二日目@

 修学旅行生活、五日目の朝。
 残念ながら一晩経っても、俺の身体は男に戻っていなかった。
 まあ、そんなにすぐ戻る訳がない。現実はいつだって、非情で冷酷なものなのだから。
 だが俺は一人じゃない。ソウルフレンドの日向が居る。
 何だかんだで心配してくれる奴がいるのだ。それだけでも不安が少し薄れる。有り難いことだ。
 ――そういえば、昨日渡された下着と服があったな。
 昨日の昼から放置されたままの紙袋を見る。正直嫌だが――下着くらいは使わなければ、何を言われるか解らない。
 それに一応、俺のことを想って選んでくれたものなのだ。その想いを切り捨てる程、俺は残酷な人間じゃあない。
 ベッドから降り、怖ず怖ずと紙袋の一つへ手を伸ばす。覚悟を決めてそれを引き寄せ、中身を引き摺り出し――。

「うぇあっ?」

 思わず変な声が出た。何だこれは。紐か? いや、これは――。

「パン、ツ――」

 いや、いやいやいや。何だよこれ。パンツとしての機能を果たしていないではないか。何だよこれ。何だよこれとしか言えないぞ。
 他は、他にまともなものは――。

「わあお、何だこれ」

 本当に何だこれ。ブラジャー? いいえ、これは紐です。
 ふざけるなよド畜生。紙袋をひっくり返し、中身を漁る。紐、紐、布? 紐、紐紐紐――。
 紐しかないのか、この紙袋は。こんなことなら三人に任せっきりにせず、ちゃんと参加して選べば良かった。
 何だよこれ。誰だよこれ選んだの。まさかソニアさんじゃ――ああ。そうだ、ソニアさんだ。確かあの時、紐を持っていた。
 何だろうか、ソニアさんは俺に紐を着て欲しいのだろうか。
 幾らソニアさんからの願いでも、こればかりは無理だ。ごめんなさい。
 俺は紐を掻き集めて紙袋に突っ込み、そっと部屋の隅に置いた。ごめんなさい。

「――さて、次だ」

 気を取り直して次の紙袋をひっくり返す。今度はちゃんとした布だ、良かっ――いや、これは服じゃないか。下着ではない。
 というか、何だこれは。黒地に白いひらひらが大量に付いているぞ。広げてみる。西洋人形の衣装を思わせる服だ。
 ――あれ、これって確か、ゴスロリとかいう服じゃないか?

「――却下」

 俺はゴスロリ衣装を紙袋に突っ込み、部屋の隅に投げた。ふざけるなド畜生。
 ええい、まともなやつはないのか!
 次の紙袋を掴み取り、勢い良くひっくり返す。布だ、そして服じゃない。下着だ!
 漸く出会えたまともなものに感動を覚え、思わず泣きそうになる。パンツだ、ちゃんとしたパンツだ。紐じゃない。ブラジャーも紐じゃない。良かった、本当に良かった!
 一応一枚々々確認してみたが、この紙袋は当たりだったようで、変なものは一つもなかった。良かった、本当に良かった。これで何とかなる。
 だがしかし、まだ紙袋が二つある。正直もう漁りたくないのだが――確認はすべきだろう。仕方ない。面倒なので、両方同時に中身をぶち撒けることにした。

「あっ」

 ぶち撒けた瞬間、少し後悔した。紙袋の一つは、アレのアレだったからだ。
 嫌でも思い知らされる、来るかも知れないアレ。来て欲しくないが、身体が完全に女なら――確実に来るであろうアレ。
 ああ、凹む。
 因みにもう一つの紙袋から出てきたものは、女物の服だった。ゴスロリ衣装ではない。至って普通の、可愛らしい服とか、スカートとか、そういうのだ。
 まあ、着ないけど。
 両方再び紙袋に入れ直し、部屋の隅に置く。残ったのは、まともなパンツとブラジャー達。
 おめでとう下着達よ。君達は選ばれし存在だ。これから宜しくお願いします。




――――




「おはよう」
「おはよう。あれ、やっぱりまだ女の子のままなんだね」

 レストランに入るなり、むかつくくらい爽やかな笑顔で狛枝が宣った。嫌味かこの野郎と思ったが、こいつの発言に一々反応していたら疲れることを学習している俺は、はいはいと軽くあしらって、さっさと席に座ることにした。

「おはよう左右田君! いやあ、やっぱり美味しそうな身体をしているね。どう? 今晩僕のコテージでアーバンな夜を過ごさない?」
「嫌に決まってんだろ!」

 息を吐くようにセクハラ発言をかましてくる花村に、思わず突っ込みを入れてしまう。ああ、狛枝はあしらえるのに、こいつだけは無理だ。突っ込まずにはいられない。

「ううん、残念だなあ。あ、じゃあ気が向いたらで!」
「一生向かねえよ!」

 冷たいなあ左右田君は。もしかしてツンデレ? などとほざきながら、花村は俺の目の前――テーブルの上へ料理を並べる。今日はサンドイッチのようだ。あとはスープと野菜サラダと、フルーツジュース。

「さあ、召し上がれ。僕の愛と欲望が挟まったサンドイッチだよ!」
「変な言い方すんなよ! 食欲が失せるだろ! 料理ありがとよ!」
「わあお! 最後のはデレ? やっぱりツンデレなんだね!」

 もう突っ込まない。突っ込まないからな。俺はわいわい騒ぐ花村を無視し、頂きますと手を合わせてからサンドイッチを頬張った。
 美味い。悔しいけど、やっぱり美味い。変態だけど、作る料理はやっぱり美味い。悔しい。変態の癖に、この野郎。

