二日目A

 



 現在は採集時間、場所は牧場。まさか機械関係を専攻している俺が、牛の乳搾りやら、鶏の卵を集めることになろうとは――あ、金の卵。

「お、おい雑種。採集は捗っているか?」
「あ? まあまあだよ。金の卵も見つけたし」

 今回は得意分野の正反対とも云える採集場所で、おまけに苦手な部類の人間である田中も居るという、何とも苦行に近い採集時間だ。しかも朝食時に色々あったせいで、少し気拙い。
 俺は悪くないので気にする必要は全くないのだが、先程から事ある毎に田中が話し掛けてくるので、気にしたくなくても気にするしかない。
 いつもならこんなに構ってくることはないのだが――どうやら田中は、自分のやらかしたことに対して罪悪感を抱いているようだ。やれ素材は重くないかだの、一人で持てるのかだの、解らないことがあれば聞けだの、妙に優しい。
 破壊神暗黒四天王とやらも謝礼のつもりなのか、せっせと向日葵の種を剥き、中身を俺に渡してくる始末。いや、俺は向日葵の種なんて食べないから。皮を剥かれても食べないから、自分達で食べなさいって。

「ふ、ふっ――金色に輝く偽りの魂を見つけ出すとは、貴様もなかなかやるではないか」
「はいはい、そりゃあどうも」

 全く、調子が狂うなあ。
 いつも通り、高慢に不遜に横柄に振る舞えよ。

「あのさあ――さっきのこと気にしてんなら、もう良いから。ちょっとした事故だよ、あれは」
「事故、だと?」
「そう、事故だ事故。ハムスターがすぐに服の中から出て来れなかった、ただの事故。不可抗力ってやつだよ。だからもう気にすんなって」
「いや、あの、俺様は――」

 と、何かを言いかけて、田中は口籠もった。途中で止めるなよ。

「何だよ、最後まで言えよ」
「その、俺様は――」

 と、またしても田中は口籠もる。おい。

「んだよ、いつもみたいにべらべら喋れよ。何か逆に不気味だ」
「そ、その――俺様は、貴様の胸や、腰や、下穿きを見てしまった訳で」
「ああ、だからあれは事故だって――」
「――俺様は貴様に対し、並々ならぬ感情を抱いてしまったのだ」
「――はあ?」

 並々ならぬ感情? 並々ならぬ、普通じゃない感情?

「何だよ、その感情って」
「そ、それは――」

 そう言って田中はストールで顔を隠し、俺から目を逸らした。
 田中を見る。辛うじて見える田中の目元が、少し赤らんでいた。
 ――嫌な予感がする。

「おい、まさか――俺に惚れたとか、そんなんじゃないだろうな」

 俺がそう言うと田中の全身が跳ね上がり、ストールで頭全部を覆い隠した。
 ああ、これは本気ですわ。

「おいおいマジかよ。あんなんで惚れるなよ、どんだけ女の身体に免疫がないんだよ」

 俺も免疫がある訳じゃあないが、そのことは棚に上げる。第一に俺は胸だの尻だのの表面より、中身が好きだからな。
 周囲に合わせて胸や尻が好きだと振る舞ってはいるが、正直肉より骨の方が重要だ。肉はおまけ、ないよりはあれば良いかな――程度の認識でしかない。
 そんな程度の認識しかない俺にとっては、ちょっと半裸を見たくらいで惚れてしまう田中の心理が、いまいち理解出来なかった。
 好みの骨格をしていたから、という理由ならば理解出来るが――そういう訳でもないようである。
 だからこそ、益々判らない。動物としか心を通わせられない――などと田中を馬鹿にしていたが、どうやら俺も同じ部類の人間のようだ。田中の心が判らない。

「何つうか――俺、男だし。元に戻る予定だし、惚れられても困るんだけど」
「ふむ」
「つうかよ、多分それ、気の迷いってやつだよ。好みの身体だったから欲情としたとか、そういうのだって」

 田中の真意は判らないが、とりあえず俺の望む方向へ誘導してみることにした。気の迷いだった、勘違いだったと思ってくれれば、こちらにとっては万々歳だからだ。
 なのだが――。

「――俺様は、その程度の誘惑で堕ちるような存在ではない」

 どうやら覇王様は、自分の非を認めない方向で動くつもりらしい。面倒臭い男だなあ。

「その程度のって、実際それで堕ちたんだろうがよ」
「あれは切っ掛けに過ぎん。俺様は気付いたのだ、貴様と出会ってから今まで抱き続けた――この感情の意味を」

 ――おい、ちょっと待て。今、さり気なくとんでもないことを言わなかったか、こいつ。
 出会ってから、今まで? それってつまり――俺が男だった時からってことか?
 ――おいおい、これは本気で洒落にならないぞ。

「待て――いや、待ちなさい田中眼蛇夢。貴方は疲れているのです。訳の判らない修学旅行に巻き込まれ、南国の島という閉鎖空間に押し込められ、強制労働と赤の他人との交流を強いられたせいで、精神的に参っているのです。落ち着きなさい。深呼吸をしなさい。現実を見なさい。貴方が俺に抱いている感情は、まやかしです」
「俺様は正常だ。貴様こそ大丈夫か、口調がおかしいぞ」

 誰のせいだと思っているんだ、この野郎――と怒鳴ってやりたかったが、ぐっと堪える。
 これ以上取り乱しても、不利益しか生み出せない。落ち着かなければ、何とかこの事態を乗り越えなければ。

「俺は大丈夫だ。つうか、お前が正常な訳ないだろ。俺に惚れるとか――有り得ない」
「有り得ない? 笑止! 今こうして此処に、貴様に惚れた男が居るのだぞ?」

 普段の調子を取り戻し始めたのか、奇妙なポーズを決めた田中は、ぐっと親指を立て、自分自身を指し示した。
 ああもう、本当に面倒臭いなあ、この男は。

「意味が判んねえ。大体何だよ、俺に惚れる要素が判んねえ。男色家な訳?」
「愚問だな。一目見たその瞬間、我が魂の半身に相応しい、と――そう思った。ただそれだけのことだ。因みに俺様は男色家ではない」

 ああ、えっと。つまり、一目惚れってことか?
 ――益々理解出来ない。これが異性間なら、まだ理解も出来る。だけどあの時、俺もお前も男だったじゃないか。
 男色家ではないなどとほざいているが、どう考えても男色家だろう。

「別に性癖を否定するつもりはないけど、俺は男色家じゃねえからな」
「俺様もだが」
「いや、お前は男色家だろ。男の俺に一目惚れとか、どう考えたってそうだろ」
「違う。俺様は、貴様に惚れたのだ。性別など無意味に等しい」

 現に俺様は、女の貴様も愛している――なんて、あまりにも真剣な表情で言ってくるものだから、不覚にも少し心拍数が上昇してしまった。
 畜生、これだから美形は困る。何をしても許され、受け入れられるのだから。
 だけど俺は、許さないし受け入れないがな!

「俺はソニアさんが好きなんだよ。お前に好かれても、それに応えられねえ。第一に俺は異性愛者だ」

 どうだ。これだけずばっと切り捨てたら、流石に諦め――。

「ならば全身全霊を込めて、貴様を振り向かせてやろう」

 ――ませんでしたね、はい。
 何だよこいつ、メンタル硬いな。ダイヤモンドで出来ているのか、こいつの心は。

「いや、諦めろよそこは。拒絶されてんだからよお」
「覇王の辞書に、諦めるなどという言葉は記されていない」

 お前はナポレオンか。覇王の辞書って何だよ、何処で売ってんだよ、出版社は何処だよ。
 ――おっといかん、こいつのペースに持っていかれるところだった。危ない危ない。
 仕方ない、少し心苦しいが――冷酷に突き放すしかない。

「田中、俺は――お前が嫌いなんだよ」
「知っている。だが諦めん」

 ――ああ、もう駄目だ。これは所謂、ストーカー予備軍だ。下手に刺激すると厄介なことになる系統のやつだ。
 どうしよう――。
 機械以外と碌に向き合って来なかったため、俺には乏しい対人コミュニケーション能力しか備えられていない。
 本から得た知識により、何とか人並みのコミュニケーション能力があるように見せていたが――応用力と実践経験を問われるこの問題は、あまりにも難易度が高過ぎる。
 どうすれば良いのか、全く判らない。こんな時の対処法など、本には載っていなかった!
 ――もう良いや、成るように成れ。

「ああ――うん、田中」
「何だ」
「お前が俺のことを好きってのは、よく判った。そして諦めないことも判った。だから――俺がお前に靡くか否かは、今後の成り行きに任せるということで」

 これ以上の答えを、俺の脳は弾き出せなかった。
 拒絶しても駄目、切り捨てても駄目、ならばもう――ある程度受け入れるしかないだろう。仕方ない、仕方ないのだ。

「ふむ、つまり――貴様を魂の半身として、我が領域に引き込むことも可能――ということだな」
「俺が了承すればな」

 まあ、一生有り得ないけど。

「ふはっ、ふははははっ! 面白い、面白いぞ左右田和一! 良いだろう、必ずや貴様を我がものとしてくれる!」

 はいはい、精々頑張ってください。叶わぬ恋に時間を無駄に注ぎ込んでください。もう知らん。知るものか。
 俺は悪くない。諦めないこいつが悪いのだ。貴重な青春時代を俺なんかに使おうとしている、こいつが悪いのだ。俺に非はない。ないったらないのだ。

「好きにしろ。つうかよ、採集の続きしようぜ。まだ全然集められてねえし」
「ふむ、そうだったな。ふははははっ! 安心するが良い。瘴気に満たされたこの地なら、普段の倍以上の力を解放することが可能だからな!」

 流石、腐っても飼育委員だ。頼もしいことこの上ない。

「へいへい。なら倍々速で採集してくれよ、覇王様」
「勿の論だぜ!」

 さり気なく俺の口癖を真似るんじゃねえよ。




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