?」

 思わず素が出た。想像以上に低い声が漏れ出て、狛枝がびくりと震える。

「ご、ごめんね。左右田君と偶然出会えたのが嬉しくて、勢いで誘っただけなんだ。やっぱり蛆虫以下の下等生物な僕なんかとは――」
「――っだあああっ! 自虐は止めろっつうの! 悪かったって、別に怒ってねえから!」

 危ない危ない。ただでさえ凶悪な面構え――女になって少しは緩和されたが――をしているのだから、真顔になっては駄目なのだ。
 常に口角を上げ、スマイルスマイル。

「怒ってねえから、な?」
「あ、あはは――左右田君って、あんな顔もするんだね。大発見だよ!」
「大発見って程のもんじゃねえだろ」

 ああ、やっぱりこいつは苦手だ。
 何を考えているのか全く解らない。心理学でも齧って本心を隠しているのか、はたまた生来の処世術なのか。
 どちらにしても厄介だ。どう接するのが最善なのか、解らない。

「――左右田君」

 ふと、狛枝が真剣な表情になり、俺の名前を呼んだ。何だよと返事をすれば、狛枝は俺の目を見つめながら――にっこりと微笑んだ。

「深く考えなくて良いよ。考えるんじゃなく、感じるんだ」

 ――こいつ、俺の思考を読んだのか? いや、まさかな。
 というか、考えるんじゃなく感じろだなんて――抽象的過ぎて理解出来ない。

「訳解んねえ」
「解らなくて良いよ。これは理解するものじゃないから」

 理解するんじゃなく、感じるんだよ――と言い、狛枝は俺の手を握った。
 おい。

「いきなり手なんて握るなよ、気持ち悪い」
「あはっ、ごめんね。道端に落ちている汚物以下の僕が、君の手を握るだなんて身の程知らずも良いところ――」
「――ああはいはい、握ってやるから黙れ」
「ふふ、左右田君は優しいね。流石、超高校級のメカニックだよ!」

 メカニックは関係ないだろ。
 というかこいつ、自虐を利用して俺を誘導していないか? 何となくそんな気がしてきた。いや、絶対そうだ。そうに違いない。

「お前さあ、結構狡猾だよな」
「えっ? そうかな。君程じゃあないと思うけど」
「俺は相手を故意に誘導したりしねえよ」
「ふうん? 無自覚だなんて、僕より余程性質が悪いね」
「どういう意味だよ」

 そう言って俺は狛枝を睨んだが、狛枝は――さあね、とだけ言って、意味深長な笑みを浮かべるだけだった。
 ――ああ、やっぱりこいつは苦手だ。




――――




 あれから俺は、狛枝と映画館でアクション映画を観たり、軍事施設で戦車を調べたり、電気屋で冷蔵庫を漁ったりと――割と充実した自由時間を過ごし、自分のコテージへと戻ってきた。
 今なら『考えるんじゃなく、感じるんだよ』という言葉が理解出来る。狛枝相手に一々頭を使うのは、無駄だと云うことだ。
 本心を絶対見せない相手に探りを入れるのは、無駄に精神が摩耗するだけなのだ。
 ああいう人間は、その場凌ぎに近いくらいの応対だけで良いのである。俺はまた一つ賢くなった。にしても――。
 ずっと手を握られていたのは、あまり良い気分じゃなかったな――と、心の中で呟く。
 何らかの意図があったのかも知れないが、俺は狛枝に始終手を握られていた。逃げも隠れもしないと云うのに、ずっとだ。訳が解らない。
 未だに握られていた左手が、じっとりと湿り気を帯びている――気がする。不思議と不快感はないが、何だか胸の奥がもやもやする。すっきりしない。

「――まあ、考えるだけ無駄か」

 そうだ。狛枝相手に頭を使うだけ無駄なのだ。釈然としないが――忘れよう。あれは狛枝の気紛れだ。そうだ、そうに違いない。
 それよりも――もうすぐ夕食だ。狛枝と色々な場所に行ったので、腹も減っているし疲れている。さっさと食って、さっさと寝るに限る。
 機械弄りをしたかったが、無理をすればこの――貧弱な女の身体に不具合が生じるかも知れない。採集や物作りもあるし、馬鹿をやらかして皆に迷惑を掛けるのは良くないのである。

「――さて、レストランに行くか」

 また花村にセクハラされるのかなあ――と一抹の不安を抱えながら、俺はコテージを出た。

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