「貴様。何故親の仇を殺すが如き表情で、白きベールに包まれし混沌を喰らっているのだ」

 黙々とサンドイッチを食べていると、俺の居るテーブルの向かい側に座り、同じようにサンドイッチを食べていた田中が、仰々しい物言いで俺に話し掛けてきた。
 相変わらずの抽象的で幻想的な言い回しだ。理解出来ないことはないが、一々解読しなければならないのがとても面倒臭い。

「変態の花村が作った料理があまりにも美味いから、何か悔しくて」
「何故悔しがる必要があるのだ」
「いや、気分的に」

 察してくれよ、この複雑な感情を。
 まあ、動物としか心を通わせられない人間には、俺の気持ちなど理解出来ないだろうが――。

「貴様。今、俺様を愚弄しなかったか?」

 何でそういうのだけは察しが良いんだよ。

「別に。愚弄なんてしてねえよ」
「ほう? ならば今浮かべた酷薄な表情は何だ」
「気のせいだろ」
「覇王たる俺様の邪眼は、見間違いなど起こさん」
「うっせえなあ。食事くらい普通にさせろよ」

 これだからハムスターちゃんは――と毒突き、新たなサンドイッチに手を伸ばした――その瞬間、田中の首に巻かれたストールから四匹のハムスターが飛び出し、俺の服の中へ入ってきた。
 ――おい。

「ふははは! 破壊神暗黒四天王よ、この愚かなる雑種に制裁を与えろ!」
「ちょ、てめえ、ふざけんなよ!」

 食事中くらい温和しくしてろよ馬鹿! と怒鳴り付けてやろうとした――のだが。

「――ああっ」

 縦横無尽に服の中を這い回るハムスターの一匹が、変なところ――股間の近く――を引っ掻いたせいで、妙に艶っぽい声が出てしまった。田中も吃驚したようで、えっと呟いて硬直している。因みに俺も吃驚している。

「え、あ、あ――は、破壊神暗黒四天王、戻って来い!」

 我に返った田中が、慌てた様子でハムスター達を呼び戻す。だがそれが、更に俺を窮地に追いやった。
 慌てる御主人様に同調してしまったのか、ハムスター達も慌てて服から出ようとし――慌て過ぎて、服から出られない状態に陥ってしまったのだ。出よう出ようと身体中を這い回る毛玉のせいで俺は、出したくもない嬌声を上げる羽目になった。

「あっ、ひゃあっ、ふ、ううんっ」

 必死に口を手で押さえ、被害を最小限に食い止めようとしているのだが、太腿付近で暴れ回る一匹のせいで叶わない。どうしても、鼻から抜けるような喘ぎ声が漏れてしまう。
 そんな俺を見て田中は更に慌てふためき、服の中のハムスター達も更に慌てて暴れ回る。完全なる悪循環だ。
 そして遂に俺と田中の異常に気付いたのか、レストランに居る全員がこちらをちらちらと見始めた。頼む、頼むから、見ない振りをしてくれよ!
 田中の馬鹿とハムスターからの責め苦に、皆に見られているという羞恥プレイが、俺の怒りのボルテージを上げていく。
 そして――俺はキレた。

「ああもう――我慢の限界だ!」

 俺は勢い良く立ち上がった。そのせいで椅子が倒れ、派手な音を立てて床に転がる。
 しかしそんなこと、俺には関係ない。今すべきことは、このハムスター達を外に追い出すことだ。
 別に殺したりはしない。安全に、且つ確実に、外へ追い出すだけだ。そのために俺は――つなぎ服のチャックを掴み、豪快にそれを下ろした。つなぎ服の下にある肌着が、外界へと曝け出される。

「な、なぁっ!」

 それをまともに見ていた田中が、上擦った悲鳴を上げた。しかしそんなこと、俺には関係ない。
 俺はチャックを完全に下ろし、袖から両腕を引き抜いた。瞬間、二匹のハムスターが飛び出し、テーブルの上へ着地した。あと二匹。
 俺は肌着の端を握り締め、勢い良く捲り上げる。朝に装着したばかりの水色ブラジャーの中――正確には胸の谷間の中――に、ハムスターが一匹埋まっていた。それを丁重に摘み上げ、テーブルの上へ置く。あと一匹。場所は判っている。
 俺は何の躊躇いもなくつなぎ服の中――装着したばかりの水色パンツ付近――へ手を突っ込み、忌々しい毛玉を探し出す。
 ――居た。指先に触れた、確かな温もり。俺はそれを出来るだけ優しく掴み取り、服から手を引き抜いた。
 手の中を確認する。そこには果して、ハムスターが居た。これで全部だ。俺は最後のハムスターをテーブルへ置いた。
 達成感からか、ほう、と溜め息が口から漏れる。


 ――さて、朝食を再開しよう。
 俺は肌着を整え、つなぎ服のチャックを上げ、倒れた椅子を起こして座り、テーブルへ向き直り、さっき取り損ねたサンドイッチを掴み取り、口へ運んで――咀嚼した。ああ、やっぱり、悔しいくらいに美味い。
 顔を真っ赤にした田中が、間抜け面でこちらを見ているが――そんなこと、俺には関係ない。もう一口サンドイッチを齧る。ああ美味い。

「朝からストリップが見れるなんて、田中君は幸運だね」

 狛枝が何かをほざいていたが、それも俺には関係ないことなのである。




――――

[ 61/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -